当初の燃料値上げに反対する運動が、その後またたく間に広がり、現政府反対の声があげられ、今では国事を政治家にまかせておけない、自分たちも政治に参加するのだとまでエスカレート。デモの度に大きな被害が起き、その修理はどうなるのか、費用が莫大なだけに気になります。
黄色いベスト運動のリーダーのひとりは、何とドルーエという人。1789年に革命が起き、国王一家が身分を隠して逃亡を試み、後一歩で成功するかのように思えたヴァレンヌで、一家の身分を見破ったのがドルーエ。
本人はまったく関係ないと語っていますが、一般国民の運動から革命が起き、王政が廃止され、国民によって国が統治されるようになったことを思うと、何となく関連性があるようにも思える。
銀行やブティック、レストランなどが防衛のためにベニヤ板を張り巡らしたり、傷ついたガラスがそのまま残っているのを見るにつけ、今後どのような展開を示すか心配です。経済が大きな影響を受けないといいけれど。パリの、フランスのイメージがダメージを受けないことを切実に願っています。
この澄み切った空と美しいバラのような、誰もを幸せにする国に戻って欲しいです。 |
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