非常に貴重なマリー・アントワネットのダイヤモンドのブレスレットが、11月9日、クリスティーズによって、ジュネーヴで競売されます。
ジュエリーをこよなく愛した王妃マリー・アントワネット。 肖像画では、3連のパールのブレスレットを両手首につけている。 これと同じスタイルのダイヤモンドのブレスレットが、11月に競売されるのです。 |
王妃はジュエリーをこよなく愛する女性だったことは、よく知られています。彼女の肖像画で見る限りでは、パールが多いが、ダイヤモンドにも心を奪われていたようです。フランス革命で、王妃のジュエリーの多くは行方不明になったけれど、今回、オークションされるダイヤモンドのブレスレットは、身の危険を感じたマリー・アントワネットが、万が一を考えて、もっとも信頼を寄せていた人物に預けていた逸品。
駐仏オーストリア大使だったメルシー伯爵。 |
その人物は、マリー・アントワネットのヴェルサイユ宮殿での一挙一動を、彼女の母君マリア・テレジア女帝に詳細に報告していた、元駐仏オーストリア大使メルシー伯爵。1789年にフランスで革命が起きると、ベルギーに逃れ、そこで王妃の兄、オーストリア皇帝ヨーゼフ2世の代表を務めます。
マリー・アントワネットはチュイルリー宮殿に幽閉されている間の1791年1月、亡命後の事を考えて、数点のジュエリーをメルシー伯爵に託したのです。ダイヤモンドのブレスレットはそのひとつ。革命の間にヨーゼフ2世は世を去り、王妃も処刑され、その間、メルシー伯爵は預かっていたジュエリーを厳重に保管していました。
時が経ち、いまわしい革命が終り、ただひとり生き残ったマリー・アントワネットの娘マリー・テレーズが、1795年に釈放され、翌年、母の母国オーストリアに迎えられます。それを知ったメルシー伯爵は、亡き王妃から預かっていたジュエリーを届け、マリー・テレーズはそれを身に付けていたと記録されています。
母の形見のダイヤモンドのブレスレットを付けた マリー・テレーズの肖像画。1816年。 |
マリー・テレーズは結婚をしたものの、子供に恵まれず、甥や姪に母の形見のジュエリーを贈与。ダイヤモンドのブレスレットは姪のパルム公爵夫人が受け取ります。そのブレスレットはふたつあり、一つにまとめてネックレスにも出来る精巧な加工で、合計112個のダイヤモンドを使用。小さいダイヤモンドは1カラット、大きいのは2カラット。この豪華極まりないジュエリーをクリエイトした宝石商は、「首飾り事件」で一躍有名になったドイツ人、ベーマー。マリー・アントワネットが王妃になった2年目に、オーダーした作品です。
ドイツ人宝石商ベーマー。 「首飾り事件」で世間に名を知られるようになる。 |
このように、たくさんの逸話があるジュエリーが11月に競売されるのだから、今から大騒ぎ。特にフランス人の興味は大変なもの。でも、それを買うフランス人は、多分、いないだろう、もしかしたら美術館が、いやいやそんな予算はないはず、中近東のお金持ちとか、フランス王家に並々ならない関心を抱いているアメリカ人の可能性が強いなど、話題は尽きない。
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