5年前の4月15日、ノートルダム大聖堂が火災に見舞われ、世界中を驚愕させた。大聖堂が火に包まれ、尖塔が崩れ落ちるのをテレビで見た時の心の動揺は、今でもはっきり覚えています。
翌日、早朝に大聖堂に向かうと、当然ながら警備は今まで見たことがないほど厳重で、誰もが神経をとがらせているのが伝わってくる。緊張感が走る。寒気が勢いよく走る。何台もの消防車が大聖堂の周りで作業を続け、黒焦げになったバラ窓を自分の目で見たとき、火災が実際に起きたのだと、これは現実の出来事なのだと、実感が湧いた。それでも信じられない、信じられないと心が騒いでいた。
ノートルダム大聖堂の周囲は立ち入り禁止。 消防車やはしご車が作業を続けていて、 緊張感がみなぎっている。 |
火災翌朝のノートルダム大聖堂。 |
12世紀、カペー朝のルイ7世の時代に建築が開始された、ゴシック建築の壮麗なノートルダム大聖堂は、フランス人の心のふるさとであり、誇りだった。火災後の再建は全フランス人の念願だった。それだけでなく、多くの国から送られた寄付金から、世界中が心をいため、その再建を願っていたことがわかった。
再建は直ちに実行され、それに携わったのは約2000人。それぞれの分野のエキスパートたちの願望は、建築当時と同じ石材、木材、道具、技法で、元の姿を再びパリの空に下に蘇らせることだった。
ノートルダム大聖堂を建築させた ルイ7世(1120-1180) |
15世紀半ばの ゴシック建築の美しいノートルダム大聖堂 |
あれから5年経った2024年12月7日、世界の要人を招いて、盛大なセレモニーが夜行われた。その後はクラシック、ポップのコンサートとイルミネーションで盛り上がり、大聖堂再建の喜びを放っていた。異なる国々の代表がノートルダム大聖堂に集まり、例え、それが、つかの間であっても、人々が求める平和が感じられるセレモニーであり、同時に、歓喜の祭典だった。
数10ページの大特集の雑誌がキオスクに並んでいます。 蘇ったノートルダム大聖堂は、本当に美しい。 火災から奇跡的に被害を逃れたピエタ像と、 8000本ものパイプを誇るオルガンを一日も早く見たい。 そして、あの、高揚を呼ぶブルーのステンドグラスのバラ窓も。 |
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