2022年9月15日

ますます人気の造花

造花が増えているパリ。特にレストランやカフェは、ゴージャスな造花で華やかなこと。実際には存在しない花々を見れるのは、夢が あっていい。キレイだし、いつも満開。そのお蔭て業績があがるとオーナーたち。

ほとんどが中国で手作りしたお花、それをフランスでアレンジして飾っているとのこと。立ち止まって写真を撮る人が結構多い。生花も造花も美しさに変わりない。照明を倹約する必要がある今、明るさをもたらしてくれるので、今後、もっともっと増えそう。

大掛かりな花飾りが、目立ちます。
ブルー系でまとめたオシャレな花装飾のレストラン。

ひとつひとつのお花が丁寧に作られてます。
その精巧さは驚くほど。それにしてもキレイ。

花たちに見守られながらのドリンクは、
一味異なります。

ジュエリーのブティックでも、造花が華を添えています。

シャンゼリゼのアイスクリームスタンドも、
造花でひときわ人々の関心をひいています。

2022年9月9日

エリザベス女王を偲ぶフランス

 9月8日の、エリザベス女王の健康状態が悪化した報道に、あの女王だったら、きっと数日静養したら、再びチャーミングな微笑みを受けべながら、姿を見せてくれると信じてた人も多いと思う。ところが、女王は、さっと地上から去ってしまった。

亡くなった翌日、9日の「ル・フィガロ」誌は、
エリザベス女王一色。
表紙で「アデュー」と女王に永遠の別れを告げ、
中は多くの写真入りで8ページの特集。

その発表があった数分後、テレビをつけると、すでに特別番組を放映していて、とても驚いた。司会の女性ジャーナリストもゲストも、みな、黒服。元ロンドン駐在の特派員、王室評論家、政治解説者、世界の王家専門雑誌編集長などが語る逸話は、どれも興味深く、知られざる話題に引きこまれて、約2時間テレビの前から動けなかった。でも、さすが疲れて消したけれど、あの後も続いていたかと思うと、フランス人のイギリス王家への関心が、並々ならないものであると再認識。

半旗を掲げるサントノレ通りのイギリス大使館。
エリザベス女王の大きな写真が入り口に飾られています。


朝早くから報道人が集まり、
今日の動きを見逃さないように準備。

エリザベス女王はフランスに特別の愛着を抱いていて、公式訪問は4回。フランスの歴史や文化に造詣が深いだけでなく、フランス語も流暢。女王にならなかったら、女優になりたかった、とか、明るい服を着るのは、見られる立場にあるから、目立つ色がいいと思うから、などと、フランス滞在中に親しいフランス人にユーモアある発言をしたこともあるそう。

エッフェル塔は哀悼の意を表し照明を消したし、パリのイギリス大使館前には、在仏イギリス人やフランス人が集まり、悲し気な半旗を静かに見つめていました。エリザベス女王はフランスにとって、格別な女王だったのです。

フランス大統領官邸も、半旗で哀悼の意を示しています。

「女王は私の生涯の仕事」と常に語ってたように、女性の新首相を任命した二日後に、その職務から解放され、13歳の時から愛を捧げていた亡き夫、フィリップ殿下が待つ国へと旅立ったエリザベス女王。全世界から敬愛されていた稀な人でした。あの、温かみがある微笑みを再び見れないのは、とても寂しい。

1953年6月2日、戴冠式の日のエリザベス2世とフィリップ殿下。

2022年9月6日

パリの犬たち 255

 バギーでお出かけ、うれしいなぁ

ショッピング大好きなママンと、デパートに。
もちろん、バギーに乗ってお出かけよ。

ちょっとここで待っていてね。いろいろ見てくるから
と言って、ワタシを置いて姿を消したママン。
いつまでも帰ってこないので、心配だワン。

ココだけの話だけれど、ママンはすごい方向音痴なの。
だから、ワタシを置いて行った場所が見つからないで、
ウロウロしているのかも。
まあ、いざとなったら、大きな声を出すつもり。

2022年9月1日

ダイアナ妃 あれから25年

 イギリスの元交皇太子妃ダイアナが、パリで劇的な生涯を閉じて早くも25年。8月31日の命日を目前にして、フランスではテレビや雑誌が特集を組み、美しい盛りに去って行ったダイアナ妃に、再び想いを寄せています。
仲睦まじい時代もあったのに・・・1985年

寂しげな表情のダイアナ妃。1995年。

運命の事故が起きたトンネルの上の、アルマ広場の「自由の炎」は、いつの日からかダイアナ妃の慰霊碑のようになり、一年中、訪れる人が絶えない。「自由の炎」はニューヨークの「自由の女神像」が手にしている炎のレプリカで、ダイアナ妃と何の関係もないけれど、彼女を慕う人々の心のよりどころになっていて、何かしないではいられないのでしょう。

アメリカ独立100年記念の1886年に、独立を支援したフランスからアメリカに寄贈した「自由の女神像」は、自由のシンボル。それから100年たち、老朽化した女神像の修復をフランスが担当。そのお礼に、アメリカがフランスに贈ったのが、アルマ広場の3, 5メートルの高さの銅に金を施した「自由の炎」。

悲劇的最期を閉じたダイアナ妃を慕い、「自由の炎」を訪れる人は後を絶たない。
早くも25年経ち、
それを記念してハートに囲まれた25の数字が加えられました。

彼女が望んでいたように、
ダイアナ妃は人々の心の中の生き続けている「民衆のプリンセス」なのです。

この「自由の炎」が、いつの間にかダイアナ妃を偲ぶ記念碑になったばかりでなく、アルマ広場は2019年に「ダイアナ広場」になったのです。実は、ダイアナ妃が亡くなってすぐに、パリ市はアルマ広場を「ダイアナ広場」にしたいとイギリスに願い出たのが、あっけなく断られ、その後も交渉を続け、実現したのは2019年。

かつてのアルマ広場は「ダイアナ広場」となり、
パリの空の下で「自由の炎」を訪れる人々を見守っているようです。

「ダイアナ広場」
1961-1997
プリンセス・オブ・ウェールズ
と書かれています。


王家がないフランスは、世界のロイヤルファミリーに大きな関心があるのです。日本の皇室の様々な行事も、その都度報道されます。

世界に先駆けて革命を起こしたフランス。でも、いつまで経っても、かつての王朝時代の栄華が忘れられないフランス国民。「もしも、フランスで王政復古が起きたら、誰が王座に就くのか」などと,ありえないことが雑誌で特集されることもあるのです。