2023年7月25日

マリー・アントワネット、ルイ16世、皇太子誕生のよろこび

 結婚後、長い間子供に恵まれなかったルイ16世とマリー・アントワネット。それだけに、長女に続いて世継ぎの皇太子、ルイ・ジョゼフ・グザヴィエ・フランソワが生まれた時には、国中が大喜び。名門ハプスブルグ家から迎えた王妃は若く美しく、世継ぎも生まれ、フランスの未来は保証され、数日間にわたって全国でお祭り騒ぎ。

待望の世継ぎ誕生を喜ぶ国王一家。

1781年10月22日に誕生した皇太子。
1789年6月4日に短い生涯を閉じます。革命が起きる数日前でした。


1781年10月22日の皇太子誕生を知ったパリ市は、それを後世に残る形あるものでお祝いしたいと献上したのが、愛らしい子供たちや愛、ミトロジーなどが描かれた産着入れ。革命時に、どういった経緯をたどったか正確なことは不明ながら、幸いなことにそれがヴェルサイユ宮殿に無事に戻ったのです

国王夫妻に皇太子が誕生した際に、パリ市が献上した産着入れ。
全体が柔らかなタフタで覆われている。
蓋にも両サイドにも中にも、幸せ溢れる光景がたくさん。

子供たちに囲まれた
ルイ16世とマリー・アントワネットのイニシャルが印象的。
それからわずか8年後に革命が起きたとは・・・


いつかそれを見たいと切望していたのが、ついに実現。王妃の私室の一番奥まった目立たない所にあり、もちろん、厳重にガラス張りのケースの中に保存。宮殿の管理人の案内でそれを目の前にしたときには、思わず歓声をあげました。かなり傷んでいるとはいえ、というより、それだからこそ、この重要な記念品の歴史的価値に感激しないではいられなかったのです。

マリー・アントワネットの胸像が置かれている、
王妃のプライベート図書室。
この奥の暗く小さな部屋に、産着入れが保存されている。


修復工事が年中いたる所でなされているヴェルサイユ宮殿。またいつか新しい発見があるかもしれない。地中海料理が飛び切り美味しいオシャレなレストランも、近くに見つけたし、ますます惹かれる宮殿。パリから遠くないから、いつでも気軽に行けるのもうれしい。

金箔がひときわ輝いて見えた快晴の日。私の心も快晴。
宮殿を背にしながら、
その向こうに広がる街の光景を見るのも趣があっていい。

2023年7月23日

バン(鷭)の子供が泳いでいる。かわい~い

 期待しながら公園に行ったら、バンの子供がヨチヨチ? 泳いでいた。その姿がとってもかわいい。

「迷子にならないように、しっかりついてくるのよ」
「うん、だいじょうぶだよ」
お母さんかお父さんか分からないけれど、
子供のしつけをしっかりしている。
お上手、お上手、パチパチ。
近くにいるカモと比べると、本当に小さい。

たくさんのカモの子供が生まれていたのにはびっくり。
鳥の成長は早いのですね。
大人気の子ガモたち。

2023年7月21日

タイタニック号展覧会

 1912年4月14日から15日にかけて起きた、豪華船タイタニック号の悲劇から111年経った今年、パリでオマージュの展覧会を9月10日まで開催。

2000m²の会場に約260点の遺留品などを展示。会場に入ってすぐに4mもの巨大なタイタニック号の模型が見え、期待の高まりが一挙に広がります。

会場内で圧倒的なインパクトを与えているのは、何と言っても一等客専用の階段のレプリカ。しかも実物大なので存在感抜群。それだけでなく、贅を尽くした一等客の客室も、長い廊下も再現。まるで実際に船に乗っているよう。

乗客たちの遺品も多く、破損がひどい彼らの衣類、ジュエリー、トランクなど私物を目の前にしていると、心苦しい。あれほどの技術と設備を誇っていた世界最大の客船が、何故、という無念さはぬぐい消れない。

この展覧会の実現に大々的に協力したのは、フランス人の深海探検家ポール・アンリ・ナルジョレ氏。海の底に沈んだままのタイタニック号の調査のために何度も潜水し、その度に持ち帰った貴重な品々の多くが、この展覧会で展示されている。ナルジョレ氏は4月18日に消息を絶ったタイタニック号見学ツアーに参加し、潜水艇タイタンの事故で生涯を閉じました。予期せぬ悲劇が重なっている、感慨深い展覧会です。

一等の客室が並ぶ廊下。まるで豪華ホテルのよう。
一等の客室。広々としていて窓から海が見える。
家具もすべて高級で、さぞかし快適な船旅だったでしょう。

一等客用のダイニングルーム。テーブルウエアも気品あるものばかり。

うっとりするほど華麗な花柄。
お料理も飛び切り美味だったことが想像できます。

一等の客室が並ぶ階から、
階下のダイニング、レセプションルームに向かう豪奢な階段。

優雅な装いに欠かせないソワレバッグ。
一等客の遺品とられています。

9カラットのゴールドとパールをあしらった
女性用懐中時計。
仕立てが良さそうなジャケット。

旅の思い出を綴った日記や絵葉書、地図。

心を躍らせながら旅を準備をしていたと思うと、
このトランクを見ていると胸が張り裂けそう。

展覧会の最後の部屋には、
「ミスター・タイタニック」と呼ばれていたナルジョレ氏へのオマージュがあり、
心が強く打たれました。

2023年7月17日

ジェーン・バーキン、フランスと日本を愛した自然体の人

 イギリスで生まれフランスに暮らし、歌手、女優として愛されていたジェーン・バーキンが自宅で亡くなったことは、フランス人にとって大きな衝撃で、その夜のトップニュースとして長時間報道。独特なアクセントがあるフランス語、セルジュ・ゲンズブールとの結婚、ハスキーな声での囁くような歌、飾り気のない自由な服装。生き方にも言動にも個性があり、彼女ならではのスタイルがあった。そのどれもが多くのパリジェンヌを魅了していたのです。

セルジュ・ゲンズブーグとイタリアで、1974年。

そうしたジェーンは、慈善活動にも積極的で、難病の研究機関のために資金集めに奔走したり、アウン・サン・スーチンの支援にも無関心ではいませんでした。東日本大震災が起きた時には、何十年も前から好きだった日本人のために何かしないではいられないと、家族の猛反対を押し切って日本に行き、コンサートを開いたジェーン。その同じ年の秋に、再びチャリティー・コンサートのために日本に行く前に、朝日新聞のためにインタヴューをしたことがあります。

ほとんど素顔のジェーンは、会うといきなり話し始め、初対面なのに、いったいいつ質問したらいいのか戸惑ったほどフレンドリー。その時受けた印象は、気取りがまったくなく、正直で、顔も性格も語り方も何もかもチャーミング。その後数回お目にかかる機会がありましたが、いつも大きな微笑みを浮かべていて、汚れなき童女のようで、あたたかみが溢れていて、またすぐに会いたくなる人でした。あの寛大な微笑みを二度と見られないのは寂しいです。

セルジュとジェーンが約10年間暮らしていたパリの家。
家の外の壁はファンたちの書き込みがいっぱい。
娘のシャルロットは父セルジュが亡くなった後、
ミュージアムにしたいと言っていましたが、やっとそれが実現するとか。
そのときにはかなりの話題になりそう。
伝説的なカップルの思い出が詰まっている家なのだから。

2023年7月11日

バン(鷭)の卵が、もう雛に

 先週公園に行った時、池で卵をあたためていたクイナ科の鳥、バン(鷭)のお母さん。もしかしたらとちょっと期待ながら様子を見に行ったら、雛が小さい顔を見せていて、ピーピーと情けないほど小さい声を出していた。そうした子供たちを、お父さんとお母さんが寄り添いながら愛おしそうに見ていて、ああ、来た甲斐があったと嬉しくて仕方なく、じ~と観察。心にたくさんの幸せが広がった日でした。

「私たちの子供たち、かわいいわね」
「ボクとキミの子だもん、当然だよ」
「あらッ、お腹がすいたみたいで、口を開けてないているわ」

「そうか、それではまた何かおいしそうな物を探して来るね」
「お願い。でも気を付けてネ」

「キャーッ、大変」

大きなカモたちが、勢いよく向かってきたのです。

「子供たちを狙っているんだわ。こわ~い。早く戻ってきてッ!!」
 
「カモを全部追っ払ったよ、もう安心。子供たちも無事で何よりだ」

2023年7月10日

アラン・ドロン、長男の言い分

 父、アラン・ドロンさんのパートナー、ヒロミさんを告発した翌日、テレビのインタヴューに答えた長男アントニー・ドロンさんによると、ヒロミさんはアシスタントであり、父が暮らす家の管理もし、父がスイスに保養に行っている間は犬の世話もしていた女性。

アラン・ドロンさんが脳卒中で倒れた時からヒロミさんが面倒をみていたが、このような非常事態に陥った父の事を、子供たちに直ぐに知らせなかったことで、怒りが爆発。彼らが知ったのは倒れた翌日だったそう。「父の死を私たちから盗むことはできない」とヒロミさんに言ったとも長男は語っています。

ヒロミさんはドロンさんにつきっきりで世話をし、回復の間ずっと傍らにいてくれたことを、ドロンさんが感謝している記事を見かけたことがあり、まさか、子供たちにこのように告発されるとは思ってもいなかった。3人の子供たちは「弱い人に対する故意の権力乱用」「モラルハラスメント」「弱い立場にいる人の隔離」などを訴えている。それだけでなく、動物虐待もしていたとされていて、ヒロミさんがとんでもない酷い女性である印象を与えている。

1959年、24歳のアラン・ドロンさん。

一方、ヒロミさんは、弁護士を通して、子供たちのすべての告訴に対して反論。

一体どうなることか・・・

2023年7月7日

アラン・ドロンの子供たち、日本女性を検察に告発

俳優アラン・ドロンさん(87歳)の3人の子供たちが、同居していた日本女性ヒロミ・ロランさんをモラハラで告発。「フランス映画界の宝」と呼ばれているほどのアラン・ドロンさんなので、テレビの重要なニュース時間で大きく報道され、注目を浴びています。

何歳になっても特有の魅力を輝かせているアラン・ドロンさん。

ふたりが出会ったのは映画関係の仕事上で、2019年のこと。その時からフランス中部にあるロワㇾ県の家で同居していたとの報道。脳卒中を患い、その際には、献身的に面倒をみたりし、それに感謝しているコメントを述べていたこともあります。ジャン・ポール・ベルモンドの葬儀の時にも、ヒロミさんが控えめに付き添っていた姿もテレビで流していました。年老いた名優を献身的に支えているのだ、と同じ日本人として誇りに思ったものです。

ところが、7月6日に衝撃的なこのニュース。子供たちの告発によると、ヒロミさんはドロンさん宛ての電話やメッセージをコントロールしているだけでなく、子供たちが会いに行くのも遠ざけているそう。

それが続いたばかりでなく、プロデューサーが連絡しても本人につないでくれないとインタヴューで答えていて、これにはやはり驚かないではいられなかった。6月にはヒロミさんに家から出ていくように文書で通達したそう。

今後の動きが気になる一方。

2023年7月3日

暴動に荒れるフランス。でも、公園は平和そのもの。

 ナンテールでの17歳の少年が警官に打たれた事件が元で、怒りの暴動が全国にひろがり、5日経った今でも収拾がつかないフランス。当初は公共施設が攻撃の対象だったのが、今では関係のない商店まで被害にあっている。若者たちが略奪したり、車に火を付けたりするので、それに巻き込まれないようにと、どの町でも必死に呼びかけている。特に夕刻から危険なので、夜9時以降の路面電車やバスの運行も取りやめている。

幸いなことに、公園ではそうしたことが、まるで別世界のことのように、憩いの場のままでいる。マロニエの緑色の実がなり始め、修復工事が終わった池では、カモたちがゆったり泳いでいる。こうした平凡な日常の光景を見るとほっとします。

のんびり歩いてたら、突然、草むらからカモの親子が出現。

ママン、どこに行くの?
そんなに早く歩かないで。
脚が短いから、もっとゆっくり歩いてよ~。グワッ、グワッ、ピーピーピーッ・・・



あっ、池だ。池に行くんだねママン。
今日はいよいよ泳ぎ方を教えてくれるんだね、ワ~イ、ピーピー
絶好の場に巣を作って、卵をあたためているお母さん鳥。
これを目にしたからには、気になるから数日後にまた様子を見にいかなくては。
ところでこの鳥、生物に詳しい友人に聞いたら鷭という鳥だそう。
水辺に生息する鳥で、クイナ科なのだそう。と言われてもさっぱりわからない。
私にはカモにしか見えないけれど。


ラベンダーの香りがあたり一面に漂う晴天の日でした。
ラベンダーはストレスを和らげる効果があるから、都会にこそ必要。

2023年7月1日

ディオールの奥深さが分かるギャラリー

 2000m²もの規模を誇るラ・ギャラリー ディオールがオープンして1年3ヵ月経ったのに、いまだに長蛇の列の騒ぎ。その人気の秘密は、中に入ると一目瞭然。そこには、誰もを魅了するような夢の世界が広がっているのだから。

ラ・ギャラリー ディオールの入り口で、順番を待つ若者たち。
皆、夏にふさわしい軽装で、お洒落度が高く彼女たちを見ているだけで楽しい。
予約制で、連日の入場者は約1400人。


ラ・ギャラリーにはメゾン創立者クリスチャン・ディオールと、その後継者6人の主だった作品が展示されていて、服だけでなく、バッグ、靴、アクセサリー、香水などの変化も見られ、メゾンの幅広い活躍がひしひしと伝わってくる。ムッシュ・ディオールの貴重な写真やデッサン、彼の事務所や仕事場も再現されている。

すばらしいのは、後継者たちが、創立者のDNAを克明に引き継いでいるのが分かること。どの時代のどのデザイナーも、ムッシュ・ディオールのエスプリを込めながら、それぞれの時代に即した自分の特徴を目に見える形で表現している。それは並大抵なことではない。世の中がいかに変貌しようとも、メゾン・ディオールには動じない強味があるのが、しっかり伝わってくる。

演出が凝っていて、一挙にディオールの世界に引き込まれる。
伝説のバー・ジャケット。
1947年のクリスチャン・ディオールの初のコレクションで発表された
メゾンを象徴するアイテム。

青年時代のディオールの憧れの的であり、
多くの影響を与えた多才なジャン・コクトーの名を冠するドレス。

「庭園」をテーマとした作品。
ディオールが幸せな子供時代を過ごしていたノルマンディーの家が、左に。
家は広大な庭園に囲まれ、
季節ごとに咲く花々を優雅な母と散歩するのが、大きな喜びだったクリスチャン。

ディオールが生涯こよなく愛したパリをテーマにした、
それぞれの時代に即したシックな黒のドレスたち。
メゾン・ディオールが設立された時代のこじんまりした建物が、
パリの街並みの中で煌々と輝いています。


メゾン設立の当初から香水は重要で、
特に「ミス・ディオール」と「ジャドール」は不朽の名作。
ボトルを逆さにした意表をついた演出。

1947年に始まったディオールの大冒険は、76年もの長い間途切れることなく続き、今後も類まれな冒険が続くかと思うと、期待で胸が膨らむばかり。ラ・ギャラリー ディオールは、数か月ごとに、ある程度の展示作品を変えるそうで、そういうことであれば、また足を運ぶ楽しみがあって、それが嬉しくて仕方ない。

懇切丁寧に説明してくれたラ・ギャラリーのディレクター、オリヴィエと、
クリスチャン・ディオールが愛用していた机の前で記念写真。

最後の部屋の演出が息を呑むほどすごい。
照明が次々と変化し、ずっとそこにいたいほど幻想的。

ブルーの世界に心身が浄化されます。

あたりが暗くなったかと思うと、無数のゴールドが上から舞い降り。
またたく間に煌びやかな空間に変貌。

ディオールが破格のメゾンであることを体感して大満足。展示作品の入れ替えがあったときには、絶対に行くとこの日に固く決心。夢の世界を彷徨う心地よさは、一度味わったら忘れられないもの。