2022年5月29日

楽しい光景に巡り会った日

暑かったり、逆に寒かったり、ちっとも落ち着かないパリの気候。それにもかかわらず、日課のお散歩であちこち回っていると、楽しい光景に巡り会える。

アヒルの親子が連れ立ってお出かけ。
子供服専門店のディスプレイに、心がホカホカ。
お気に入りのタオルを引きずっているべべが、たまらなくかわいい。

池ではカモの雛たちが板に乗って大喜び。

漂流して岸に着いても板から離れたくないみたい。


親はその間にお昼寝。

青空にフカフカの雲がいくつも浮かんでいて、気持ちよさそう。
それに乗ってどこかに行きた~い。


赤いジャケットのママンと、大きな白い犬と小さい黒い犬。
色の組み合わせがおしゃれな3人?のプロムナード。
背丈のバランスもとれていて、絵になる。


赤信号だから、じっと待たなければ。
右も左も頑丈そうな足と靴。危険がいっぱいだから、一歩下がって待つのだワン。


2022年5月24日

「母の日」が近いので、香水のパブリシティが激増

 フランスの「母の日」は5月最終日曜日で、今年は29日。

この日にお花をプレゼントするのは、昔からの習慣。日本のようにカーネーションではなく、バラが圧倒的に多い。それも、愛を表す赤。バラの次に人気があるのはアジサイ。カーネーションはヨーロッパの国では、お供えのお花なので気を付けなければ。お食事などに招待されたとき、カーネーションを持っていかないこと。

子供たちが絵を描いてプレゼントすることもあるし、家族揃ってレストランに行くのもクラシックなお祝いの仕方。

テレビや街中で香水のパブリシティが増えるのも、例年のこと。特にテレビでの広告は、異常なほど多い。しかも、続けざまに流すので、まるで香水のコンペティションみたい。

花園のようなウインドーが道行く人の足を止める、老舗の香水店ゲラン。

シンプルなボトルとミステリアスな香り。
鬼才セルジュ・ルタンスの香水「フェミニテデュボア」が誕生して30年。
その記念の限定エディション。


有名なメゾンの香水もいいけれど、「あなただけの特別なフレグランス」を調合してくれる香水店が、最近ますます人気を呼んでいます。個性を重んじるパリジェンヌは、誰も彼もつける香水では満足しない。たしかに香水は、その人が立ちさった後も香りを残し、アイデンティを表現することもあるのだから、こだわるのもよくわかる。

小さいながら、ひと目をひくディスプレイ。
色使いがおしゃれ。

天然香料にこだわる、自然派のフレグランス専門店が
かなり増えている。


香水をプレゼントするのは母の日とクリスマスが圧倒的に多い。でも、いつも思うのです。香水を洋服のようにコロコロ変えるわけにはいかない、と。だから、プレゼントする相手が愛用している香りをしって、それと同じのにするのがいい。

それにしても、フレグランス専門店がますます増えているパリ。心地よい香りが心を癒してくれるのはたしかだから、いろいろな出来事で疲れている現代人にとって、欠かせない存在かもしれない。

テレビや雑誌だけでなく、バス停にも香水のパブリシティ。


シャネルは「香水をつけない女性に未来はない」と語っていたほど、香りは女性にとって大切。シャネルと言えば、長い間リニューアル工事で閉まっていた、ヴァンドーム広場のファイン ジュエリー本店が再オープンしたばかり。「母の日」の直前で最高のタイミング。さすがシャネル。

リニューアルオープンしたばかりの、シャネル ファイン ジュエリ―本店。

2022年5月23日

シャンゼリゼで野外シネマ

 カンヌ国際映画祭開催中の5月22日、日曜日、シャンゼリゼで1750人が野外シネマを満喫。この無料上映会に参加したい人は、事前に登録し、抽選で決まる仕組み。

歩行者天国になった幅広いシャンゼリゼに、座り心地がいい椅子が整然と並べられ、凱旋門の手前に設置された144m²もの巨大スクリーンで、映画を楽しめる。なんてステキなアイディア。とは言うものの、すでに2回、同じ企画がありました。

シャンゼリゼの野外シネマは、ご覧の通り大掛かり。
ここでレディー・ガガ主演の「スター誕生」が上映されたのです。
©comité Champs-Elysées

今回上映されたのは「スター誕生」。歌手のレディー・ガガ主演で、俳優ブラッドリー・クーパーが初の監督を務めた話題作。2018年にアメリカで公開され、いくつもの賞を獲得した、レディー・ガガのサクセスストーリー。夜空にサウンドトラックが響き渡るのだから、この上ない贅沢。一晩限りの貴重なイヴェントです。

私がこの企画を知ったときには、申し込みはすでに終わっていたから、参加できなかった。登録は5月2日からだったのです。ああ、残念。来年もこうしたイヴェントがあるかわからないけれど、4月末から気を付けていよう。

それにしても、様々なイヴェントが開催されるごとに、まったく異なる姿を見せるシャンゼリゼ。そのたびに、思いがけないアイディアにも、限られた時間で実現する能力にも驚かされる。それを許可する寛大な心も、うらやましい。

1900年、ベル・エポックのシャンゼリゼ。
フランス人がもっとも好きなこの時代を、いつか再現する日が来るかも。
もしかしたら、2024年のパリ・オリンピックの際に、と期待しているけれど・・・

両サイドに背が高い並木が植えられた全長2km、幅70mのシャンゼリは、単に「世界でもっとも美しい通り」であるだけでなく、「世界でもっとも優れた変身をとげるアヴェニュー」でもある。

2022年5月18日

カンヌ国際映画祭開幕

 待ちに待ったカンヌ国際映画祭が5月17日に開幕。

2022年のカンヌ国際映画祭の
オフィシャル・ポスター。

各映画が競い合う「パルム・ドール」


会場にはソワレドレスとタキシードに身を包んだ、俳優や監督など映画関係の人が集まり、コロナ以前と同じ華やかなオープニングセレモニー。それをテレビでみていたら、突然、ウクライナのゼレンスキー大統領の顔が、舞台上の大きなスクリーンに現われてびっくり。

厳しい表情で大統領は呼びかけます。
「戦争に直面している今、映画がサイレント(沈黙)ではないことを証明する新しいチャップリンが必要なのだ」
予定していない事だったので、会場には驚きが広がりましたが、それは一瞬で、すぐに割れるような拍手が舞い上がり、長い間続いたのです。
ゼレンスキー大統領はチャップリンが監督、主演、制作した、ヒトラーを痛烈に非難する「独裁者」を言及したのです。無声映画が続いていた当時、本格的トーキーの作品として制作したのが「独裁者」。沈黙していることを止めて声をあげたのです。

バルーンの地球儀で遊ぶチャプリンス扮する独裁者。

大統領は続けます。
「我々はこれからも戦う。他に選択の余地がないのだから。我々は勝利を勝ち取らなければならない」
映画界がウクライナの現在の状況に沈黙しないよう呼びかけ、誰もが悲惨な戦いに心を痛めた瞬間でした。
その後は通常通り開会宣言があり、75回目のカンヌ国際映画祭が始まり、28日まで続きます。楽しみなのは、毎日映画祭の様子をテレビでみれること。しかもフランス公共テレビの夜8時のニュースで。この期間中にカンヌに来るジャーナリストは約4000人。まさに、国を挙げての大イヴェントです。

世界中から来るスターを見ようと、たくさんの人が集まり、
独特な雰囲気がある映画祭。
幸運なことに私も数回招待状を受け取り、
歓声に包まれながらレッドカーペットをのぼりました。
貴重な体験でした。

レッドカーペットの両サイドで写真を撮る際は、カメラマンもタキシード。
400~500人に許可書がでる狭き門。
写真はフォトコールでの撮影なので、リラックスした服装。

2022年5月17日

フランス新首相は女性

 5月16日、フランスの新しい首相が発表されました。マクロン大統領が再選されたときから、次の首相は女性になる可能性があるとずっと囁かれていたし、大統領自身もそれをほのめかしていたので「ああ、やっぱり」と、ごく自然に受け入れられる。

選ばれたのはエリザベット・ボルヌで、環境相、労働相を歴任した経験豊富で落ち着いた政治家。彼女の経歴がすごい。

製薬研究所を営む両親の元にパリ15区で生まれ、エリート校ポリテクニックを卒業。その後国立土木学校で工学学位を取得。26歳のときから政治の世界に入ったボルヌ女史は、いくつかのポストをこなし、52歳でポワトゥ=シャラント、ヴィエンヌ知事に就任。さらに、パリ交通公団会長を2年間務め、エマニュエル・マクロンが中道政党「共和国前進」を形成すると、直ちにこの未知数の党に入り、マクロンが大統領に就任し重要な大臣に任命された実力派。

翌日の新聞は、こぞって首相に就任した日のエリザベット・ボルヌの写真を大きく掲載。ライトブルーのジャケットが新時代を象徴しているようで、清々しい。

ル・フィガロ紙


ル・モンド紙

リベラシオン紙

61歳で首相に就任したエリザベット・ボルヌは、フランンスが迎える二人目の女性首相。史上初の女性首相はミッテラン大統領の時代のエディット・クレッソン。1991年で、当時としては勇気ある画期的なこと。彼女はジャパン・バッシングがひどく、政府が抗議したほど。イヴェントなどで数回近くで姿を見かける機会に恵まれたけれど、実際には小柄でフェミニンで、笑顔がチャーミングな女性。顔と性格は一致しないものだと、つくづく思ったものです。

反対に新首相は長身で、歩き方も声も話し方も決断力も、どちらかというと男性的。元々社会党だったボルヌ女史を首相に任命して、とかく右寄りと非難されていたマクロン大統領が、支持挽回を狙っているのだとも見られている。

私は彼女に大きな期待を抱いている。女性の観点は男性と大きく異なるのだから。いくつもの改革を期待したい。

2022年5月16日

暑い、アツ~イ!!! だからショートパンツ

 5月半ばだというのに、すでに暑いパリ。このところ最高気温が28度とか29度。真夏でも30度にならない日が多いのに、この暑さ。だから今、ショートパンツが大流行り。みんな、さっそうと歩いていて、見ていて気持ちがいい。

圧倒的に多いのはショートパンツとスニーカー姿。

立ち姿も絵になる。

ブーツと組み合わせるセンスが個性的。

ハツラツとした歩き方は、さすがパリジェンヌ。
日本女性との一番大きな違いは、
こうした美しい姿勢と歩き方にあると思う。

ママンたちも、もちろん快適なショートパンツ。

黒で統一したコーデも魅力的。

2022年5月15日

18世紀の煌めきは永遠

4年もの歳月を費やした工事が終わり、昨年7月にオープンしたオテル・ドゥ・ラ・マリーヌ(海軍館)。18世紀の王室家具調度品保管所だった時代の、優れた装飾芸術を満喫できる博物館として公開されるので、18世紀に並々ならぬ興味を抱いている私は、直ちに訪問。

その時、この館が辿った歴史をブログに書き、いつか再びゆっくり見たいと思っていたら、突然、招待状が送られてきたので喜び勇んで出かけました。私がメンバーになっているフランス芸術報道組合がオーガナイズしたので、その日集まったのは顔見知りの人が多い。当然、話題も弾み、久々の楽しく充実したひとときを過ごしました。

舞踏会やレセプションが繰り広げされていたグランサロン。
この館でもっとも広く、もっとも絢爛。


18 世紀の卓越したテクニックで創作された、
クリスタルのシャンデリアが至る所で華麗な輝きを放っていて、
身も心も奪われる。


海軍館内にある家具調度品は、新たに再現したのではなく、すべて18世紀を生きていた本物ばかり。今なお存在している国立家具保管所やアンティーク店で見つけた、18世紀の息吹を誇らしげに放つ類まれな品のみ。だから、感慨もひとしお。


壁を飾るタペストリーも家具もテーブルも、
18世紀の装飾アートがいかなるものかを語る貴重な証人。
背の高い鏡は、当時の王侯貴族の館に欠かせないものでした。

壮麗なヴェルサイユ宮殿で絢爛豪華な生活が営まれ、諸外国の王侯貴族の憧憬を掻き立てていた、黄金時代のアール・ド・ヴィーヴルを、パリ中心で堪能できるのは、とても幸せなこと。特に時間的な制約があるツーリストにとっては、素晴らしいプレゼント。何しろこの海軍館はコンコルド広場に面しているのだから、この上なく便利。

私は直ぐに興奮する性格なので、モニュメントを初めて訪問するときは、気持ちが高まっていて、見落としがあったりすることが多い。でも、2度目の時にはある程度落ち着いているので、見るべきものをきちんと見ることができる。今回も同じ。


ダイニングルームの壁際の装飾。
エレガントなカーヴを描くコンソール、その上の控え目な燭台、
壁の花柄装飾、それにマッチするモチーフの椅子。
このような小さな場所にも、洗練せれた感性が光っています。


フランスの時計技術はかなり優れていて、
ルイ14世、ルイ15世、ルイ16世の時代に製作された置時計が、
今でも正確に時を刻んでいます。

王室家具調度品保管所の所長は、この館に夫妻共々暮らしていました。
その一人、ヴィル・ダヴレー男爵所長夫人の優美極まりない寝室。
ベッドの左下には愛犬用のお洒落なベッド。
飼い主によってワンちゃんの運命も異なるものだと痛感。

所長のバスルーム。広さも装飾も見事で、いかに優遇されていたかわかる。

この日の訪問は少人数だったので、各部屋のディテールも時間をかけて鑑賞でき、心が豊かになった感じ。本や絵画、あるいは舞台劇、オペラなどもそうだけれど、2度3度と繰り返して読んだり観たりすると、新たな発見があるもの。モニュメントも同様。今回味わった幸せな余韻は、当分の間残ると思う。


ゆったりした訪問を終えて大満足。
やはり、いいものが精神に与える影響を大きい。

2022年5月12日

個性的なドアたち

パリの建物に、高さや色の制限があるのはよく知られている。19世紀末のナポレオン3世時代にパリ大改造が行われ、ファサードを統一した見た目に美しい建物が建築され、そのエントランスのドアも、クラシックで重厚でした。あれから150年以上経っているものの、美観は保たれている。

ナポレオン3世時代の典型的なドア。

でも、この頃は、かなりカラフルで個性的なドアをよく見かける。しかも、そうしたドアが石灰岩で造った建造物と見事に調和している、と思うのは、もしかしたらパリという名称が左右しているのかもしれない。パリはセンスのいい街という定評が昔からあるから、びっくりするような新しい試みも、
「さすがパリだけあって、斬新」
とか
「パリジャンは、未来の先取りをする感性の持ち主」
などと褒められる。

歴史を重んじながらも、徐々に新時代にふさわしい変化を遂げているパリ。最近目についた、独創的なエントランスドアをいくつかご紹介。

ブドウの飾りがシックでおしゃれなバーのドア。

住居のエントランスドア。
まるで、美術館の入り口かと思うような高尚な趣。
この中にアパルトマンがあるとは、ちょっと信じがたい。

宝石を散りばめたような輝きを放つドア。
フォルムも大きさも統一されていないのは、
さすが自由を尊ぶフランス。動きが感じられて楽しい。


シンメトリックな装飾が高貴。
落ち着いたブルーとゴールドが相まって、かもし出す気品。
ヨーロッパの大都市ならではの風格がある。


2022年5月9日

戦勝記念日のパリ

ヨーロッパで 第二次世界大戦が終わったのは1945年5月8日。フランスではこの日を「戦勝記念日」と呼び、1953年から重要な記念日になっています。

この日、フランス国旗がシャンゼリゼを華やかに飾り、大統領が凱旋門の下にある無名戦士の墓に炎を灯し、国歌演奏があるのは毎年繰り返されていること。そのテレビ中継を私がみるのも、例年通り。

コンコルド広場から凱旋門まで、フランス国旗が飾られひときわ華やか。


マクロン大統領が捧げた立派な花束で、
ひと目をひく3mを超えるシャルル・ド・ゴールの銅像。
ド・ゴール率いる「自由フランス」のシンボル、
ロレーヌ十字形の花束です。


午前中のセレモニーが終ったあと、さっそくシャンゼリゼに行くと、両サイドに三色旗がひるがえっていて、この上なくキレイ。中程のグランパレ近くでは、午前中にマクロン大統領が花束を捧げた第二次世界大戦の英雄シャルル・ド・ゴールの銅像が、ひときわ立派に見える。そこから遠くないセーヌ川近くには、当時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルの銅像がある。

この二人がいなかったら、フランスの運命は異なっていたに違いないと思いながら、ド・ゴールの顔を見る。当時、ほとんど無名で
「シャルル・ド・ゴール?」
「誰、それ?」
という程度の若いド・ゴールに、1940年6月18日、BBCラジオを通して、ナチス=ドイツに占領されたフランスにレジスタンスを呼びかけるのを許可したのは、チャーチルだった。ド・ゴールは42歳、チャーチルは65歳だった。その後、激しいレジスタンス運動がフランス各地で展開され、同時に連合軍の大々的援助があり、フランスは自由を取り戻し、勝利の終戦を迎えたのです。

セレモニーが終り、
大きなフランス国旗が飾られた凱旋門に近づく人で大賑わい。

記念撮影する人が交代でポーズ。
私も張り切って笑顔でパチリ。


「戦勝記念日」の5月8日は、シャンゼリゼだけでなく、すべての官庁関係の建物に国旗がひるがえり、一段と美しくなるパリ。この戦いでフランスのために戦い、命を失った人々の記念碑もいたる所にあり、そこにも小さいながら花束が捧げられる。それを目にするたびに、戦勝国の終戦記念日とは、こういうのものかと、しみじみ思う。

この日、パリの至る所にある記念碑に花束が捧げられます。
記念碑にはこの場でフランスのために戦い、
命を落とした人の名と命日が書かれています。

2022年5月3日

海だったパリの名残

パリが海だったのは、人類が誕生するずっとずっと以前のこと。やがて 徐々に水がひいたり土砂が積もって陸になり、動物や人が姿を現し、それからさらに気が遠くるほど年月が経ち、優れたローマ人がフランスを征服し、パリ市が生まれる時代が到来。そのとき建築材料として使用されたのが石灰岩。

石灰岩は水中に暮らす生き物の骨や殻、土などが蓄積されて出来る。そのために化石が多い。石灰岩は採掘しやすく、しかも多少の柔らかさがあるので加工や彫刻もやりやすい。パリの建造物のほとんどが石灰岩で造られているのは、そのため。パリ市内には採石場がいくつもあり、そこで採掘した石灰岩で建物を造り、緻密な彫刻を施し、美しいノートルダムやルーヴルなどが誕生。採石場は主にセーヌ左岸にあり、右岸はモンマルトルの丘にあったくらいで少なかった。

モンマルトルの丘の採石場


などという事は知っていたけれど、街中のモニュメントの石灰岩に貝殻の化石跡があるなんて、まったく知らずに長年パリに暮らしていた。もっとも、カタコンブにたくさんの化石があるのは、資料に書かれているのでわかっていた。でも、採石場跡につくった600万人もの人が葬られている地下墓地に行く気にならず、従って、そこにある化石を見たこともなかった。

ある日、修復を終えたオベリスクを見るためにコンコルド広場に行き、そこに面したチュイルリー庭園の壁を何となく見て、びっくり。小さい穴が無数にある。しかも、どの石にも穴がある。どうやらそれが貝殻の化石跡らしい、と一緒にいた博学の友人が言う。

それであわてて調べたら、パリは確かに4500万年前は青い水をたたえる海だったと書いてある。ということは、貝殻の化石があっても不思議ではないということになる。化石自体は、例えば、石灰岩の採掘ではがれたり、幾世紀もの間に崩れたりし、その跡だけが残り、小さい穴になったと考えられる。

この壁の右がチュイルリー庭園で左にコンコルド広場がある。
庭園のこの部分は小高くなっていて、見張らし抜群。
ルイ14世の時代には、高位の人しかここにのぼることが許されなかったそう。
今はジュ´ド・ポーム美術館があります。

古い石が積みあげてあるので、気になって近づくと穴がいっぱい。
これが貝殻の化石跡で、石灰岩には無数にある。
建造物に使用した石灰岩はパリで採掘していたので、パリが大昔に海だった証拠。


チュイルリー庭園の壁を注意して見ると、長い年月で積もった汚れで黒ずんでいるのが多い。それをパリの他の建物のように洗浄しないで、そのままにしている。それがいい。歴史の重みがしっかり目に入るから。チュイルリー庭園が生まれたのはルイ14世の時世だったから、17世紀。その時代に採掘した石灰岩を積み上げたかと思うと、感慨もひとしお。しかも化石跡がいっぱい。

巻き貝かなと思っているけれど・・・
このような立派な化石の跡もあって面白い。

その後、パリのアパルトマンの外壁を気を付けて見ると、穴が開いているのが結構多い。これも海の生き物の化石跡かと、見方が変わってくる。中には石灰岩をきれいに削って、ツルツルにしているのもある。あるいは塗装をしているのもある。それには化石跡は見られない。

もしかしたら、珍しい魚や貝の化石の跡に巡り会えるかも、と思うとワクワクしてくる。今後は壁を見るたびに近づいて、化石の跡がないか見る日々が続きそう。