2011年12月11日

シャトレのつぶやき 50 クリスマスツリー

白いツリーが人気よ
「今年は白いクリスマスツリー
が大人気よ」
クリスマス装飾の追っかけを
毎日のようにしているママンが興奮してこう言うの。
「やっぱり白は品があっていいわね」

そうよ、白は品があるのよ、
ワタシみたいに。
それにしても
白いクリスマスツリーが大人気というのが、
すご~く気になる。

白は品があるわね


それでワタシも白いクリスマスツリーをつけて、
みんなの注目をひこうと思い立ったわけ。

でも、ワタシはお金がないから、
ただでナニができるかいろいろ考えて、
いろいろ工夫した結果がこれ。

どう、見えるでしょ?
ワタシのあたまの上に
髪の毛で作ったステキなツリーがあるのが。


えーッ?小さすぎてツリーかどうかわからないだって?ほら、よく見て見て、前からも横からも。ね、ちゃんとツリーがあるでしょ?
自分ではうまくできたと思っているのだけれど・・・
自作のツリーよ
        
今年はすごくオリジナリティーがある
クリスマスツリーを作ってとてもうれしいわ。
後はサンタさんが来るのを待つだけニャのよ。

  


2011年12月9日

クリスマス装飾その2

サントノレ通り

今年はシャンゼリゼのクリスマス装飾が、がらりと変わりました。
宇宙をイメージしたのか、大小の輪が街路樹のまわりを囲み、その色が定期的に変わります。

コンコルド広場からロンポワンまでの両サイドには、
もうおなじみになったクリスマスマーケットが
軒を並べ、にぎやかなことこの上なし。

シャンゼリゼが変わったからではないと思うけれど、
サントノレもすごい変化。
昨年まで何となく寂しい装飾だったのが、
今年はゴージャス。心が浮き立つほど華麗。

シャンゼリゼ

高級店が居並ぶ目抜き通りなのだから、こうでなくては。

ヴァンドームも品格ある装飾で大人気。
でもこれは去年と同じ。

今年は北アフリカの政変があいつぎ、
ユーロもがた落ちし、
人々の心が不安いっぱいなので、
このような華やかな装飾で気分を盛り上がるのはいい。

ヴァンドーム広場
ということで、私も時間があると出かけては夜のパリのお祭り騒ぎを楽しんでいます。

2011年12月4日

ナポレオン戴冠式記念日

衛兵に囲まれた
ナポレオンの帽子
ナポレオンがフランス皇帝の座につく戴冠式をおこなったのは1804年12月2日のこと。ゴチック建築の傑作中の傑作の、パリのノートルダム大聖堂で輝かしい式をあげたとき、ナポレオンは若干35歳。ルーヴル美術館とヴェルサイユ宮殿の壁を飾る大きな絵が、絢爛豪華な式典の様子を詳細に語っています。

その栄光の日は、200年以上たった今でもナポレオン崇拝者の間では重用な祝祭日。パリに本拠を置くナポレオン史学会とナポレオン財団は、毎年趣向を凝らしたデイナーを開催。

カクテルの間で

今年、会場として選ばれたのは、ウェスティン・ホテルの「ナポレオン三世の間」このホテルがインターコンティネンタル・ホテルだった時代に、ナポレオン一世の甥にあたるナポレオン三世の妃ウジェニーが長年暮らしていたため。

 今年はナポレオン愛用の、あの特徴のある帽子もカクテル・ルームに展示。出席者のひとりがオークションで購入し、身近で見られるようにこの日に持参。

ディナーは豪勢な
「ナポレオン三世の間」で。
カクテルは20時からというので20時ぴったりについたのに、もうたくさんの人。ナポレオンの衰えない魅力に圧倒されたのは私だけではないはず。

カクテルの後はディナーのために「ナポレオン三世の間」に移動。シャンパンで乾杯のさいに「皇帝バンザイ」の張りのある声がいっせいに上がり、もしかしたらナポレオンがその声に復活するのではないかと思ったほど。

長い会食の間の話題は勿論ナポレオンに関することがほとんど。2015年には、ナポレオンの終焉地セント・ヘレナ島に飛行場ができるという正式発表があり、拍手喝さい。セント・ヘレナ島は行ってみたい地のひとつなので、今から資金など工面しようと心に誓ったよき夜会でした。

2011年12月3日

フランソワ・ルサージュ さようなら

ルサージュの代表作。
イヴ・サンローランのためのゴッホの
ひまわりとアイリスをテーマにした作品

刺繍の巨匠、フランソワ・ルサージュが12月1日に亡くなりました。82歳。

オート・クチュールに欠かせない人物であっただけに、その死は惜しまれています。

フランソワの父がパリでモード界と密接な関係を保ち、ルサージュの名を広めていたころ、フランソワはアメリカ征服の大きな希望を抱きながらハリウッドに向かい、多くの女優の顧客を得ていました。そうしたときに父親が病に倒れ、急遽フランスに戻ることになったのです。

ルサージュの自宅。
ベル・エポックの素晴らしい邸宅

20歳で父を失ったフランソワは、その後のオート・クチュールの飛躍に伴い目覚しい発展を遂げ、さらに、スパンコールや、パール、ビーズ、リボンなどを刺繍に取り入れ、斬新さをモード界にもたらし、センセーションを起こしたほど。

クリスチャン・ディオール、イヴ・サンローラン、クリスチャン・ラクロワなどのコレクションに欠かせないルサージュの刺繍は、フランスの貴重な財産。

ひと針ひと針手で刺繍をするその作業は、気が遠くなるほどきめ細かく、フランスが世界に誇る立派な芸術作品。彼の残したものは、はかり知れないほど偉大。

私の宝物のひとつ
ルサージュ作のブレスレット
「私はアーティストではなく、単なる刺繍の職人です」
と、謙虚に、けれども大きな喜びを浮かべながら語ってくれたことがあります。
フランソワ・ルサージュは永遠に旅立ちました。
けれども彼のアトリエは、彼の才能を彼が望むとおりに継承していくはず。