2022年2月27日

今の話題

ロシアがウクライナに侵攻した2月24日、夜のテレビニュースは100%それに関することばかり。その夜、連帯を示すために、パリの、というより、フランスの象徴であるエッフェル塔が、通常のイルミネーションをウクライナの国旗の色に変えたのは、感動的でした。

カフェでの話題も、そればかり。
今年の上期はEU議長国を務めているフランス。ナンとか平和的解決に力を発揮したいところ。それ以外に、大統領選もまじかに控えているし、いろいろ大変です。

こうした中でも、明るい光景が目に入るのは、精神的にすごくいい。だから、ひたすら歩いてスマホでパチリ。その中の数枚です。

あるカフェのメニュー。
テーブル上に爽やかなジュースやカクテルをセット。
ウ~ン、やっぱりおシャレなパリ。

無心にたわむれるブルドッグちゃんたち。
飼い主もカッコいい。

ミニとブーツのコーデが、今年は大流行。
絵になるパリジェンヌ。

青空の下で、はずむ会話。
こちらのマドモワゼルもミニとブーツ。

2022年2月24日

サントノレ通り、春らしいオシャレなショーウインドー

 2月もあとわずか。

心が浮き立つような春が、すぐそこに来ている気配が感じられる今日この頃。高級ブティックが競い合うサントノレ通りは、明るく春らしいデイスプレイばかりで、見て歩くのが楽しくて仕方ない。私の気分転換は、これに限る。ストレス解消にすごく役立っている、といつも思う。

明るい色合い、楽しいモチーフ、軽快に動けるミニが
いかにも春らしい。

圧倒的に黒が多かった冬にサヨナラ。
春を迎えるためのホワイトカラーは、最高にフレッシュ。

若々しいデザインとモチーフが、
ヤングジェネレーションの心をとらえます。

春風になびくような軽やかな布地が。とっても爽やか。

エレガンスが満ち満ちている魅惑的なクリエーションばかり。
ちょっと大人っぽいオシャレを求める女性にぴったり。

屋外でのマスク着用も解禁され、笑顔で挨拶を交せるのは、とっても嬉しい。
レストランやカフェに入る際に必要とされているワクチンパスも、もうしばらくしたら、なくなる可能性がある、と政府が言っているのだから、いいことばかり。

黒いダウンコートと黒いマスクに別れを告げ、軽くメイクをして、ちょっとお洒落をしたい春が、ショーウインドーの中で待っています。

窓辺のお花の、ナントと鮮やかなこと。
春はやはり、よろこびの季節。
早く来て、皆、待っているから。

2022年2月15日

鳥にとり囲まれた日

 腰を痛めて長い間カモに餌をあげられず、ずっと気になっていたけれど、やっと再会。私が毎朝いただいている、オーガニックの玄米クラッカーを細かくして、袋に入れて、お馴染みの池に近づくと、一羽の勇気あるカモが用心深く寄って来ました。

クラッカーをあげると、ちょっと離れた所で様子を伺っていた他のカモもハトも、どうも大丈夫らしいと、それでもおっかなびっくりしながら、近づき、私と一定の距離を置きながらとり囲んだのです。まるで、ソーシャルディスタンスを守っているみたいで、すっかり感心。こんなことは初めて。

「ほ~らクラッカーよ」とばらまくと、
カモさんの代表かしら、用心しながら近づく姿が愛らしい。

安心したのか、たくさんのカモとハトが近づく。
一定の距離を置いて私を囲んだのにはびっくり。

すっかり仲良しになって、鳥たちも私も幸せいっぱい。

たくさんのカモとハトがぐっと近づいてくるので、もう嬉しくて、嬉しくて・・その中に数羽のスズメの姿も見えました。こうして比べると、スズメたちがかわいそうなくらい小さく、ひ弱に感じられる。

今度はもっとたくさん食べ物を持ってくるから、楽しみにしていてね、と話しかけると、ハトは小さな丸い目をグルグル動かし、スズメは飛び去り、カモは連なって池に入り、上手に泳ぎながら、あっという間に遠くに行ってしまいました。

きっと、皆、満足したんだと、とても良いことをしたようで、気分爽快。やはり生き物と接するのは大切、とつくづく思った日でした。

芝生の緑も格別美しかった。

2022年2月13日

バレンタインデー

あちらこあちらに愛の花が咲いているような日々。そう、バレンタインデーが近づいているから、愛を表現する赤やピンクがあふれていて、とっても楽しい気分。

以前にも書いたけれど、この日はレストランでじっくりとお食事するカップルが圧倒的に多い。早めに予約を入れないと、お洒落なレストランは、皆、満席。シャンパンと美味を楽しむのは、いかにもパリらしく私も大好き。

この日ばかりはコロナも忘れていたい。新規感染者が多くて心配されているフランスだけれど、トンネルの先に明るい世界が見えるような気配。きっと春到来と共によくなる、と信じたい。

スーパーもデパートもあちこちにハートを飾って
バレンタインデーの雰囲気を盛り上げています。

チョコレートの専門店も、愛らしいディスプレイで注目を浴びます。
 
ハートのカード付きのブーケ。
カードの中にメッセージを書けるようになっているのがいいアイディア。

長持ちするお花は、長持ちする愛の印。

二人で分けて食べられる理想的な大きさ。
抵抗し難いケーキばかり。どうしよう。

ワタシもバレンタインデーにふさわしいオシャレをしたのに、
相手がいな~いワン。グスン、グスン。

2022年2月10日

快晴の日の午後

最高気温は10度。でも「太陽がいっぱい」という天気予報に誘われて公園に行ったら、ほんとうに太陽がサンサンと照っている。こんなときには、出来るだけ長く外にいたい。

葉がついていない木々が多いけれど、それはそれでキレイ。パリの中心には高層の建物がないから、どこからでも太陽が見える。いつも思うけれど、パリの都市計画は優れている。人間らしい生活を営めることを優先している街、それがパリ。

2月の寛大な太陽。絵になり、詩になる光景。
金網で守られながら、育つのを待っているたくさんの苗。
ハトが飛んできて、何とか食べたいと試みるけれど、うまくいかない。
まるで、金網の上でトランポリンをしているみたいでかわいい。

2022年2月4日

フェルセン愛用の薬局との不思議なご縁

本当に信じられませんでした。新型コロナワクチン接種3回を半ば義務化しているフランス。それを実施しないと、今持っているワクチンパスが無効になると脅されて、皆、急いで3回目のワクチン接種に足を運んでいる。なので、私も3回目のワクチン接種を予約。

1回目、2回目ともにワクチン接種予約の特別サイトを利用し、今回も同じサイトでワクチンセンターに予約を入れようとしたところ、予約希望者が多く、なかなか出来ない。何日もねばって、最終的に薬局での予約が取れでホッと一息。住所を見るとなんだか覚えがあるような・・・・

気になるので、下見に行ってびっくり。ナンとその薬局は数年前にわざわざ行って写真まで撮った、パリ最古の薬局なのです。


数年前に訪れた際に撮影した薬局。
18世紀の装飾が残っていました。

マリー・アントワネットとフェルセンに関する本を書いていた際に、フェルセンがタンプルに幽閉されている王妃に極秘に書いていた手紙のインクを買っていた薬局が、現在も健在だといくつかの資料にあったのです。これは絶対に見なくては、と出向きました。

当時の薬局のオーナーは若い男性で、早速気になる質問をすると、
「記録によると、フェルセンはあぶり出しインクを確かに当店で買っていたのです」
 と話して下さり、貴重な記録まで見せて下さり、すっかり興奮状態。上ずった声で
「あなたはその子孫ですか」
 と聞くと、
「いえいえ、薬局のオーナーはその後何度か交代しています」
 それでも奥まった所の古い壁と天井は当時のままです、と嬉しそうに語って下さり、感激したものです。

マリー・アントワネット(1755-1793)

アクセル・フォン・フェルセン(1755-1810)

その後すっかり忘れていたのに、今回のワクチン接種で予約出来たのがその薬局。あまりの偶然に最初は信じられませんでした。パリには1000を超える薬局があるのに、私が希望した日、希望した時間にあいていたのが、偶然にもフェルセンにちなむ薬局だなんて、強い絆を感じないではいられない。

入り口の左下に、パリ最古の薬局であると、その歴史が書かれているほか、
タンプル塔に閉じ込められているマリー・アントワネットに
極秘の手紙を書くために、フェルセンが
この薬局であぶり出しインクを買っていたとも明記されています。

以前と異なるのは、入り口の左下の壁に、この薬局の歴史が書いてあること。
それによると、ルイ14世の薬剤師ルヴィエールが1712年か1715年に薬局を開き、その後ルイ15世、ルイ16世の時代の著名な化学者であり、科学アカデミー会員のルイ=クロ―ド・カデ・ドゥ・ガシクールが本格的な薬局にしたそう。その後数回持ち主が代わったとはいえ、18世紀の店が今でも健在なのは驚き。

となると、もっと面白い逸話が潜んでいるかもと調べると、ありました、ありました。
本格的な薬局にしたルイ=クロ―ド・カデ・ドゥ・ガシクールの妻は、実はルイ15世の愛人でもあった女性で、国王の子供を産んでいたのです。

シャルル・ルイ・ドゥ・ガシクール。実際の父はルイ15世。
(1769-1821)

妻が生んだルイ15世の非摘出子をガシクールは自分の子供として育てます。息子シャルル・ルイ・カデ・ドゥ・ガシクールは立派な薬剤師だっただけでなく、作家、弁護士としてナポレオンの時世に大きな貢献を成します。ナポレオンが失脚し、毒で自殺を図ろうとガシクールに調合を依頼しますが、彼は化学者としてそれは引き受けられないと断ります。その後王政復古で王座に就いたルイ18世からも厚い信頼を寄せられ、任務を全うしたのでした。

薬局があるこの建物は、
1962年から歴史的建造物になっています。

フェルセンはこの薬局をパリに暮らし始めたころから愛用していたようです。薬局として信頼と名声を得ていたので、当然でしょう。歴史的建造物が多いこの界隈ですが、時の流れと共に店舗が目まぐるしく変わり、レストラン、カフェ、パン屋、インテリアのブティックなどが入れ替わり立ち替わりオープン。そうした中で、この薬局だけが18世紀から変わることなく営業している。ほんとうに素晴らしい。
パリの面積は広くないけれど、奥深い。中身が濃い。

2022年2月1日

イヴ・サンローランへのオマージュ

 イヴ・サンローランが最初のコレクションを発表して、今年は60年記念の年。

20代の若いイヴ・サンローラン。

女性の装いに大きな影響を与えたイヴ・サンローランは、モードにアートを取り入れた非凡なデザイナー。モンドリアン、ピカソ、マチス、ゴッホ、レジェ、ブラックなど、20世紀を代表する巨匠たちの作品からインスピレーションを得てクリエイトした作品は、どれも意表をついた画期的のもの。

そこに焦点を置いて、彼へのオマージュはパリ市内の6つのミュージアムで開催。ポンピドゥーセンター、ルーヴル美術館、ピカソ美術館、オルセー美術館、近代美術館、イヴ・サンローラン美術館で1月29日から開催。開催期間はそれぞれのミュージアムによって異なるので、各ミュージアムのサイトで確認するのをおすすめします。例えば、ピカソ美術館は4月15日まで、ポンピドゥーセンターは5月16日まで、イヴ・サンローラン美術館は9月18日まで。

26歳の若いサンローランが1961年末にメゾンを設立し、初のコレクションを発表したのは1962年1月29日。場所はパリ16区のフォラン館。画家ジャン=ルイ・フォランが暮らしていた館で、振り返ってみると、当初からアートと深いつながりがあったように思えます。

2002年1月の最後のショーまで、40年間首位を保っていたサンローラン。
控えめでシャイな性格は変わることはなかった。


クリスチャン・ディオールが自分の跡継ぎと認めていたサンローランの才能は、ディオール亡き後、期待以上の評価を得ていたので、独立したサンローランのコレクションは、発表前から大きな話題になっていました。大成功をおさめたこの初のコレクションから引退するまで、イヴ・サンローランはフランスのエレガンスを世界に発信するデザイナーとして、賞賛を集めていました。

彼の偉業はスモーキング、パンツ、シースルー、サファリルックなどいくつも挙げられますが、アートとの関連性を重視した6つの美術館での数か月に及ぶ回顧展は、大変貴重なオマージュ。イヴ・サンローランの偉大さを再確認するまたとない機会です。

サンローランのパートナーであり、メゾンの発展に生涯をかけたピエール・ベルジェの著書「イヴ・サンローランへの手紙」(中央公論新社)の翻訳を手掛けられたのは、私にとって大変光栄なことです。今回のオマージュ展を知って再度読み直し、イヴ・サンローランとピエール・ベルジェのような稀有なお二人に数回お会いし、会話も交わせたのは、宝物のようなひとときだったと改めて思っています。

サンローランが最後まで使用していたアトリエ。
机の後ろには、友人だったベルナール・ビュッフェによる
若い日のサンローランのデッサンが飾ってあります。
このアトリエは今でもイヴ・サンローラン美術館に残っています。

「引退した後イヴは毎日メゾンに来ていたが、鉛筆を握ることはなかった」
とピエール・ベルジェが静かに話してくださったとき、
サンローランにとってモードが全てだったのだ、
それだけが生き甲斐だったのだと、
心を強く打たれたのを、今でもはっきり覚えています。
このアトリエを見るたびに、
特に机の上に置かれているデッサン用の鉛筆を見るたびに
それを思い出します。



イヴ・サンローランのビューロー。
ここでインタヴューをさせていただいたこともあります。
語る声は優しく、握手した手は細く温かかった。
彼の足元で愛犬ムジックがぐっすり眠っていたのが、深く印象に残っています。
サンローラン亡き後、メゾンは美術館に改造され、
このビューローは今では跡形も残っていません。

下は人懐っこく大好きだったムジックとの
貴重な仲良しツーショット。