2022年2月4日

フェルセン愛用の薬局との不思議なご縁

本当に信じられませんでした。新型コロナワクチン接種3回を半ば義務化しているフランス。それを実施しないと、今持っているワクチンパスが無効になると脅されて、皆、急いで3回目のワクチン接種に足を運んでいる。なので、私も3回目のワクチン接種を予約。

1回目、2回目ともにワクチン接種予約の特別サイトを利用し、今回も同じサイトでワクチンセンターに予約を入れようとしたところ、予約希望者が多く、なかなか出来ない。何日もねばって、最終的に薬局での予約が取れでホッと一息。住所を見るとなんだか覚えがあるような・・・・

気になるので、下見に行ってびっくり。ナンとその薬局は数年前にわざわざ行って写真まで撮った、パリ最古の薬局なのです。


数年前に訪れた際に撮影した薬局。
18世紀の装飾が残っていました。

マリー・アントワネットとフェルセンに関する本を書いていた際に、フェルセンがタンプルに幽閉されている王妃に極秘に書いていた手紙のインクを買っていた薬局が、現在も健在だといくつかの資料にあったのです。これは絶対に見なくては、と出向きました。

当時の薬局のオーナーは若い男性で、早速気になる質問をすると、
「記録によると、フェルセンはあぶり出しインクを確かに当店で買っていたのです」
 と話して下さり、貴重な記録まで見せて下さり、すっかり興奮状態。上ずった声で
「あなたはその子孫ですか」
 と聞くと、
「いえいえ、薬局のオーナーはその後何度か交代しています」
 それでも奥まった所の古い壁と天井は当時のままです、と嬉しそうに語って下さり、感激したものです。

マリー・アントワネット(1755-1793)

アクセル・フォン・フェルセン(1755-1810)

その後すっかり忘れていたのに、今回のワクチン接種で予約出来たのがその薬局。あまりの偶然に最初は信じられませんでした。パリには1000を超える薬局があるのに、私が希望した日、希望した時間にあいていたのが、偶然にもフェルセンにちなむ薬局だなんて、強い絆を感じないではいられない。

入り口の左下に、パリ最古の薬局であると、その歴史が書かれているほか、
タンプル塔に閉じ込められているマリー・アントワネットに
極秘の手紙を書くために、フェルセンが
この薬局であぶり出しインクを買っていたとも明記されています。

以前と異なるのは、入り口の左下の壁に、この薬局の歴史が書いてあること。
それによると、ルイ14世の薬剤師ルヴィエールが1712年か1715年に薬局を開き、その後ルイ15世、ルイ16世の時代の著名な化学者であり、科学アカデミー会員のルイ=クロ―ド・カデ・ドゥ・ガシクールが本格的な薬局にしたそう。その後数回持ち主が代わったとはいえ、18世紀の店が今でも健在なのは驚き。

となると、もっと面白い逸話が潜んでいるかもと調べると、ありました、ありました。
本格的な薬局にしたルイ=クロ―ド・カデ・ドゥ・ガシクールの妻は、実はルイ15世の愛人でもあった女性で、国王の子供を産んでいたのです。

シャルル・ルイ・ドゥ・ガシクール。実際の父はルイ15世。
(1769-1821)

妻が生んだルイ15世の非摘出子をガシクールは自分の子供として育てます。息子シャルル・ルイ・カデ・ドゥ・ガシクールは立派な薬剤師だっただけでなく、作家、弁護士としてナポレオンの時世に大きな貢献を成します。ナポレオンが失脚し、毒で自殺を図ろうとガシクールに調合を依頼しますが、彼は化学者としてそれは引き受けられないと断ります。その後王政復古で王座に就いたルイ18世からも厚い信頼を寄せられ、任務を全うしたのでした。

薬局があるこの建物は、
1962年から歴史的建造物になっています。

フェルセンはこの薬局をパリに暮らし始めたころから愛用していたようです。薬局として信頼と名声を得ていたので、当然でしょう。歴史的建造物が多いこの界隈ですが、時の流れと共に店舗が目まぐるしく変わり、レストラン、カフェ、パン屋、インテリアのブティックなどが入れ替わり立ち替わりオープン。そうした中で、この薬局だけが18世紀から変わることなく営業している。ほんとうに素晴らしい。
パリの面積は広くないけれど、奥深い。中身が濃い。