![]() |
| 国立公文書館で展示されている ナポレオンの遺言書 |
![]() |
| 全文自筆の貴重な遺言書 |
![]() |
| 「ナポレオンの息子」 時事通信社 発売予定日 2026年2月24日 |
ルイ17世になった息子
国王が世を去ったからには、その息子を直ちに新たな国王とすることです。それはフランス王家の習慣なのです。私たちもルイ15世が世を去った日に、「国王崩壊」「新国王バンザイ」と貴族たちの祝福を受けたのです。当時と状況はまったく異なりますが、捕らわれの身であっても、フランス王妃の誇りを持っていた私は、その習慣を守りたかったのと同時に、革命への秘かな反発でもあったのです。
![]() |
| 父を失った時、息子は7歳の少年でした。 |
![]() |
| ブロンドの髪とブルーの瞳の 明るくおしゃまな子で、私の宝物でした。 |
夫が処刑された1793年1月21日には、ルイ=シャルルは7歳の幼い子供でしたが、この日、タンプル塔でルイ17世になったのです。
息子を直立させ、その前にひざまずいた私は
「ルイ17世バンザイ」
と小さな声で即位のお祝いをしました。
もちろん、革命を起こし共和国になったフランスでは認められませんでしたが、認めてくださった国もありました。私の祖国オーストリアをはじめとし、プロシア、イギリス、アメリカ、スペインが。
![]() |
| 本来なら華やかな服装で、立派な即位式をあげる息子が、 捕らわれの身で塔の中で即位せざるを得なかったことが、 あわれで仕方ありませんでした。 |
夫が処刑され、息子が非公式にルイ17世となりましたが、新国王が幼く、しかもタンプル塔に幽閉されていて何もできないからには、我こそがブルボン家の家長であると、義理の弟プロヴァンス伯が亡命先のコブレンツで摂政を宣言しました。
そうした話を耳にしても、私たちは無関心でした。ただその日その日をひっそり生きているだけでした。
今までは夫が階下に暮らしていて、いつか会える日がくるかも知れないという、かすかな希望を持っていたのですが、今やそれも打ち砕かれました。
最初の数日は会話も途絶え食欲もなく、ただ茫然と過ごしていました。そのうち、気を取りなおして楽器を奏でたり、刺繍をしたり、子供たちとゲームしたりしながら、長い1日を過ごすよう努力しました。
![]() |
| 夫を失ってから、私たちは何の目的もなく、 ひっそりと暮らしていました。 |
| 夫の妹とふたりで刺繍タペストリーを手がけたこともあります。 ヴェルサイユ宮殿に暮らしていた時から、私たちは同じ趣味を持っていたのです。 これはタンプル塔で作った作品です。 |
未亡人になった私は喪服を身に付けたいと希望を告げると、直ぐに届けてくれました。服だけでなく、黒いヴェールや靴も扇もありました。それ以後私は喪服しか着ませんでした。自慢していたブロンドの髪の毛はすっかり白くなり、自分でも一挙に年をとったことがわかりました。これほど早く喪服を着る運命におちいるとは、想像もしていませんでした。
![]() |
| 喪服しか着なくなった私は、朝晩のお祈りの時間が 以前よりずっと長くなりました。 |
最後の日の夫
侍従クレリーによると1月21日、処刑の日、夫は朝5時頃に目覚め、よく眠ったと爽やかな顔で声をかけたそうです。
タンプル塔での王の最後のときは刻々と過ぎていき、いよいよ最後の祈りを捧げる時が来ました。白いシャツの上に白いチョッキを着て、グレーの半ズボンをはいた王のために、クレリーは祭壇のかわりになる大きさのタンスの埃をていねいに払い、その前にひざまずくためのクッションを置きました。王にふさわしくないその簡素な祈りの場を見つめながら、クレリーは胸が張り裂ける思いでした。
6時。フェルモン神父さまが夫の部屋に入ってきて、静かで、寂しい祈りが始まります。重い祈りの声は、部屋をさまよった後、厚く暗い壁の中に吸い込まれていきました。お祈りの後、神の元に行く準備が出来た、と言いながら、夫は指輪をはずし、それを王妃に、そして印章を息子に渡してほしいとクレリーに頼みます。夫は何度も涙を拭き、別れがつらいという悲痛な言葉もクレリーは耳にしたそうです。これほど温厚な国王が、共和国設立のために、何故処刑されなければならないのか、クレリーは最後の最後まで理解できなかったのです。
突然、ドアが荒々しく開き、役人たちが足音を高くしながら入って来ました。処刑場に行く時がきたのです。夫は落ち着いた態度を崩さず、役人に囲まれながらドアの外に向って行きました。そこに待たせてあった馬車に乗り、その周囲をおびただしい数の兵が囲んでいました。
![]() |
| 昨夜の別れ際に、明日の朝7時にお会いしたいと言ったのに、 7時どころか8時になってもお迎えの役人が来ないので、 それはもはやかなわないのだと理解しました。 私たちが唯一できることは、 厚い壁を通して聞こえてくる物音で、夫の動きを想像するだけでした。 |
タンプル塔から革命広場に向う間、夫は途切れることなく、臨終の詩篇を唱え続けていました。その隣りには、フェルモン神父さまが神妙な面持ちで座っていました。ガタガタと音を立てながら進んでいた馬車に向かって、突然、大きな声が投げられました。「国王を救おう!」その声は群衆の間から鋭く響いていました。「王を救うのだ!」
![]() |
| 熱烈な王党派のバッツ男爵 |
危険極まりない言葉を発したのはジャン=シャルル・ドゥ・バッツ男爵でした。破格の資本家であり、王の相談役だったバッツ男爵は、ヴァレンヌ逃亡の際にも多額の援助金を出してくださった王党派です。彼は剣を振りかざしながら叫び続け、群集が大挙して自分に続いてくることを願っていたのです。バッツ男爵は夫を土壇場で救出し、しばらくの間フランスでかくまい、その後国外亡命を企てていたのです。けれども、彼の声はかき消され、危険を感じたバッツ男爵は群集に紛れ込んでその場を離れ、ロンドンに向かったのでした。
何事もなかったかのように馬車は進み、広場に着いたのは、10時を少しまわったころでした。馬車を降り、上着を自ら脱ぎ、神父さまの足元にひざまずき最後の祈りを捧げた夫は、しっかりした足取りで処刑台の階段をのぼります。その間、フェルモン神父さまがずっと祈りを捧げていたそうです。
![]() |
| しっかりした足取りで処刑台に向かう夫。 |
1793年1月21日、10時22分、ルイ16世は38歳の生涯を閉じました。私たちはタンプル塔の周囲から聞こえてくる「共和国バンザイ」の叫び声で、夫が、今、処刑されたことを知ったのです。
![]() |
| かつてのフランス国王ルイ16世の処刑の告示。 |
![]() |
| シャルル=アンリ・サンソン |
夫は非常に憶病な人で、いざ処刑台に上ると、恐ろしさから叫び声をあげたなどと書いた機関誌もあったそうです。シャルル=アンリ・サンソンは死刑執行人の家に生まれ、その仕事を嫌っていたのですが、引き継がざるを得なかったのです。医学を学んだ人で、王党派でした。そのために、国王処刑後はひたすら祈りを捧げていたと語られています。死を直前にしたルイ16世は、冷静を保ち、自ら上着を脱ぎ、両手を差し出し縛るように催促し、最後の最後まで毅然とした態度をくずさなかったとサンソンは記録を残しました。このような立派な態度で死を迎えられたのは、ルイ16世が神を心から信じていたからに違いない、とも綴っています。そうしたサンソン自身も信心深い人だったのです。
永遠の別れ
役人が私たちの部屋に入って来たのは1月20日夜8時半ころでした。
ドアが乱暴に開けられ、階下にいるルイに会いに行ってよいと、いきなり言われたのです。その言葉に、1秒も早く夫の姿を見たいと、転がるように階段を下りて行きました。息子の手を取った私が先頭に立ち、義理の妹と娘がぴったりくっつくように続きました。
夫との再会の場はダイニング・ルームで、その真ん中に夫がポツンと立っていて、いかなるときにも感情を表すことがなかった夫が、すべてから見放されたような苦しみと寂しさに必死に耐えている表情をしていました。
![]() |
| 私たちが急ぎ足で階下に行くと、 夫は無表情で放心したように立ちすくんでいました。 |
夫が死刑の判決を受けたことは、新聞売りの叫び声ですでに知っていました。このような重要な決定でさえ、路上から聞こえてくる人民の声でしか知ることができないのか、と我が身のみじめさに、全身が震えるほどの怒りを感じないではいませんでした。
「国民公会はルイ・カペーに死刑判決を宣告。処刑は囚人にそれを通告してから24時間以内に行われる」
塔の下から響いてくるその残酷極まりない言葉は、地獄の底から這いあがっているようでした。
夫の、兄の、父の温もりがやがて消えてしまう。この愛情深い気立てのいい人が、もうじき地上から消えてしまう。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ?
一体何の罪を犯したというのか!
声にならない叫びをくり返していただけでした。
私たちと夫が最後の別れを惜しんでいる間、役人たちはダイニング・ルームから離れ、隣の部屋で様子を伺っていました。それは夫が希望したことで、最後のひとときを、家族だけで過ごせることを国民公会も許可したのです。夫が選んだ告解師フィルモン神父は、私たちより前に夫に会っていましたが、私たちが階段をおりる音を耳にすると、静かに隣の部屋に退いたのでした。神父さまはご自分の死を覚悟で、この役目を引き受けたと後に打ち明けています。
![]() |
| 言葉を発することも出来ず、 私たちはただ、ただ、うめき声をあげていました。 フィルモン神父さまは、家族だけで最後の時を過ごせるように、 そっと、部屋から出て行かれました。 |
涙が枯れ、叫び声もあげる力をなくなり、私たちは静寂の中で寄り添っていました。
それを重い声で破ったのは夫でした。夫は落ち着きながら裁判の様子を詳しく話してくれました。その後、息子を引きよせ、父親の温かく、それでいて説得力がある声で言いました。
![]() |
| 夫は息子を引き寄せ、優しい声で語りました。 |
「我が息子よ、余の死の復讐を絶対にしないと誓いなさい」
ルイ・シャルルがその言葉にうなずくと、夫は息子のブロンドの髪をなでながら
「絶対に復讐をしてはいけない」
とくり返し、きちんと誓いなさいと催促し、息子は片手をあげ、立派に父の希望通りに誓いをたてたのでした。
![]() |
| 鉄格子に囲まれた暗く、陰気で、底冷えがするタンプル塔での別れは、 言葉では表せられないほど冷酷で残虐でした。 |
時間はあっという間に経ち、夜10時を少し回ったころ、夫に別れを告げました、明日の朝、もう一度会うことを約束して。
夫は、では明日の朝8時にと言ったので、私は7時がいいと主張し、やさしい夫は
「では明日の朝7時に」
と、言い直しました。
それが私たち最後の会話になってしまったのです。というのは、再び会うと別れがさらにつらくなるとフィルモン神父さまがさとしたのです。夫は神父さまの忠告はもっともだと思い、それに従ったのでした。
![]() |
| その夜、夫はフィルモン神父さまと 静かに祈りを捧げ、翌日を迎えたのでした。 |
![]() | ナポレオンの息子 時事通信社 |
![]() | DIOR by Dior クリスチャン・ディオール 自叙伝 (翻訳) 集英社 |
![]() | CHANEL BOOK 完全版 (翻訳) さくら舎 |
![]() | シャネル シャネルを支えた 8人のレジェンドと 生きている言葉 さくら舎 |
![]() | ルーヴル美術館 女たちの肖像 描かれなかったドラマ 講談社+α文庫 |
![]() | カルティエと王家の宝石 集英社インターナショナル |
![]() | カルティエを愛した女たち 集英社インターナショナル |
![]() | 最期の日のマリー・アントワネット ハプスブルク家の連続悲劇 講談社+α文庫 |
![]() | イヴ・サンローラン への手紙 (翻訳) 中央公論新社 |
![]() | クイズで入門 ヨーロッパの王室 講談社+α文庫 |
![]() | マリー・アントワネットと フェルセン 真実の恋 講談社+α文庫 |
![]() | 国王を虜にした女たち 講談社+α文庫 |
![]() | 息子を国王にした女たち 講談社+α文庫 |
![]() | ディオールの世界 集英社 |
![]() | ディオールと華麗なるセレブリティの物語 講談社 |
![]() | Yves Saint Laurent
The Beginning of a Legend アルク出版 |
![]() | フランス革命秘話 大修館書店 |
![]() | マリー・アントワネットと悲運の王子 講談社+α文庫 |
![]() | ナポレオンが選んだ三人の女 講談社+α文庫 |
![]() | ヴェルサイユ宮殿 密謀物語 大和書房文庫 |
![]() | パリのフローリスト、 パリのお花屋さん フォーシーズンズプレス |
![]() | セザンヌ 〔共著〕 婦人画報社 |
![]() | ヴェルサイユ 王の悦び 〔翻訳〕 Les Editions du Huitième Jour |
![]() | 花の向こうに 〔翻訳〕 世界文化社 |