2013年8月26日

世界一長寿は誰?


つい最近まで、世界長寿記録保持者はフランス女性ジャンヌ・カルマンでした。
122歳5ヶ月14日も生きた彼女は、世界中で語られフランスの誇りだった。
それがどうやらボリビア人に打ち破られたみたいなのです。現在も一人歩きするカルメロ・フルレスは、なんと123歳。
まだまだ生き続けられそうなほど元気な姿が報道され、びっくりしたりうらやましかったり。

もっとも彼に記録を破られても、女性の長寿記録はジャンヌにあるのだから自慢を続けてもいいと思う。

ジャンヌの父は93歳、母は86歳、兄は97歳と、いずれも長生きしたのに対して、ひとり娘は36歳で肺炎で、そしてひとりきりの孫はオートバイの事故がもとで37歳で世を去る。
ということは長寿の家系とはいえないけれど、いずれにしても凄い。
60歳。実際の年齢よりずっと若かったジャンヌ。

裕福な商人と結婚したジャンヌは生涯働いたことがなく、お稽古事ばかりという幸せな人生。
テニス、ピアノ、オペラに加えスポーツ大好きの彼女は、100歳まで自転車に乗っていたし、85歳でフェンシングもはじめたし、水泳も得意。

体を動かすことが長寿に欠かせないことがよくわかります。
見習いたいのは食生活。オリーヴ油とにんにくを好み、ポルトワインを毎日飲み、チョコレートはなんと週に1キロも食べていたという。

オリーヴ油、にんにく、ワインは私も頻繁に口にしているけれど、チョコレートの量はついていけない。やはり、常人ではなかったのですね。
110歳まで一人暮らしをし、自分で何もかもしていたことも見習いたい。
ゴッホに会った最後の人だった彼女は、114歳で映画にも出演。好奇心を持ち続けることも見習いたい。

ボリビア人の世界記録は確認中らしいけれど、それをきっかけに再び話題になっているジャンヌ・カルマンです。

2013年8月24日

イギリス、ロイヤルベビー旋風

ジョージ王子、生後初の公式写真

数日遅れで生まれた待望のロイヤルベビー、ジョージ王子は今でも注目を独占。

生後一ヶ月の公式写真が発表され、
またまた報道が過熱しているのです。
イギリスならまだわかるけれど、
まるで自国のことのように大きく報道しているのが、いかにもフランスらしい。

新聞や雑誌に掲載された公式写真は、初めての子供と一緒の若いカップルがいかにも幸せそうでとても和やかでいい。でも、ちょっと気をつけて見ると、プロのカメラマンにしてはピントがぶれている。そうなのです。初の公式写真を撮影したのはキャサリン妃の父マイケル・ミドルトン。この写真の賛否両論説が、夏の終わりをガタガタとゆさぶっているのです。暑くないパリだからいいけれど・・・

重要な写真なのに、なぜ素人が撮ったのか。
キャサリン妃の両親の館の庭で撮影などとは、あまりにも庶民的すぎる。
ニュージェネレーションを強調しているのだろうけれど、やはり王室の伝統はある程度守ったほうがいいのではないか。いやいや、家族愛たっぷりですごくいい。などなど。

私には、王室専門カメラマンでは出せないような、温かみがほのぼの伝わってくる最高の写真に見えるのですが・・

今後の公式写真発表のたびに話題になりそうなこの写真。
ジョージ王子はそんなことはどうでもいいかのように、
スヤスヤと眠っている。
さすが未来のイギリス国王になるだけあって、人間か大きいのかも?

2013年8月23日

衰えないマリー・アントワネットの人気



9月6日から
電子書籍登場。
「最期の日のマリー・アントワネット、ハプスブルク家の連続悲劇」が好調に売れています。皆様のお陰でとてもうれしいです。
ありがとうございます。
この本の電子書籍発売が9月6日の予定です。
こちらもよろしくお願いいたします。

それにしてもマリー・アントワネットの人気は
すごいですね。
時代が変わっても彼女への関心は変わらない。
これは何も日本に限ったことではなく、
フランスでも同じ。
毎年のように新しい本が出ているほど彼女は人気者。

別に新事実がわかったのでもないのに、
興味をいだかずにいられない本を書店で見かけると、
すぐに買ってしまう私です。

その中にあまりしられていないような記述があると、
ああ、これもいつか書きたいな~と、きりがありません。
ということで、今後もまた彼女に関する本を書くかも。
でも今は、上記の本をよろしくお願いします。

2013年8月16日

ヨルダンの旅

ペトラの宝物殿
エル・ハズネ。
映画インディアナ・ジョーンズにも
登場。

パリに長く住んでいると、時々ヨーロッパにない文化に触れ、リセットしたくなるものです。モロッコのタンジェにまめに行くのはそのため。第一、そこに別荘を持っているフランス人の友人が数人いるので、とても便利。そう、いつもそこに泊まるのです。しかもパリから直行便があるのだから、ますます便利。

そのタンジェで、モロッコ南部に広がる雄大な自然と砂漠の素晴らしさをワイワイ語り合っていたときのこと。
「それじゃ、ヨルダンに行くべきだ」
と友人たちが大合唱。
「モロッコ南部と同じように、アラビアのロレンスの撮影もした国なのだから、それはそれはすごい」
その名作に魅了され、テレビで少なくとも5回は見た私は、そういわれてヨルダンへ行かないではいられない。ということで、暑さにもかかわらず心弾ませながら一路憧れの国へ。

バラ色の岩を刻んで造った建造物が
見渡す限り続きます。
到着したのは夕刻。その瞬間から、もう、感激どころではない。透き通った青い空が、まるで手に届くかのように近くに見える。星がこんなにきれいに見えたのは初めて。「これがほんとうの空だ」と、思わず高村智恵子のようにつぶやく。その空の向こうには、何か素晴らしいものが確約されているように無条件に美しい。

ペトラの石を売り歩く
人懐っこい笑顔の少年。
翌日、近代的なホテルが並ぶ首都アンマンの遺跡を見学し、スークも訪問。
またその翌日、今度は車で南へと向う。行けども行けども続く砂漠の中に造られたハイウェイ。機関銃を手にした兵士が時々見える。いくら眺めても飽きない砂漠の高原が続いていたかと思うと、突然、巨大な岩が見えてくる。しかも単なる岩ではなく耀くばかりのバラ色。それがずっと遠くまで延びている。ペトラだ! ああ、これがペトラなのか!

紀元前1世紀ころから栄えたペトラ。そこには、50~100メートルのも高さのバラ色の岩を掘り込んで造った神殿や、住まい、劇場、墓なとが見渡す限り続いている。

洗礼者ヨハネが
キリストに洗礼を授けたヨルダン川。
その間をロバやラクダがのんびりと行き交っている。砂漠を数時間走って、突如、目の前に開けるその光景が、あまりにも現実から遠く、夢の中を彷徨しているよう。一時期ローマ人に支配され、その後放置され廃墟となった町のこれほどの大遺跡が、19世紀世まで世に知られていなかったというのだから、ほんとうに驚きです。

ペトラでの大感激の翌日は、洗礼者ヨハネがキリストに洗礼を授けたといわれているヨルダン川と、モーセが生涯を閉じたといわれているネボ山を訪問。

モーセ終焉の地ネボ山からの
体が震えるほどの荒涼とした感動的光景。
左に死海が、そしてかなたにイスラエルが見える。
どちらも旧約聖書の世界で、自分がいる今の時代との差があまるにも大きく、頭がくらくらしめまいを起しそう。

ネボ山の眼下には荒涼とした地がかなたまで広がっている。岩と砂だけの突き放すような厳しさを感じる世界。左手にはヨルダンとイスラエルの間に横たわる死海がゆったりとした姿を見せている。そして前方にはイスラエルも見える。

エジプトからイスラエルの民を連れて脱出し、様々な試練、苦難の末にモーセがたどり着いたネボ山。そこから遠くを眺めながら、彼はイスラエルの民に語ったのです。彼らの国となるカナンがかなたにある、と。そこは彼らの「約束の地」だと。その国、現在のイスラエルを見ることもなくモーセはネボ山で終焉を迎る。こうした劇的な歴史を刻む光景は、今でも思い出すたびに感動が生々しくよみがえるほど、強烈な印象を残します。

地球の不思議、奥深さ、神秘などあまりにもいろいろあって、自分がいかに限られたことしか知らなかったかと痛感。

ローマ帝国の偉大さが
ひしひしと迫るジェラシュ。

アンマンの北には巨大なローマ遺跡が残るジェラシュがある。かつてはアレキサンダー大王も滞在していたことがあるそう。その後ローマの支配に陥り、ローマ人が様々な巨大建造物を残したジェラシュには、権力者の偉大さが今でも残っているのがすごい。そういえばパリにもローマ時代の遺跡があるのだから、消滅したとはいえローマ帝国は偉大でした。

いろいろな魅力満載のヨルダンには、またぜひ行ってみたい。
そのときには、アラビアのロレンスに登場した紅海のアカバ湾まで足を延ばしたいと、今から興奮状態。

紺碧の空高くそびえるジェラシュの神殿
旅はいい。旅ほどときめきを与えてくれるものはない。
それがいくつもある私の生き甲斐の中で一番重要なのです。

2013年8月5日

シャトレのつぶやき72 思い出のアルバム14

パリでヴァカンス。
なまけているワタシ。

フランス人はヴァカンスが
大すきだってこと、しっているわよね。
これってほんとうにほんとうなの。

7月14日のパリ祭がおわると、もう、
ヴァカンスに行く人がたくさんいる国なの。
「新聞も雑誌もページが少なくなって、内容も薄くなるのに、値段は変わらないの。
ちょっとおかしいと思わない?」
とママンがワタシにフマンをぶつけるけれど、ここはそういう国だということが、
いまだにわかっていないのね、あの人。

ここでもゴロン、ゴロン。
「不思議なのはね、それでも誰も文句をいわないことなの。それ以外のことではうるさくて、ストライキやデモをするのに、ね」
いつもの通り、すごくしつこいママン。
7月末になるとパリジャンはみんないなくなって、
ツーリストばかり。
それが8月末までつづくのよ。
それをママンは
「パリが外国になる二ヶ月」
というの。
まあ、そんな感じかな。
ネコもイヌもいなくなるんだから、すごい国よね。

こうしたときはベランダで
お花を見ているのが一番いい。
しずかで、車の排気ガスもないし、サイコー。
お花さんといっしょで
ごきげんです。

ワタシにとって夏はしあわせな二ヶ月間。
それにしてもやっぱり長いわね。
子供たちは計算のしかたを忘れてしまうそうだけど、
ワタシよくわかる。
日本みたいに宿題もないんだもん。

ヴァカンスを短くしようと誰かが言ったら、たくさんの親が反対したんだって。
フランスってやっぱりヴァカンス大すきな国なのね。