軍人であり外務大臣もつとめた、 ナポレオンの腹心の部下コランクール。 館の入り口の大きな肖像画 |
ナポレオンの家族や部下の子孫も、同じように大邸宅に暮していました。そのひとつが、ナポレオンの腹心の部下コーランクールの子孫の館。5月末にナポレオン史学会会員が招待され、しかも、その館を直径子孫の案内で訪問することができ、大いに感動しました。
コーランクールの 直径子孫おふたりと |
18、19世紀の趣のサロンのひとつ |
ロシア大使を務めたこともあるコーランクールは、彼の目から見て無謀と思われるロシア遠征計画を、ナポレオンに思いとどまらせようと試みたこともあります。ところがナポレオンはそれを無視し、軍を進め、大敗。打ちひしがれた皇帝がパリに戻る際に付き添った、唯一の軍人がコーランクール。1812年12月7日から18日まで続いたのその長旅の間に、
皇帝はコーランクールに多くを語り、後年、コーランクールは数冊に及ぶ忠実な記録を発表。それが多くの事実を正確に伝えたのです。ナポレオンの頭髪 家族所有の貴重な遺品 |
金庫に保管していますが、この日、特別に見せてくださいました。その直後、皇帝はコーランクールの目をかすめて服毒自殺を試みる。幸い、毒がきかなかったためにナポレオンは一命を取り留めたのでした。
こうした歴史を、コーランクールの子孫は立て板に水のごとくに語ります。そこには書物では伝わってこない、特別な感動があります。特に、フォンテーヌブロー城におけるナポレオンの様子を 細部にわたって記録したコーランクールの自筆の手紙を、古びた封筒から手袋をはめながら取り出し、その一部を読み上げたときには、感激で涙を目に浮かべる人がいたほど。フランスの歴史の重要な一こまを体で味わった、貴重な日でした。