ボクたちのこと覚えている? なかなかなじめなかったけれど、やっと親近感を持てるようになったんだ。 今日も一緒、あしたも一緒。 でも、正直いって、相棒のごちゃごちゃしている模様は今でも疲れる。 よく見てよ、体と頭の区別がつかないほど入り乱れているワン。 それに比べてボクは品格あるシンプルカラー。 両親に感謝しなくては。 |
2018年12月20日
パリの犬たち 188
時間がかかったけれど、仲良しになったよ。
2018年12月18日
メトロの駅名は語る 109
Iéna
イエナ(9号線)
ナポレオンのイエナの戦いに由来する駅名。
ドイツのイエナでフランス軍とプロセイン軍の間で交わされた戦闘は、1806年10月14日、フランス軍の大勝利に終わり、皇帝ナポレオンの名声をさらに高めました。
当初、プロセイン王ヴィルヘルム3世は、自国の兵力がフランス軍よりはるかに劣ると判断し、戦闘を避けようとしていました。
ところが王妃ルイーゼは、ヨーロッパの支配者のようにふるまう成り上がり者ナポレオンを毛嫌いしていて、これ以上好きかってにさせておくわけにはいかないと、国王にけしかけます。
軍事経験が乏しいプロセイン王ヴィルヘルム3世が指揮をとる軍は、統制がとれずバラバラに行動。その戦いの最中に国民が大きな期待を寄せていた軍人のプリンス、ルイ・フェエルディナントが、33歳の若さで戦死、プロセイン軍は戦闘力を一気に失います。快勝したナポレオン軍団はプロセイン王国の首府ベルリンに、10月25日に意気揚々と入城。
プロセインの運命が決定される際、何とかナポレオンの気持ちを和らげて講和の条件を寛大にしてもらおうと、ヴィルヘルム3世は妃ルイーゼを送ります。けれどもナポレオンにはまったく効果がなかったようで、プロセインはフランスの支配下に置かれたのです。
イエナ(9号線)
ナポレオンのイエナの戦いに由来する駅名。
イエナの戦いのナポレオン皇帝。 |
ドイツのイエナでフランス軍とプロセイン軍の間で交わされた戦闘は、1806年10月14日、フランス軍の大勝利に終わり、皇帝ナポレオンの名声をさらに高めました。
当初、プロセイン王ヴィルヘルム3世は、自国の兵力がフランス軍よりはるかに劣ると判断し、戦闘を避けようとしていました。
プロセイン国王ヴィルヘルム3世。 |
プロセイン国王妃ルイーゼ。 |
ところが王妃ルイーゼは、ヨーロッパの支配者のようにふるまう成り上がり者ナポレオンを毛嫌いしていて、これ以上好きかってにさせておくわけにはいかないと、国王にけしかけます。
軍事経験が乏しいプロセイン王ヴィルヘルム3世が指揮をとる軍は、統制がとれずバラバラに行動。その戦いの最中に国民が大きな期待を寄せていた軍人のプリンス、ルイ・フェエルディナントが、33歳の若さで戦死、プロセイン軍は戦闘力を一気に失います。快勝したナポレオン軍団はプロセイン王国の首府ベルリンに、10月25日に意気揚々と入城。
プロセインの首都ベルリンに勝利者として入城する ナポレオン皇帝。 |
プロセインの運命が決定される際、何とかナポレオンの気持ちを和らげて講和の条件を寛大にしてもらおうと、ヴィルヘルム3世は妃ルイーゼを送ります。けれどもナポレオンにはまったく効果がなかったようで、プロセインはフランスの支配下に置かれたのです。
2018年12月13日
いろいろあるけれど、パリのノエルは健在
パリの華やかなクリスマス光景をお伝えします。
高級宝石店が居並ぶヴァンドーム広場のイルミネーションは、 いつもの通りエレガント。 |
ヴァンドーム広場の高級宝飾店の中で、 一番気に入ったクリスマスのショーウインドウはディオール。 |
幻想的な森の中で動物や鳥がジュエリーと戯れます。 |
夢のようなこの森に私も行きたい。 |
カルティエレッドのリボンに包まれたラ・ぺ通りのカルティエ本店は、 お馴染みになったとはいえ、何度見ても心が高揚します。 |
ひときわの賑わいを見せるルイ・ヴィトン。 |
爽やかさ満ちるシャネル本店。ブティックが拡大されますます注目の的。 |
妖精たちの世界を目の前にするのようなレペット。 奥のバレーシューズを積み上げた飾りがとてもユニーク。 |
もっともパリらしいクリヨン・ホテルでは、 品格あふれるツリーが随所に飾られていて、 ドリームランドに招かれたよう。 |
リッツ・ホテルは赤が主体のツリーがお出迎え。 シックな趣でリピーターを確保しています。 |
ラベル:
センス磨きのエッセンス
2018年12月12日
パリの犬たち 187
2018年12月9日
メトロの駅名は語る 108
Rue de la Pompe
リュー・ド・ラ・ポンプ(9号線)
かつて存在していたラ・ミュエット城に水の供給をするためのポンプがあったことから、この名前の道路が生まれ、後年にメトロ名にもなったのです。
リュー・ド・ラ・ポンプ通りで特に目立つのは、ジャンソン・ド・サイイ高校。パリの富豪弁護士ジャンソン・ド・サイイが男子校を設立させ、1884年10月13日にオ―プンした名門校です。現在は男女共学ですが、当初は男子のみで生徒数は457人。
第一次世界大戦の際には負傷兵のために病院になり、第二次世界大戦最中には学生たちが早くからレジスタンス運動に加わりました。校舎の壁にはレジスタンスの英雄となった生徒の名を刻んだ碑があります。強制収容所に送られたイスラエル人の生徒のための碑もあります。
この通りのもうひとつの重要な建物は、アール・ヌーヴォ―の元フラワーショップ。現在はレストランになっていますが、当時の装飾が一部残っていて、その界隈に優美な空気を放っています。
リュー・ド・ラ・ポンプ(9号線)
かつて存在していたラ・ミュエット城に水の供給をするためのポンプがあったことから、この名前の道路が生まれ、後年にメトロ名にもなったのです。
リュー・ド・ラ・ポンプ通りで特に目立つのは、ジャンソン・ド・サイイ高校。パリの富豪弁護士ジャンソン・ド・サイイが男子校を設立させ、1884年10月13日にオ―プンした名門校です。現在は男女共学ですが、当初は男子のみで生徒数は457人。
19世紀に創立したジャンソン・ド・サイイ高校。 |
第一次世界大戦の際には負傷兵のために病院になり、第二次世界大戦最中には学生たちが早くからレジスタンス運動に加わりました。校舎の壁にはレジスタンスの英雄となった生徒の名を刻んだ碑があります。強制収容所に送られたイスラエル人の生徒のための碑もあります。
アール・ヌーヴォ―のエレガントな建物。 1階はフラワーショップ、2階以上はアパルトマン。 現在はフラワーショップは姿を消しレストラン。 |
フラワーショップ「オレーヴ」の時代の装飾が残っています。 |
この通りのもうひとつの重要な建物は、アール・ヌーヴォ―の元フラワーショップ。現在はレストランになっていますが、当時の装飾が一部残っていて、その界隈に優美な空気を放っています。
2018年12月7日
釘町彰さんの展覧会
パリ在住の画家、釘町彰さんの作品には自然が込められている。天然の鉱物を砕いて作る岩絵具を使用し、テーマも自然。しかも、釘町さんが描く自然は、人の手が加わっていない無垢の、言い換えれば手付かずの自然ばかり。
だからと言って人を突き放すような厳しさはなく、魂の奥底にまで届くようなやさしさと美しさがある。絵の世界に吸い込まれるような透明感は、地上のすべての悪から遠ざかるような静謐さがあります。
今回の展覧会ではリュック・ドニャンさんのバッグも見られます。手作りで軽く、個性的な作品は、こだわりの趣味の人に最適。収納性にも富み、活動的な現代女性に欠かせないアイテムのように思えます。
Pierre-Yves Caêr Gallery
7 rue Notre Dame de Nazareth
75003 Paris
2019年1月12日まで
心身が清められるような釘町さんの力作の前で。 |
ヴェルニサージュにいらした招待客の質問に、 丁寧にこたえる釘町彰さんとリュック・ドニャンさん。 手前はドニャンさん作のバッグ、後方は釘町さんの大作。 |
多くの人がヴェルニサージュに集まり歓談を楽しみました。 |
今回の展覧会ではリュック・ドニャンさんのバッグも見られます。手作りで軽く、個性的な作品は、こだわりの趣味の人に最適。収納性にも富み、活動的な現代女性に欠かせないアイテムのように思えます。
Pierre-Yves Caêr Gallery
7 rue Notre Dame de Nazareth
75003 Paris
2019年1月12日まで
ラベル:
センス磨きのエッセンス
2018年12月5日
セルジュ・ルタンスのニューショップ
特有な感性の持ち主のセルジュ・ルタンスがクリエイトするフレグランスには、彼と同じように神秘性が隠されています。ボトルは同じで、中の香りにそれぞれ個性が込められていて、深みがある。現実の世界から見知らぬ幻想的な世界に導くような、不思議な誘惑がある。
1992年にパレ・ロワイヤルに香水専門店をオープン。ミステリアスなインテリアとフレグランスはこだわりのパリジェンヌたちの話題となり、その後デパートにコーナーを設置。そして今年、サントノレ通りにブティックをオープンしたばかり。
ブティックの外観も店内も他のお店と一線を引いていて、独特のアンビアンスが放たれています。パリ中心に生まれた異次元の世界とさえいえます。
1992年にパレ・ロワイヤルに香水専門店をオープン。ミステリアスなインテリアとフレグランスはこだわりのパリジェンヌたちの話題となり、その後デパートにコーナーを設置。そして今年、サントノレ通りにブティックをオープンしたばかり。
ブティックの外観も店内も他のお店と一線を引いていて、独特のアンビアンスが放たれています。パリ中心に生まれた異次元の世界とさえいえます。
サントノレ通りに新たな刺激を与える、 香水店セルジュ・ルタンスのショーウインドウ。 |
現実から遠ざかり異次元の世界に入るような、 神秘性漂う店内。 324 rue Saint Honoré 75001 |
ラベル:
センス磨きのエッセンス
2018年12月4日
ブシュロン リニューアルオープン
高級宝飾店ブシュロンは今年創立160年記念を迎えました。それを機に18ヵ月かけて大々的なリニューアルを行い12月上旬、新たな姿を披露しました。
現在、高級宝飾店の聖地と呼ばれているヴァンドーム広場に進出したのはブシュロンが最初で1893年のこと。
1858年にフレデリック・ブシュロンが創業したときのブティックは、パレ・ロワイヤルにありました。けれどもヴァンドーム広場の将来の価値を察したブシュロンは、他の高級宝飾店に先駆けていち早くブティックをオープンしたのです。これは驚くべき先見の明と言えます。
ブシュロンが選んだのは、オルレアン公に仕えていた貴族シャルル・ド・ノセが1717年に建築させた大邸宅。その後複数の貴族、富豪、公証人などの手に渡り、ナポレオン三世の第二帝政時代に、もっとも美しく才知に富む貴婦人と憧れを掻き立てていたカスティリオーネ伯爵夫人が、1878年から暮すようになりました。ブシュロンが1893年にブティックを構えた年に、伯爵夫人はそこから遠くないカンボン通りに移ったのでした。
ヴァンドーム広場でのブシュロンの飛躍は他の高級宝飾店を刺激し、次々とブティックをオープン。ヴァンドーム広場はハイジュエリーの聖地と謳われるようになったのです。
リニューアルを終えて新たな姿を見せるブシュロン。 |
現在、高級宝飾店の聖地と呼ばれているヴァンドーム広場に進出したのはブシュロンが最初で1893年のこと。
メゾン創立者フレデリック・ブシュロン (1830-1902) |
1858年にフレデリック・ブシュロンが創業したときのブティックは、パレ・ロワイヤルにありました。けれどもヴァンドーム広場の将来の価値を察したブシュロンは、他の高級宝飾店に先駆けていち早くブティックをオープンしたのです。これは驚くべき先見の明と言えます。
ブシュロンがブティックを設けたヴァンドーム広場の 貴族館ノセに、長年暮していたカスティリオーネ伯爵夫人。 |
ブシュロンが選んだのは、オルレアン公に仕えていた貴族シャルル・ド・ノセが1717年に建築させた大邸宅。その後複数の貴族、富豪、公証人などの手に渡り、ナポレオン三世の第二帝政時代に、もっとも美しく才知に富む貴婦人と憧れを掻き立てていたカスティリオーネ伯爵夫人が、1878年から暮すようになりました。ブシュロンが1893年にブティックを構えた年に、伯爵夫人はそこから遠くないカンボン通りに移ったのでした。
ブシュロンがヴァンドーム広場にオープンして間もない、 1906年の写真。正面のラ・ぺ通りの右角です。 |
2018年、メゾン創立160年記念の年にリニューアルし、 再び豪奢な姿を見せるブシュロン。 |
ヴァンドーム広場でのブシュロンの飛躍は他の高級宝飾店を刺激し、次々とブティックをオープン。ヴァンドーム広場はハイジュエリーの聖地と謳われるようになったのです。
ラベル:
センス磨きのエッセンス
2018年12月3日
クリスマス・マーケット
今までシャンゼリゼ大通りが舞台だったクリスマス・マーケットが、チュイルリー公園内に移動。以前よりクオリティがいい品が目立ちます。
趣向を凝らした工芸品や食べ物のショップが軒を並べているし、数多くの子供向けの乗りもの、アイススケートリンク、お化け屋敷、ホットワインカウンターもあり魅力がいっぱい。時間を決めて空からサンタさんがトナカイに乗って降りてくる。
カラフルでオモチャの国にいるように楽しい。もう一回、ではなく、もう二回行きたい。そのたびにゴーフルも食べたい。
すごい賑わいのクリスマス・マーケット。 |
ルーヴル美術館が近くに見える、 チュイルリー公園内のクリスマス・マーケット。 |
温かい食べ物も豊富。フランス各地の名産物の他、 イタリア、ドイツ、モロッコ料理などもあります。 |
とても豪華なホットワインカウンター。 |
電気仕掛けで動く動物もたくさんいます。 |
体格がいいサンタさんと気取った兵隊さん。 子供時代に戻って記念撮影。 |
スリラーを味わいたい人に最適なスリラー劇場。 中で何が起きるか・・・・ |
大きなツリーの数カ所に球があり、 そこに子供たちが乗ってグルグル回転。 |
メルヘンの国に行けるような錯覚を起こす、 ジョイフルな豆電車。乗ってみたかった。 |
ラベル:
センス磨きのエッセンス
2018年12月2日
クリスマス、限りなく楽しいスイーツのウィンドウ
あちらこちらにイルミネーションが灯され、パリの街はキラ星のように輝いています。デパートのウィンドウには自動仕掛けのオモチャがいっぱい。その前は子供連れの人々で身動きできないほど。
スイーツのお店も趣向を凝らした飾りで楽しい、楽しい。ご覧の通りです。
雪国へと誘うシックでロマンティックな飾り。 |
飛び跳ねる喜び。 |
知性が感じられるようなデコレーション。 |
ラヴリー、ラヴリー、ラヴリー |
大きな氷の住まいでご機嫌な白クマさん。 よかったね。 |
トナカイさんの行進。目がかわいすぎる。 |
ラベル:
センス磨きのエッセンス
2018年12月1日
アール・ド・ヴィーヴルとパリジャン
長年親しくしている友人が,マレ地区に18世紀の大きなアパルトマンを買って、気に入るような内装工事を頼んですでに4年。
工事が遅れるのはフランスでは当たり前のこと。夏や冬だけでなく、春にも秋にもヴァカンスがあるから、その間の数日間工事がストップすることが多い。頼む人も頼まれた人も、それは当然の権利と解釈している。だから工事が予定通りに終わるわけがない。これは私も経験済み。
とういことで、友人もずっと仮住まい。そこでのディナ―に何度か誘われましたが、仮住まいといえどもインテリアに気配りがあり、行くたびにオブジェや家具、絵の位置に変化があるのでそれも楽しみ。
このように例え仮に暮らす住まいであっても、日々の生活をおごそかにすることなく、常に新鮮味を加える工夫をするのです。そうすることによって、細胞が活性化され人生が楽しくなるもの。
フランスはアール・ド・ヴィーヴルの国と言われますが、それは日々の生活を意義あるものにすること。無造作に、何となく、惰性で生きるのではなく、自分で工夫して一日一日を意識的に価値あるように生きること。その時その時を出来るだけ楽しく、美しく過ごすこと。
だから気心が知れている友人をお食事に呼ぶにしても、お料理だけだなく、アンビアンス作りにも気配りをします。お金をかけなくても、簡素なお花やキャンドルを灯すだけで、非日常の世界が生まれる、それを分かち合うのです。
お食事中もっとも重要なのは会話。今回はちょうど「ジャポニズム 2018」がたけなわなので、それが大きな話題。
こうなると次々と質問ぜめで、日本のことをもっとお勉強しなくてはと痛感するのも、毎回のこと。一応その場で知っていることを話しますが、家に帰ってあわててネットで間違いがなかったか確認することもある。で、万が一とんでもないことを語ってしまった時には、すぐに訂正のメールを送るようにしています。
でも、それだから進歩をするわけで、自分の意見をまとめる訓練にもなる。会話はアール・ド・ヴィーヴルに欠かせないことのひとつです。
お金をかけなくても生気にあふれる日々を送ることに余念がないパリジェンヌ、パリジャン。彼らに輝きがあるのは、毎日を最大に生きている自負があり、そのために心に豊かさが宿っているのでしょう。ポジティフなライフスタイルに学ぶことは多いです。
工事が遅れるのはフランスでは当たり前のこと。夏や冬だけでなく、春にも秋にもヴァカンスがあるから、その間の数日間工事がストップすることが多い。頼む人も頼まれた人も、それは当然の権利と解釈している。だから工事が予定通りに終わるわけがない。これは私も経験済み。
とういことで、友人もずっと仮住まい。そこでのディナ―に何度か誘われましたが、仮住まいといえどもインテリアに気配りがあり、行くたびにオブジェや家具、絵の位置に変化があるのでそれも楽しみ。
このように例え仮に暮らす住まいであっても、日々の生活をおごそかにすることなく、常に新鮮味を加える工夫をするのです。そうすることによって、細胞が活性化され人生が楽しくなるもの。
いろいろな時代のいろいろなスタイルが混ざっているのに ハーモニーがあるサロン。フランス人ならではのセンス。 ネコちゃんもうっとり見とれます。 |
友人が毎週ウィークエンドを過ごす別荘のお庭に咲いているお花を飾って、 レッドワインとシンプルなおつまみで再会を祝って乾杯。 |
フランスはアール・ド・ヴィーヴルの国と言われますが、それは日々の生活を意義あるものにすること。無造作に、何となく、惰性で生きるのではなく、自分で工夫して一日一日を意識的に価値あるように生きること。その時その時を出来るだけ楽しく、美しく過ごすこと。
だから気心が知れている友人をお食事に呼ぶにしても、お料理だけだなく、アンビアンス作りにも気配りをします。お金をかけなくても、簡素なお花やキャンドルを灯すだけで、非日常の世界が生まれる、それを分かち合うのです。
ディナーはサロンのお隣のダイニングルームで。 ここにもお庭に咲く花が気取りなく飾られていて心地よい。 フランス人宅でキャンドルが灯されないお食事は考えられない。 キャンドルは雰囲気を盛り上げるのに欠かせない存在。 |
セーヌ川が眼下に見えるアパルトマン。 対岸にイルミネーションが灯された教会が見えて、 いかにもパリらしい光景。 |
こうなると次々と質問ぜめで、日本のことをもっとお勉強しなくてはと痛感するのも、毎回のこと。一応その場で知っていることを話しますが、家に帰ってあわててネットで間違いがなかったか確認することもある。で、万が一とんでもないことを語ってしまった時には、すぐに訂正のメールを送るようにしています。
でも、それだから進歩をするわけで、自分の意見をまとめる訓練にもなる。会話はアール・ド・ヴィーヴルに欠かせないことのひとつです。
お金をかけなくても生気にあふれる日々を送ることに余念がないパリジェンヌ、パリジャン。彼らに輝きがあるのは、毎日を最大に生きている自負があり、そのために心に豊かさが宿っているのでしょう。ポジティフなライフスタイルに学ぶことは多いです。
私がネコ好きなのを察してか、 ひざに飛び乗ってゴロゴロ、ゴロゴロ。 とってもかわいい。 |
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