2026年10月16日

マリー・アントワネット自叙伝 73 最終回


最期の日

 

 牢屋に戻った私は最後の力を振り絞って、遺書を書くことにしました。

永遠の別れを告げる手紙を子供たちに書くのは、身を切られるほど苦しく耐え難いことなので、エリザベート王女さま宛てに。


妹に宛てて書いた最後の手紙の一部
1793年10月6日朝4時半


妹よ。

最後のお手紙を貴女に宛てて書いています。たった今、判決を受けました。貴女の兄上の元に行くための死で、恥ずべきものではありません。恥ずべき死は、犯罪人だけにあるのです。私は貴女の兄上と同じように無罪なので、お兄さまのように、最後の瞬間にも毅然とした態度を示したいと願っております。


良心に何の咎めもないすべての人がそうであるように、私は落ち着いています。かわいそうな子供たちを残していくことだけが大きな心残りです。

・・・

哀れな娘よ。彼女にお手紙を書く勇気はとてもありません。私からの手紙を受け取ることなどできないでしょうし、このお手紙でさえも、貴女の手元に届くかわかりません。2人の子供たちに代わって私からの祝福をお受けください。

いつの日にか、成長したときに、貴女と共に暮らし、貴女の心優しいお世話を受けられる喜びを味わえることを願っています。

・・・

私が2人に常々教えてきたことを考えてくれますように。つまり、信条を持ち、自分たちの義務を果たすことが、人生の基本であることであり、友情とお互いの信頼が幸せをもたらせることを。

娘は自分の年齢を考え、弟よりも多く得る経験と思いやりで忠告を与え、常に弟を助けなければなりません。それが彼にとって教えになるでしょう。

息子に関しては、あらゆる心遣いをし、姉に尽くすことです。どのような境遇にいようとも、二人がしっかり結びつくことによってしか、ほんとうに幸せになれないことがわかりますように。

・・・

息子は、私が繰り返し語ってきたように、彼の父の最後の言葉を決して忘れず、私たちの死に対して復讐しようなどと絶対に考えないでほしいのです。

・・・

生を受けていらい犯してきたかも知れないすべての罪のお赦しを、神に心から願っております。神の恩恵に授かり、私の最後の願いを受け入れてくださると共に、長年お祈りしてきたように、慈悲と善意を持って私の魂をお迎えくださいますように。

・・・

永遠にさようなら! 

善良で優しいい妹よ! 

このお手紙が、貴女の手元にとどきますように! 

いつも私のことを思っていてください。すべての心を込めて貴女と、哀れでいとしい私の子供たちを心から抱擁します。

ああ、何てことでしょう! 

永遠に別れるのは、いかに心を引き裂かれることか! 

永遠にさようなら! 

永遠にさようなら! 





その後、革命裁判長エルマンが、数人の役人を引き連れて入ってきました。

私の姿に威厳を感じたのか、4人の憲兵は揃って脱帽しました。死刑囚に敬意を払うなど、ありえない事だったので、私は内心驚きました。


次にエルマンに同行してきた役人のひとりが、紙を広げて、これから罪状を告げるなどと言うので

「内容はすべて知っているので、その必要などないです」

 と少し声を強めて断りました。

でも規則なのでと、牢屋に響くしっかりした声で、処刑の理由を読みあげたのです。

両腕を後ろで荒々しく縛られたのは侮辱でした。
それが終ると、死刑執行人サンソンが入ってきました。入って来るなり手を出すようにというので、思わず後ずさりをしました。手を出すということは、縛るためだからです。

11時ころ、サンソンにそそのかされながら牢屋を出た私は、通路を通り、あれほど憧れていた外に出た途端、悲鳴をあげるところでした。そこに待っていたのは、粗末な荷車だったのです。


夫のときには、立派な馬車だったと聞いていたのに、私に用意されたのは荷車。まるで動物扱いだったのです。屈辱的な扱いに自尊心を深く傷つけられた私は、荷車に乗るのを躊躇しないではいられませんでした。立ち止まったまま動かない私を、憲兵たちがせかし、悔しさを胸に秘めながらその荷車に乗った私は、一言も発しないまま処刑場へと向かったのです。

粗末な荷車にのせられ
あまりの扱いに自尊心が傷つけられました。

革命広場までの道路には、黒山のような人だかりがしていましたが、何も見ないようにしながら、ずっと沈黙を保っていました。12時を少し回ったころに処刑場に着くと、大きな叫び声や拍手があがりました。荷車をひとりでおり、処刑台の階段をしっかりした足取りでのぼったとき、私は最大の威厳を放つことのみ考えていました。ヨーロッパに名を轟かせたハプスブルク家とブルボン家の威厳と栄光を、見せたかったのです。




今回でこの連載は終わりです。

ありがとうございます。