2019年7月25日

記録的暑さのパリの爽やかな光景

7月25日のパリの最高気温は41度。
いまだかつてこれほどの気温になったことがなく、扇風機やクーラーが飛ぶように売れ、ホームレスの人々を冷房がきいている体育館などに収容し、ミネラルウオーターを無料で配布しているフランス。

記録的暑さを経験するのは、考え方によっては記念すべきことなのかも。

この暑さの中で、何ともほほえましい光景を見て、おもわずニッコリ。
オペラ通りのメトロ排気口で、ホッキョクグマの親子が風にのって踊っているのです。あまりにも可愛くて暑さも飛んで行ってしまいます。パリならではの粋なアイディア。

あまりの暑さに車も人も少ないオペラ通り。
ん?
何かゆらゆらと動いている。
しっかり正体をつかむためにぐっと近づく。
まあ、かわいい。ホッキョクグマの親子ではないですか。
風にふかれて気持ち良さそう。
ママンのお腹に守られながら、
安心してパリ滞在を楽しんでいるコグマの表情が
たまらなく愛らしい。ずっとそこにいてね。

2019年7月24日

メトロの駅名は語る 129

Cluny=La Sorbonne
クリュニー=ラ・ソルボンヌ(10号線)

クリュニー中世美術館とソルボンヌ大学の名を持つ駅名。

学生街サン・ミッシェルにあるクリュニー美術館は、1~3世紀にかけてロ-マ人がパリを支配していた時代に建築された膨大な大きさの浴場跡に造られた美術館で、中世の貴重な美術品を展示しています。

かつての大浴場。

ローマ人は温度が異なる3つのお風呂を楽しんでいました。熱いお風呂、ぬるま湯のお風呂、冷水と。浴場には回廊や運動をする部屋もあったそうで、おしゃべりや演説が好きなローマ人が大勢集まっていたのを想像すると、さぞかしにぎやかだったと思います。ほぼ6000m²あった当時の浴場のほとんどは姿を消しましたが、一部は現在でも残っています。

幾世紀もの歴史を刻む建造物がたとえ大きな破損を受けたとはいえ、21世紀でも見られることにローマ人の秀でたアイディアと技術に驚かないではいられません。実際、ローマ人の支配がなかったらパリの都市造りも異なっていたでしょう。

豪奢なクリュニー館。

国立クリュニー中世美術館でもっとも有名な
フランドルで織られた15世紀末のタペストリー。
6連の「貴婦人と一角獣」のひとつ。

浴場はその後何度か用途が変わり、13世紀、ブルゴーニュ地方で威勢を誇っていたクリュニー修道院院長のパリの別邸がその跡に建築され、クリュニーの名が館に付けられます。後期ゴシック様式で建築されたクリュニー館は豪奢で、1832年、中世美術に傾倒していたコレクターがその館に暮らすようになり、中世美術とクリュニー館は切っても切れない仲になりました。

            ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ソルボンヌ大学の前身は13世紀に創立された貧しい神学生のための学生寮で、カトリック教会から聖列され聖ルイ王と呼ばれるようになる信仰心厚いルイ9世の宮廷司祭であり、神学者のロベール・ド・ソルボンがその発案者だったために、彼の名を冠するようになりました。
ロベール・ド・ソルボン
(1201-1274)

中世までソルボンヌはローマ教王の庇護を受けていたカトリック大学だったのが、革命やナポレオンの時代の改革により大学制度が大きく変わりました。

1550年のソルボンヌ大学。

19世紀初頭のソルボンヌ大学前の広場。
現在も見られる建物と広場。

その後もパリ大学(全部で13もあります)の動きがあり、現在のソルボンヌは第1、第3、第4の3つの大学で校舎もそれぞれ異なる場所にあります。

2019年7月23日

パリの犬たち 204

ネ、知ってる? またモーレツに暑くなったの。
だからアイスクリームを食べたいワン

パリのお天気ってものすごく気まぐれ。
アツくなったり、涼しくなったり、わがまま放題。

「今日はとってもアツいネ」
「ウン。ハーハー、ハー」
「ほ~ら、みんなアイスクリームを食べたり、
ジュースを飲みながら歩いている」
「ワタシたちもアイスクリームを食べたいワ~ン」
「このところ毎日食べているから、今日はダメ」
意地悪を言うのはパパ。

もうがっかりしてあるくのもイヤッ!
せめてこの暑苦しい毛皮を取ってほしいワン。

2019年7月21日

おすすめ京料理レストラン

パレ・ロワイヤルの静かな公園すぐ近くに2年半前にオープンしたEnyaaは、パリにいながら本格的な京料理を満喫できる貴重なレストラン。

淡いベージュの石の壁と天井、木製のシンプルなテーブルがとても爽やか。左手にカウンター席があり右手はテーブル席、そして奥まった所に驚くほど種類豊富な日本酒とシャンパーニュが並んでアーティスティックな世界を生み出しています。ここで味わえるのは本物の和食。しかも品格あふれる京料理ばかりで、一度味わったら忘れられない。行き届いたサーヴィスも心地よく、またすぐに行きたくなるレストランです。

18 世紀の歴史を刻む建造物の中の日本。
日本酒とシャンパーニュが生み出す格別なコーナー。
太鼓を見つけて大喜びで多津子さんと駆け寄りました。
整然としたカウンター席もいいアンビアンス。
アミューズ・ブッシュで身も心も一気に京都に浸ります。
サマーならではの素材。2色のおソースにデリケートな感性がうかがえます。
鶏肉ときのこのお吸い物。
焼きカモ料理。左はご一緒した節子さんが「少しいかが?」と
お皿に盛って下った3切れの牛肉。
どちらも肉のうま味をいかした焼き具合。

Enyaaご自慢のサバ寿司。昆布巻きです。
冷たいデザートとお茶が続きます。
今回はディナー・コースでしたが、次回はランチをトライしたい。
レストランがあるモンパンシエ通りは、パレ・ロワイヤルの城主オルレアン公の息子モンパンシエ公の名を冠していて、以前はパレ・ロワイヤルの庭園の一部でしたが、1784年に道路となったのです。

Enyaa
37 rue de Montpensier
75001 Paris
tel 01 40 26 78 25

2019年7月15日

メトロの駅名は語る 128

Mabillon
マビヨン(10号線)

17世紀から18世紀にかけての修道士であり歴史家ジャン・マビヨンに捧げる駅名。

ジャン・マビヨン
(1632-1707)

農婦の家に生まれたマビヨンは早くから宗教の道を選び、神学や哲学を学んだ後パリの北にあるサン・ドニ大聖堂で司祭の仕事を始め、そこに葬られている歴代の王家の人々に関する資料などの管理に携わっていました。

マビヨンの時代のサン・ジェルマン・デ・プレ修道院。

32歳のときに6世紀に建築されたパリのサン・ジェルマン・デ・プレ修道院から、歴史上重要な史料の管理を依頼されます。知識欲旺盛なマビヨンはフランス各地だけでなく外国にまでに足を運び、貴重な資料を集めたり丹念に調べ膨大な聖人伝を執筆しました。現存する学生街のサン・ジェルマン・デ・プレ教会は、その修道院に付属する教会として建築されたのです。

マビヨンは1686年6月4日から
6世紀に建築されたイタリアのボビオ修道院に滞在していました。
そこからフランスに持ち帰った貴重な手稿。

歴史神学や古文書研究に生涯を捧げ、「古文書史」「聖人伝」を刊行し計り知れないほど教会史に貢献し多くの影響を与えたマビヨン。けれどもあまりにも専門的な著書なので一般の人に名は知られていません。メトロの駅名から彼に興味を抱くようになる人がいれば幸いです。

2019年7月11日

パリの犬たち 203


ワタシも乗りたい

ワー、すご~くかっこいい💓
あれが今人気の電動キックボードね。
スイスイ走って気持ちよさそう。
あれだったら疲れないし、第一目的地にあっという間に着ける。
いいな、いいな、ワタシにも買ってほしいワン。

ママンにおねだりしたら、
「犬用のはないのよ」
だって。

「それに健康のために歩くのが一番いいの」
だって。

そういえばそうね。
お仕事に行く人にはきっと理想的な交通機関なんだわ。

2019年7月9日

おすすめイタリア料理レストラン

パリは奥深さがある街です。外観や高さに制限があるために外は同じようでも、中に入るとそれぞれ個性的で驚くことが多い。オーセンティックなイタリアンを満喫できる「イル・ジラモンド」もそのひとつ。一見、何気ないイタリアンのお惣菜屋さんかと思う地下は、隠れ家的なアンビアンスが魅力なレストランです。

種類豊富な食材の間を抜けて突き当たりの木と石で造られた階段を降りると、ファミリアルなレストランが見えます。木製の気負いのないテーブルが心がこもったお料理とサーヴィスを確約しているようです。

シシリア出身のムッシューと日本出身のマダムが提供するお料理は、トラディションと現代性の融合があるオリジナリティに富むお味ばかり。気軽に本物のイタリアンを味わいたい人に絶対おすすめ。「イル・ジラモンド」は世界中を旅する人という意味。カーラ・ブルーニもお気に入りです。

Il Giramondo
175 rue de Grenelle
75007 Paris
tel 01 45 51 10 65

素材に凝っていることが一目瞭然。
鮮度の高い野菜と伝統的おナス料理の組み合わせが最高。
ツナソースのパスタ。
忘れがたいお味。

デザートのパンナコッタ。
適度な甘みがラヴリーなプレートと相まって体中に幸せを広げてくれます。

時間が経つのを忘れさせる話題豊富な女子会。
聖美さんと琳さんは姉妹のようなステキな母娘。
オリジナリティある服装がよくお似合い。