2018年10月10日

伊藤若冲展 プティ・パレ美術館

「ジャポニズム 2018」の一環としてプティ・パレ美術館で開催されている、伊藤若冲の作品展が大変評価されています。

伊藤若冲(1716-1800)

浮世絵画家たちほど一般の人にあまりなじみがない画家ですが、さすがアートに限りない関心を抱いているパリ。ヨーロッパ初公開の貴重な作品ばかりとあって連日長蛇の列。

美術館の中に入るまでに並び、その後展示会場に入るのに並び、30点の作品の前で順番を待ちながら鑑賞。その後カタログを求める人が多くまた行列。

プティ・パレ美術館前の展覧会表示。
列に並んでいるほとんどの人がフランス人。

緻密な実物写生、鮮やかな色彩、どの作品も迫力があり圧倒されます。保存状態が優れているのにも驚かされます。

美術館の地下が展示会場。
その入り口に作品のポスターがあり、
それを見るだけで心が浮き立ちます。
雅な世界に徐々に入るような演出も素晴らしい。
この奥は撮影禁止。

フランスではルイ15世、ルイ16世、そして皇帝になる前のナポレオン・ボナパルト将軍が目覚ましい活躍をしていた時代を生きていた伊藤若冲。84歳の長寿と世を去るまで絵筆を握っていたその意欲に、心を揺り動かされないではいませんでした。

迫力、優雅さ、気高さ、表情の豊かさがあり魅了されます。

2018年10月8日

メトロの駅名は語る 101

Marcel Sembat
マルセル・サンバ(9号線)

社会党の政治家にちなんだ駅名。

マルセル・サンバ(1862-1922)

弁護士の資格を得た後ジャーナリストになったマルセル・サンバは、学生時代から飛びぬけた秀才でした。

社会党の複数の機関紙の編集、執筆に携わった後、政治家に転向。1893年から59歳で世を去るまで社会党議員として活躍します。

1897年には「革命的社会党」の指導者のひとりになり、その後1902年「フランス社会党」、1905年に現在の「社会党」の前身「労働インターナショナル・フランス支部」の幹部となり、フランスの社会主義に大きな影響を与えます。

そうしたマルセル・サンバでしたが、シャモニで脳溢血で突如亡くなります。59歳でした。あまりにも早い死をいたんで、生まれ故郷ボニエール・シュール・セーヌの彼が眠るお墓への巡礼の旅は、第二次世界大戦がはじまるまで続いていました。

ジョルジェット・アグット(1867ー1922)

ジョルジェット・アグットが描いた夫。

サンバの妻はフォーヴの画家であり彫刻家のジョルジェット・アグットで、美術品コレクターでもありました。夫がシャモニの別荘で急死すると、その衝撃に耐えられず翌日自殺します。
「あの人が去って12時間。私は遅れてしまいました」とメモを残して。

ジョルジェットがアトリエを持っていたモンマルトルには、彼女の名を冠した道路があり、収集していたマチス、ルオー、シニャックなどの作品は、グルノーブルの美術館に寄贈されました。

2018年10月6日

シャルル・アズナヴールさん、感動的なオマージュ

フランスの国民的歌手シャルル・アズナヴールさんに捧げるオマージュが、アンヴァリッドの「名誉の中庭」で10月5日朝に行われました。

アルメニア系移民を両親としてパリで生まれたアズナヴールさんは、9歳から歌っていたのでそのキャリアは85年。独特の憂いに満ちた歌声は国境を越え世界に轟いていました。

日本でも数回コンサートを開き、今年9月17日NHKホール、19日大阪フェスティバルホ-ルで,約2時間の熱唱でファンを魅了したばかり。それが最後のコンサートとなり南仏の家で10月1日、心不全、肺水腫により94歳の長い生涯を閉じました。


マクロン大統領、アルメニア首相列席の元にとり行われた国家的オマージュには、多彩なアズナヴールさんにふさわしく、各界の著名な方々の姿が見られました。サルコジ元大統領、オランド前大統領、大使をはじめ、歌手エディ・ミッチェル、ミレイユ・マチュー、エンリコ・マシアス、俳優ジャン・ポール・ベルモンド。アズナヴールさんの妻、子供たち、その他親族も儀式に参列。

全員が揃ったころ、フランスの三色旗に包まれたアズナヴールさんが眠る棺が、静けさの中に現れました。「名誉の中庭」の石畳みを踏みしめる重い足音だけが響き、厳粛な空気が流れます。そのうち笛の音が聞こえ始めました。アルメニアの民族音楽です。心の奥深くまで染み入るような哀愁を帯びたその音楽が、アズナヴールさん特有の魂を揺れ動かすような歌声と重なります。

アルメニアとフランスの国家がそれぞれ演奏され、それに続いてアルメニア首相、フランス大統領のオマージュの言葉が述べられました。アルメニア首相はアズナヴールさんの先祖がアルメニア人であり、国にとって重要な人物であることを繰り返し、フランス大統領はアズナヴールさんはフランス生まれのフランス人であり、フランス語で歌っていたと語ります。

「1世紀生きたいと願っていただろうが、死が訪れ、驚きと悲しみが我々をおそった。シャルル・アズナヴールは人生に安らぎを与えてくれた人なのです」
というマクロン大統領の言葉が印象に残っています。

大ヒット曲「世界の果て」の歌声に乗りながら、アズナヴールさんは家族に伴われアンヴァリッドを離れて行きました。

この様子は朝10時ころからテレビで中経され、感動的なオマージュをしっかり胸の中に刻みました。でも、巨星が姿を消したさみしさは残ります。

「私を見出してくれたエディット・ピアフが言っていたように、歌うのではなく、演じるのです」
と生前語っていたシャルル・アズナヴールさんは、希少な歌手であり俳優でした。

2018年10月4日

ルイ14世を憤激させた、美しすぎるシャトー

パリから車で1時間ほどの近い距離にあるシャトー、ヴォ―・ル・ヴィコントには、たくさんの歴史がつまっています。

伯爵家所有のシャトー、ヴォー・ル・ヴィコント。

シャトーの裏手に広がる広大な庭園。
典型的なシンメトリーのフランス式庭園。

中でも興味深いのは、ルイ14世がこのシャトーがあまりにも洗練されているので、嫉妬心に火がついたこと。その結果、城主の大蔵卿フーケを国費を乱用した理由で逮捕させ、監獄に入れます。

23歳のルイ14世。
この年齢のときにヴォ―・ル・ヴィコントを訪れました。

ヴェルサイユ宮殿がない時代で、
国王が暮していたのは古く重々しいお城。

それに比べてヴォ―・ル・ヴィコントは豪華で洗練されていて、
ルイ14世は抑えきれないほどの怒りを覚えたのでした。


二コラ・フーケ(1661-1680)
文芸に大きな関心を持っていた有能な貴族。
ルイ14世の怒りをかい、獄死します。

もっとも名門貴族のフーケは野心の固まりで敵も多く、国王も側近たちも失脚させる機会をねらっていたとされています。ルイ14世が後年に建築させたヴェルサイユ宮殿のもとになったのは、このヴォ―・ル・ヴィコント城です。

17 世紀のタペストリーが各部屋の壁に豊富に飾られています。

17世紀の天井画、クリスタルのシャンデリア、タペストリー。
高位の貴族の生活がいかに贅沢だったか体感できます。
革命を逃れた貴重な品々ばかりです。


当時の貴族たちの装い。

シャトーの装飾画を手がけた著名な画家シャルル・ルブランの部屋。
楕円形のグランサロン。
グランサロンのクーポルの上にあがれると知って、
たくさんの階段をのぼりました。
古い時代に人の技と知恵が造った木枠は驚異的。圧巻です。

ヴォ―・ル・ヴィコントは由緒ある伯爵家が持ち主で、今でもシャトーに暮らしています。こうした事実を知るとフランスの奥深さがわかります。

ロジェ・ムーアが主役を演じた「007」の撮影がこのシャトーで行われ、
そのとき使用したヘリコプターが展示してありました。

シャトー最上階には撮影小道具や衣装もあり、
それらを見れたのはラッキーでした。

2018年10月3日

高田賢三さん、フレグランスでエイボンとコラボレ-ション 

世界的なデザイナー高田賢三さんが、エイボンと二度目のコラボレーションのフレグランスを発表。その名も人生を最大にエンジョイする賢三さんにふさわしく「エイボン ライフ カラー」。

ファッションウィーク最終日の前日10月1日、ミニパレでお祝いパーティーが行われました。お電話では
「小さいパーティーだよ」
などとおっしゃっていたけれど、とんでもない。ミニパレの外観を見ただけで、その中に楽しさがはじけているのが伝わってきます。

ミニパレが心浮き立つ華やかなイルミネーションに輝いています。

エントランスでは絶え間なくシャボン玉が飛んでいます。
はち切れそうな喜びの化身でしょうか。

ファッション界の人が多く、顔見知りばかりだから話がはずむ。ビュッフェも豪華だし、DJも最高。ピンクや赤のライトアップがそれに拍車をかけて、祭典の雰囲気満載。

ひときわ目立ったマダム。
おしゃれのコツを知る大切な機会です。
モード大好きなイタリア人と楽しいおしゃべり。
自由なエスプリで、オリジナリティーある装いを楽しむ人たち。

シックなドレスのスタイル抜群のマドモワゼルに、
目を奪われました。
肌寒い日でしたが、会場に熱気がこもり、
窓を大きく開けてバルコニーにも出れるようにしたほど。

残念ながら次の予定があったので22時ころ会場を後にし、遅くに到着した賢三さんにお会いできませんでした。でも、帰りがけに親しいマサトさんと入江さんにお会いできて、とてもうれしかった夜です。

左はパリで大人気のデザイナー入江さん。
中央がカリスマ的ヘアスタイリストのマサトさん。

祭典は真夜中まで続いたのでした。
パリジェンヌ、パリジャンは人生を楽しむことを知っている人が多く、日々の生活に変化があり生きている喜びを毎日のように味わえます。

2018年10月2日

カルティエ 旧貴族館でニューコレクション発表

ニューコレクション発表の会場にこだわるカルティエが今回選んだのは、シャンゼリゼ大通り近くのジュル=ポリドール・ル・マロワが建築させた瀟洒な邸宅。

カルティエのニュ―コレクション発表が行われた
旧貴族館。

幅広い大理石の「名誉の階段」をのぼった二階が会場です。
階段を一歩一歩のぼるたびに高揚感が高まります。

かつて着飾った紳士、淑女がこの階段を上り下りしていたかと思うと、
感慨もひとしおです。

彼はナポレオンとジョゼフィーヌの結婚の際の証人を務めた、将軍ル・マロワ伯爵の息子。外交官を務めた後政治家になり、ナポレオン1世の甥ルイ・ナポレオンがクーデターに成功し、ナポレオン3世として皇帝になった第二帝政時代に活躍します。

アートに大きな関心を抱いていたル・マロワ伯爵は、シャンゼリゼ大通り近くの邸宅に多くのコレクションを飾り、優雅な社交を繰り広げていました。

この邸宅は1927年までル・マロワ伯爵家が所有し、現在はフランス=アメリカ・アソシエーション所属となっています。

二階で最初に目に入る壁画。
いかにも高位の貴族の館にふさわしい優美なテーマ。

その前に飾られたフラワーデコレーションが、
ル・マロワ伯爵が暮らしていた時代の
華やかな香りを散りばめているようです。

この奥にカルティエのニューコレクションが展示されていますが、その演出が画期的なもの。歴史を刻む由緒ある建造物を損なわないように細心の配慮をしながら、コンテンポラリーな作品を展示するのですから、多くの苦心があったことでしょう。

美しい女性の手が動きながらバッグを紹介。
その発案に驚きの声があがります。

動く美脚も登場。
意匠を凝らしたコンテンポラリーなジュエリー。
どの服装にも似合いそう。
いつか手にしたいエレガントでしかも機能性に富んだ時計。

素通しガラスの窓に「カルティエ ランデヴー」と控えめに書かれています。
この建物へのシックな配慮が感じられます。
コレクションを堪能した後、一階のサロンでカクテル。
友人との談話が楽しいひとときです。

2018年9月29日

イヴ・サンローラン美術館 アジア展

異国へ大きな興味を抱いていたイヴ・サンローランはアジアも訪問し、それぞれの国の文化、伝統、歴史、習慣を鋭敏にとらえ、クリエーションにいかしていました。

その中の日本、中国、インドをテーマとした作品の展覧会を、イヴ・サンローラン美術館で開催中。服だけでなく、貴重な直筆のデッサンも多数あるし、ビジュ―も豊富。

私が一番感動したのは、サンローランが日本を訪問したときの若い姿をうつした数枚の写真。サンローランにインタヴューをした際に、彼がいかに日本人の繊細な感性に感動したか語ってくださったことが、まるで昨日のことのように思い出されました。京都にはぜひもう一度行きたいと、やさしい声で語った記憶もよみがえりました。

日本の着物からインスピレーションを得たコレクション。

1963年、日本をはじめて訪れた若きイヴ・サンローラン。
この時の写真が数枚展示されています。
中国にも大きな興味を持っていたサンローランのコレクション。
着やすいデザインで女性の体に自由を与えています。
サンローラン特有の鮮やかな色使いの中国テーマの作品。
インドをテーマと下華麗なコレクション。
愛らしい子供服もあるインド・コレクション。
貴石の宝庫のインドならではの、ゴージャスな装飾。
ヴェルニサージュで久々に会った人々の間で、
会話がつきません。いつもエレガントな雰囲気です。
2019年1月27日まで