2023年2月26日

フランス・ファッション界の変貌

 恒例のファッションウィークが27日から始まるパリ。以前はショーを一日に2度開催するメゾンがいくつかあったけれど、数年前からそれもなくなり、規模が小さくなった感じ。当然、華やぎも多少少ない。ファッションに関する興味が薄れてきたというか、物の考え方が変わってきたように思えます。

このところ低価格の服のブティックが、相次いで閉店。通信販売に顧客を取られたのが原因だそう。こうした状況下で元気なのは、べーシックな製品ならユニクロ。ファッショナブルなのはZARA。誰にも手が届く価格で、クオリティもいい。それが魅力なのです。

最近話題を呼んでいるのは、オペラ通り真っただ中の古着店。5ユーロから何でもあり。服だけでなく、靴やバッグ、毛皮のコートまであり連日大賑わい。

オペラ通りの古着店。5ユーロからいろいろ。
目抜き通りにこのようなお店ができるとは、パリも変わったものです。
3区には数店あるけれど・・・

靴もご覧の通り豊富。

クリーニングしてあるのか、結構清潔感がある。

これと対照的なのが、超高級店。特にエルメスとルイ・ヴィトンの業績は、コロナ以前よりはるかによく、どちらも全員にボーナスを支給。エルメスは社員に4000ユーロずつ賞与をあたえると社長が自ら発表。宝飾店カルティエも連日行列。このように、裕福な人も多いのです。

こうした状況から、バッグやジュエリーにはお金を惜しまないけれど、移り変わりが激しい服は、手ごろな値段のにする、と決めている人が多いのでしょう。 

いずれにしても、貧富の格差がどんどん大きくなっているのが、フランスの現実です。

2023年2月21日

マリー・アントワネットの裁判が行われた法廷

 パリ発祥地のシテ島で、ひときわ豪華な輝きを放っている最高裁判所。かつて王宮だっただけあって、宮殿の趣がいまだに残っています。

この建物に、革命の時に裁判所が置かれ、多くの人の運命が決定されたかと思うと、中に入るときには身が引き閉まりました。

フランス・ナポレオン史学会主催の特別訪問に参加し、通常不可能な、マリー・アントワネットの裁判が行われた法廷の中に入れた のは、またとない幸運でした。

最初、何故ナポレオン史学会がこの最高裁判所訪問を企画したのか、わからなかったのですが、皇帝ナポレオンはフランス民法典、別名ナポレオン法典の設定に加わっていたからなのです。ということで、15人ほどの会員と一緒に、べテランの解説員に伴われて裁判所の中へ。

宮殿のように豪華で立派な最高裁判所。


「五月の中庭」正面のアーチの向こうからマリー・アントワネットが出て来て、
この中庭で待っていた荷車に乗せられ、処刑場へと連行されたのです。

高い天井、幅広い大理石の階段。豪華という表現がぴったりの内部。

マリー・アントワネットの裁判が行われた法廷。
解説員によると左のドアから王妃が入って来たそうです。
その向こうに、彼女が最後の日々を送っていたコンシエルジュリーがあります。

またとない機会なので、交代に写真を。さずがに緊張。

解説員の詳しい説明を熱心に聞く会員たち。

肝心のナポレオン皇帝の像にも挨拶。

上告のための法廷はこの突き当り。
それにしても、どこもかしこも立派で裁判所に見えない。

有意義な訪問でした。

2023年2月14日

バレンタインデー

 2月14日のバレンタインデーは毎年ほとんど同じ。それでもやはり気になるので、ちらっと見ると、結構面白い。

チョコレートは平凡過ぎるけれど、キレイはキレイ。ただパリの人はあまり買わない。一番人気があるのはレストラン。お洒落なレストランは、予約が大変。本当にパリの人はマメ。


赤いハートを散りばめて、道行く人の注意をひく、チョコレート専門店。
プレゼントに最適な甘い箱入れ。

いろいろと考えるものですね。
お寿司で祝うバレンタインデーも悪くない。

最近急に人気が出てきた宝飾店も、
派手なディスプレイでひときわ輝いています。

2023年2月13日

草間彌生さん ヴァンドーム広場でも大活躍

 シャンゼリゼのルイ・ヴィトンだけでなく、ヴァンドーム広場のルイ・ヴィトンでも活躍を続けている草間彌生さん。

こちらではロボットの草間さんが絵筆を動かすだけでなく、顔や目を動かしたり、まばたきしたり。数年前ヴァンドーム広場に、草間さんの有名な大きなカボチャの彫刻が展示されたことがありました。そこからヒントを得たのか、店内もその展示されたカボチャと同じ黄色と黒。

パリの光景を変えてしまうほどのインパクト。今のパリは、草間さんブームです。

カボチャと同じ黄色と黒が
ルイ・ヴィトン、ヴァンドーム店を飾ります。
ロボットの草間彌生さんが注目の的。

建物全体に施された飾りも
パリのイメージを変えるほどコンテンポラリー。

何事が起きているのかと、人だかり。

そんな騒ぎに動じることなく、仕事を続ける草間さん。
ルイ・ヴィトンのバッグを持っているのは可愛らしい。


大きなミラーのような装飾がたくさんあり、
街の景色を写していて、これがまた素晴らしい。
写真を撮っている私も右下に見えます。このように見る光景も面白い。

2023年1月27日

カルティエ 知と才の集結

 パリ本店のリニューアルを終えて、さらなる関心と評判を呼んでいるカルティエが、リッツパリで類まれなジュエリーを発表。素材のクオリティの高さ、アルティザンの緻密な技巧、そして、何よりも、画期的なアイディアに驚嘆しないではいられません。今回も、全てのジュエリーが煌めかせる知と技の素晴らしさに目眩を覚えたほど。「王の宝石商」カルティエは世界に誇るフランスの宝と言えます。

美しい流れを見せるエレガンス極まりないネックレス。
いつまでも記憶の奥に残る逸品。

ノーブルでコンテンポラリーなデザインのジュエリーウオッチ。
心に爽やかさが走る色合いが魅力的。


日本の幾世紀にも及ぶ伝統文化「帯」へのオマージュ。
日の出をモチーフとした卓越したネックレス。


技の素晴らしさに、感動で体が震えました。

アトリエの熟練のアルティザンの貴重な説明もありました。

展示会場に隣接したサロンで、
シャンパーニュや軽いランチのサーヴィスもあり、至れり尽くせり。



鯛料理とリッツに欠かせないマドレーヌのデザートを堪能。

リッチで幸せいっぱいのひと時でした。

2023年1月22日

草間彌生さん、ルイ・ヴィトンとコラボレーション

 日本を代表する現代アーティスト草間彌生さんが、ルイ・ヴィトンと二度目のコラボレーションを実施し、パリで大きな話題を呼んでいます。

シャンゼリゼのルイ・ヴィトンはカラフルな水玉模様が建物全体に飾られていて、楽しさ極まりない。しかも、草間さんが描いている最中の大きな像もあり、すごいインパクト。

この界隈を歩く人は皆、驚いた様子でルイ・ヴィトンの建物を見て、あまりの変貌にスマホで記念撮影する人ばかり。思い切った演出がパリに生気を与えています。

シャンゼリゼのルイ・ヴィトン。建物全体に水玉模様。
通りがかる人々の視線をとらえないではいない。
真剣な表情でと水玉模様を描く草間彌生さん。


建物だけでなく、旗にもドット。ルイ・ヴィトンの意気込みが伝わります。


カラフルなバッグのほか、トランクもあります。


スニーカーも楽しいけれど、ブーツのヒールのドットが個性的

春や夏に着たい服もたくさん。

店内ももちろん水玉模様。心が躍ります。

途絶えない行列。この界隈全体に新鮮で一味違う空気が流れています。

2023年1月15日

デュ・バリー夫人が暮らしていたヴェルサイユ宮殿の部屋

 ルイ15世がデュ・バリー夫人に出会ったのは1769年で、国王は59歳、夫人は26歳。王妃も公式愛妾だったポンパドゥール夫人も失っていたルイ15世は、特定の女性がいませんでした。

側近たちは代わる代わる、国王が気に入りそうな女性を紹介し、恩恵にあずかろうと必死になっていた時に、悪賢いジャン=バティスト・デュ・バリー伯爵が、自分の愛人ジャンヌ・ベキュを王に会わせる手はずを整えます。彼女はデュ・バリーの愛人だっただけでなく、多くの貴族相手の娼婦もさせられていたのです。つまり高級娼婦だったのです。

国王の公式愛妾になる女性は貴族の称号がなければならないとわかると、ジャン=バティスト・デュ・バリー伯爵は独身だった弟ギヨームを利用し、多額のお金と引き換えに書類上の結婚をさせます。このようにしてデュ・バリー伯爵夫人になった元高級娼婦は、ルイ15世を魅了し、公式愛妾の座に治まったのです。

ヴェルサイユ宮殿3階に暮らすようになったデュ・バリー夫人は、アートに造詣が深かっただけあって、家具もオブジェも彼女の趣向をこらしたものばかり。そのどれも品格があり夫人の高尚な感性が伝わってきます。すでに2度訪問し撮った写真が数枚あるので、ご紹介します。

親しい貴族夫人たちと、コンサートやゲーム、会話
を楽しんでいたサロンのひとつ。
フェミニン極まりないベッドルーム。この左手にドアがあり、
それを開けると国王の図書室に直接行ける木製の階段があります。

ベッドルームの暖炉の上に飾られているルイ15世の胸像。

奥まった所にある図書室。

デュ・バリー夫人が特に気に入っていたイス。
マリー・アントワネットと同じように、バラとピンクが好きでした。

セーヴル焼に愛着を抱いていて、多くの磁気をオーダー。
特にブルーが好きだったそう。

広々としたバスルーム。

別室で沸かしたお湯をバスタブに入れていました。

ルイ15世の2階の居室と、
3階のデュ・バリー夫人の部屋の行き来に使用していた階段のひとつ。


どの部屋も華々しさがなく、清涼ささえ感じられる装飾は、きっと国王に安らぎを与えていたことでしょう。階下の「見せるための宮廷生活」が、あまりにも豪奢だったから、ここはルイ15世にとって、ひとりの恋する男性の憩いの場だったに違いありません。

デュ・バリー夫人がここに暮らしていたのは約4年間。ルイ15世逝去にともない、宮殿から追放された彼女は、修道院に1年間暮らした後に、宮殿からさほど遠くないルーヴィシエンヌのシャトーに暮らします。亡き国王から生前にプレゼントされたシャトーです。

ルイ15世からプレゼントされたルーヴシエンヌのシャトーで、
デュ・バリー夫人は国王に感謝する豪華なソワレを催しました。
1771年9月2日。

その後革命が起き、ロンドンとルーヴィシエンヌを行き来していましたが、ルイ16世処刑を知り、自分のシャトーやジュエリーを没収されるのを懸念し、フランスに戻り、逮捕され死刑の判決が下されたのです。彼女は50歳になっていました。信じられないほど軽率ですが、子供の頃は修道院で暮らし、その後は貴族と結婚し、ついには国王の公式愛妾になったデュ・バリー夫人は、大した苦労も経験しなかった世間知らずだったといえるでしょう。彼女は貧しい人、気の毒な人に尽くす優しさを持つ女性でもあったのです。
                 

革命が起きた1789年のデュ・バリー夫人。
これが彼女の最後の肖像画で、マリー・アントワネットの
お抱え女流画家ヴィジェ=ルブラン作。
ヴィジェ=ルブランは革命が起きると直ちに国外に逃亡し生き延びます。
デュ・バリー夫人が4年間暮らしていたのは、右の3階の14部屋。
その真下の2階にルイ15世の居室があり、3つの階段でつないでいたのです。