2017年11月30日

パリの犬たち 149

さむい冬の日は・・・
ぜったいにイヤッ!!
こんなさむい日は、お家から出たくなんかない!!

そう、ここがいい。
このフカフカのソファの上がいいんだワン。

お外に行きたいんだったら、一人でどうぞ。
ボクはここでお昼寝しているよ。

大丈夫、ナニも悪いことなんかしないから。
この純粋な瞳を見ればわかるでしょ。

ああ、居心地いい、幸せだワン。

2017年11月28日

クリヨン・ホテルで、またショコラ・ショ

もう街中がクリスマス装飾でキラキラ煌めいています。
シャンゼリゼのクリスマスマーケットはなくなったけれど、華やぎに変わりはなく、いつもと同じ。

そうした中、心を弾ませながらまたクリヨン・ホテルへ。
華やかさ極まりないクリヨン・ホテルのクリスマスツリー。
この間を抜けて
イケメンが開けてくれドアから中に入るのは、とってもいい気分。
ブルーのしずくが光るツリーも
ポエティックでステキ。
見ているだけでプリンセスになったみたい。
でも、肝心のプリンスはいずこに???
今回は「ジャルダン・ディヴェール」ではなく、そのお隣の「レ・ザンバサドール」。こちらはカウンターバーもあり、ちょっと大人びた感じ。

テーブルも椅子もベージュとダークブラウンでとてもシックで、いかにもパリらしい。
貴族の邸宅を彷彿とさせる古典美があるかと思うと、コンテンポラリーな装飾もある。
シックで落ち着きある「レ・ザンバサドール」
今回はここで4人の女子会。
話題が豊富でおしゃべりが途切れない。

大好きなショコラ・ショ。
ほんとうに美味しい。ぜひお試しを。
このポットにカップ3杯分入っています。
前回いただいたショコラ・ショがあまりにも美味しかったので、またオーダー。こってりしたお味が、今でも体に心地よい余韻を残しています。

12月上旬に日本から友人5人がパリに遊びに来るので、またきっとここでお茶を、と思っています。私を含めて6人の女性。5日間ほどパリにいるから、その間、移動性女子会をあちらこちらで楽しむつもり。

2017年11月27日

メトロの駅名は語る 64

Saint Jacques
サン・ジャック(6号線)

聖ヤコブの遺骸が葬られている巡礼地に向かう際に使用されていた道路、サン・ジャック通り近くなので、この名が付けられました。
聖ヤコブはフランス語でサン・ジャックです。

レンブラントによる聖ヤコブ。
イエス・キリストの12人の弟子の中で、最初に殉教したのがヤコブです。
彼はスペインでキリスト教の布教にあたった後、エルサレムに戻りました。

その際、ユダヤを統治していたヘロデ・アグリッパ1世に逮捕され、44年ころにエルサレムで殉教したとされています。ヤコブの弟ヨハネもキリストの12人の弟子のひとりで、後に福音書を書いています。

嘆き悲しんだ弟子たちは、密かにヤコブの遺骸を船にのせ、長い間海を彷徨し、最終的にスペインに到着します。それが1世紀の終わりころではないかと推測されています。


聖ヤコブに捧げる
サンチアゴ・デ・コンポステーラのカテドラル。
その後、9世紀にヤコブが葬られている墓が、スペイン北西部にある現在のサンチアゴ・デ・コンポステーラで、突然、発見されました。羊飼いが(司教という説もあります)星に導かれて、ヤコブの墓を発見できたのだそうです。それを祭るために教会が建築され、世界中から巡礼者が訪れるようになりました。

巡礼の旅の出発点だった、
シャトレのサン・ジャック・ラ・ブシュリ―。
革命で壊され現在は鐘楼だけ残っています。
パリからの巡礼の旅は、シャトレ近くにあったサン・ジャック・ラ・ブシュリ―教会が出発点でした。巡礼者たちはこの教会から歩き始め、セーヌ左岸に渡り、学生街のサン・ジャック通りを通って、聖地サンチアゴ・デ・コンポステーラへと向かっていたのです。この教会は革命のときに破壊され、塔だけが現在でも残っています。

グレコが描いた聖ヤコブ。
聖ヤコブのシンボルはホタテ貝ですが、漁師の息子だったことや、殉教後船で彷徨っている間に、船底にたくさんのホタテ貝がついていたからだと言われています。

2017年11月23日

香水、香水、そしてまた香水

母の日、クリスマス、結婚記念日、バースディ・・・
女性にプレゼントする機会はたくさんあります。
そうしたときに香水は大活躍。

各香水店が趣向を凝らして視線と心をとらえる工夫をしますが、今はクリスマスが近いので、全部まとめてディスプレイしているショーウインドウもあります。

そうした中で、「幸せ国」に招かれたようなディスプレイが気に入ったので、写真を一枚。ほんとうは中に入ってお散歩したい。

2017年11月22日

メトロの駅名は語る 63

Edgar Quinet
エドガー・キネ(6号線)

19世紀の歴史家であり政治家だった人の名を冠していますが、ほとんどのフランス人も知りません。幸いなことにメトロの駅名になり、道路名にもなっています。

エドガー・キネ(1803-1875)
母親がプロテスタントだったために、その影響を受けてエドガー・キネはドイツ思想に興味を抱くようになります。本格的にドイツ哲学を学ぶために、ハイデルベルクに留学。
ドイツ哲学者ヘルダーの「人間史の哲学の諸理念」をフランス語に翻訳したのはキネです。

モンパルナス墓地のキネのお墓。
そのすぐ近くにエドガー・キネ大通りがあります。
その後フランスに戻り教鞭をとり、本も多数出版しますが哲学的な内容がほとんどで、一般にはあまり知られませでした。
著書に「革命」「キリスト教とフランス革命」「ひとりの子供の歴史」「共和国」などがあります。

「さまよえるユダヤ人」は多くの作家に影響を与えた作品で、処刑地に向かうキリストが水を求めたのに断り、放浪をし続ける運命を背負わされたユダヤ人が題材になっています。

徹底的な共和主義者で、後に政界に進出。同時代だけでなく、後年の共和主義者からも尊敬されています。

2017年11月20日

パリの犬たち 148

写真うつりがシンパイ。
とっておきのお顔をするから
ブログにのせてネ。

はい、チーズ。
おしゃれ顔をしたつもりだけれど、
やっぱりシンパイ。

まあ、一応、自信はあるのだけれど・・・
どうかしら? コメントを待っているわ。
左下でコメントを書けるのよ。

2017年11月18日

ギャラリー・ラファイエット クリスマス装飾、続きの続き

もうすでに2回もギャラリー・ラファイエットのクリスマス装飾を紹介したのに、また・・・です。

なぜって、クーポルからのクリスマスツリーが、ただものでないことが分かったから。
そう、また行ったから分かったのです。

カラフルなスイーツが舞いながら降りてきます。
子供たちがそれを手で取ろうとしているのが、かわいい。
私だってほしい。
クリスマスツリーとその周囲のカラーが、時間を決めてめまぐるしく変わります。レッド、パープル、グリーン、ブルー、オレンジ。
それだけでも見ごたえがあるのに、何と、それと同時にクーポルから大きなスイーツが降りてくるのです。

幻想的なカラーになることもある。
目の前でこうした光景を楽しめるカフェもあって
至れりつくせり。

肝心のショッピングも、ムードに酔ってしまうのか、
結構お盛ん。
ジュエリーコーナーが人気があるのは、やはりクリスマスだから?
あちらにもこちらにも、まるでダンスを楽しんでいるように、たくさんのカラフルなスイーツ舞いながら、歓声とスマホを独り占め。


ステキでしょ。これを楽しむために、あと何回行くかしら。
また発見があるような予感がする。
私も大興奮しながら、皆さまのためにスマホに働いてもらいました。
お楽しみくださいね。

2017年11月15日

メトロの駅名は語る 62

Pasteur
パストゥール(6、12号線)

細菌学者ルイ・パストゥールの名を冠した駅名で、近くには世界的な権威を誇るパストゥール研究所があります。

研究に励むルイ・パストゥール(1822-1895)
化学、生物学、医学などの幅広い研究で多くの発見をしたパストゥールは、ドイツのロベルト・コッホと並んで「近代細菌学の開祖」と称えられています。

パリの高等師範学校で
化学を専攻していた若いパストゥール。

パストゥールの名は、割と身近な食べ物にも見かけられます。
例えば、飲み物のミルクに、パスチャライゼーションと表示されています。

これは低温で加熱することによって、素材が持つ風味を損なうことなく体に害を与えないよう殺菌する方法。
これを考えついたのはパストゥールで、彼の名からパスチャライゼーションという言葉が生まれました。

その他ワクチンの開発にも絶大な貢献をなしました。そのひとつが狂犬病ワクチンです。
そのワクチンで初めて命を助けられたのが、9歳だったジョセフ・メイステル少年。1885年のことでした。それ以前は動物実験だけだったので、大きな危険を覚悟の上でした。

パストゥールから初めて
狂犬病ワクチンを受けて
一命を取り留めた少年ジョセフ・メイステル。
時が経ち、第二次世界大戦中、パストゥール研究所の門衛になっていたのは64歳のジョセフ・メイステルでした。パストゥールはその研究所の地下の礼拝堂に葬られていて、メイステルは大恩ある人を守りたかったのでしょう。

1940年、パリを占領したナチス・ドイツは、パストゥールの墓に荒々しい足音を響かせながら向かって行きます。

メイステルにとって聖域にも等しい礼拝堂を、敵に汚されたくないと必死になって食い止めようと試みます。ところが力及ばず、悲嘆にくれたメイステルは自殺します。

メイステルが自殺したのは礼拝堂の入り口という説と、自宅という説がありますが、子孫の証言によると自宅のようです。
パストゥール研究所の礼拝堂の地下に、
今でもルイ・パストゥールは葬られています。


2017年11月14日

パリの犬たち 147

11月、さむ〜い
お外に行く前に、気温を体ではかっているの。
だって、この時期は服装に気を付けないといけないモン。

ニットコートではちょっと寒そう。
レザーのコート? ダウンコート?。
どっちにしようか、今、真剣に考えているのだワン。

2017年11月12日

クリヨン・ホテルのティータイム

7月にリニューアルオープンして人気を呼んでいるクリヨン。
ここのレストラン兼ティールーム「ジャルダン・ディヴェール」に、久しぶりに行きました。

中庭に面していて明るい「ジャルダン・ディヴェール」
軽食、スイーツ、お茶を一日中優雅に楽しめます。
日本から3年ぶりに知人がパリにいらして、どこかでお茶をということで、迷うことなく選んだのがクリヨンのジャルダン・ディヴェール。

なぜって、今はやはりショコラ・ショの季節。
ここで本物をじっくり味わいたかったのです。

シルバーウエアとチャーミングな微笑み。
そして何よりも、体中がはしゃぐほどおいしいショコラ・ショ。
「ぜったいにまた行く」と決心。
シルバーのステキなポットに入ったショコラ・ショを、チャーミングな笑顔を浮かべながら丁寧にサーヴィス。これだけでも幸せ気分なのに、カップに注がれたショコラ・ショを一口味わったら、もう、完全にこの世の天国。

こってりとしていて、いかにも高級なお味。これぞ本物。さすがです。
感激があまりにも大きくて、ショコラ・ショの写真を撮るのをすっかり忘れたほど。

花飾りも素晴らしいし、家具の色合いも紫がメインでノーブル。
それでいて気取りがないのが魅力。
午後のひとときを過ごす人が次々に椅子やソファに座り、中にはワンちゃんと同伴の人もいて、和やかな雰囲気。

ジャルダン・ディヴェールは朝9時から夜10時頃まで、好きな時間に軽食もいただけるのが魅力。

気負いがなく、それでいて気品があって大好きな場所です。
それにしても、あのショコラ・ショの美味が忘れられない。
またすぐにでも行きたい。

2017年11月11日

メトロの駅名は語る 61

Sèvre-Lecourbe
セーヴル=ルクルブ(6号線)

ユネスコ本部にもっとも近いこの駅には、1860年まであったセーヴル総徴税請負所と、19世紀の軍人ルクルブのふたつの名がつけられています。

セーヴル総徴税請負所。1860年に解体され姿を消しました。
フランス大革命が起きる直前にパリを取り囲む壁が造られ、パリに入る商人から税金を取り立てていました。要所要所に50を超える総徴税請負所が建築され、そのひとつがセーヴル総徴税請負所。1860年にパリ市が拡大され、そのとき解体され今は何も残っていません。

クロード・ジャック・ルクルブ(1759ー1815)
クロード・ジャック・ルクルブは革命期の有能な将軍でしたが、その後権力の座に就いたナポレオンによって重要なポストからはずされていました。理由はルクルブがモロー将軍と親しかったため。

モローは当初はナポレオンの部下で、命をかけてルクルブと共に戦い英雄と称えられていました。けれども後に野心からナポレオンの敵となり、皇帝暗殺の陰謀に加わった嫌疑がかけられた人。
ルクルブと親しく、
戦いを共に勝ち抜いてきた優秀な将軍モロー。
モローのために出世からはずされたルクルブでしたが、ナポレオンが失脚しエルバ島に流され、その後島から脱出し再び天下を取った時には、皇帝の役に立ちたいと自ら志願します。

1815年のワーテルローの戦いで連合軍相手に功績を成しますが、結局フランスは戦いを失い、健康を害したルクルブはそれから約半年後の10月22日、56歳の生涯を閉じます。

流刑地セント・ヘレナ島で、ナポレオンはかつての部下ルクルブを称える言葉を残しています。
「非常に勇敢な男で、フランスの有能な元帥であった。優秀な将軍になるすべての要素を持って生まれた人物である」

彼の名はエトワール凱旋門の内側に刻まれています。

2017年11月10日

オ・プランタン クリスマス装飾

オ・プランタンもすっかりクリスマス。
ここの大きな特徴は、地下と一階のエスカレーター付近に、大きなクリスマス・ツリーを飾ること。

今年はフェンディのPRが特に目立ちます。
そういえば、メラニア・トランプが日本に行った最初の日に着ていたコートはフェンディ。そう、カラフルでお花のアップリケがたくさんついている、あのコート。銀座に行くときも着ていました。

このところフェンディはかなり派手、というか遊び心が多い。
だからクリスマスにぴったりなのかも。

ショーウインドウは、車とか、飛行機 列車、ロケット、ソリなどに乗って、楽しい国にしあわせ探しに行こうということらしい。
宇宙にさえも行けるみたい。私も行ってみたい。

ノーコメントで写真をどんどん載せるので良い旅を。









ギャラリー・ラファイエット 続き

昨日ギャラリー・ラファイエットに行ったとき、ショーウインドウの飾りが完成していなくて、がっかりしてよく眠れなかったので、今日もまた行ってきました。

するとどうでしょう。マジックが働いたのか、全部のショーウインドウがキラキラ輝いている。そのすべてがが夢の世界。製品の宣伝ではなく、純粋にクリスマスの楽しみを味わわせてくれるのがおしゃれ。

ショーウインドウの中では動物やお人形さんが、ひっきりなしに動くし、カラーも頻繁に変わって幻想的。音楽も流れている。
こういう光景はノーコメントがいい、と思いません? だから説明なし。









今日は写真を撮るのが忙しかったので、じっくり楽しむためにまた行くつもり。こういう現実的でないのが大好き。

2017年11月9日

ギャラリー・ラファイエット、クリスマス装飾

ギャラリー・ラファイエットのメイン・エントランス。
多分、クリスマスの飾り付けが見れるのではないかと思って、ギャラリー・ラファイエットに行ってみました。

中に入ってみたくなる入り口。
サーカスのような、思いがけないスペクタクルを期待してしまう。
するとどうでしょう。入り口から、もうすっかりクリスマス気分。
特別な国に招き入れるように、ドアが大きく開いた口ように描かれているのです。これでは中に入ってみたくなるのは当然。

子供時代に楽しんだメリー・ゴーランドのよう。
そういえば、こういう色の細長いアメがあった。
入るとすぐに、子供時代に何度も乗ったメリー・ゴーランドのような飾り。
そこに見えるのは赤と白だけ。
服もバッグもこの2色。
シマウマも赤と白。
こんな色のシマウマは夢の中にしか存在しない。クリスマスは何でも可能なのですね。

このデパートのシンボルは、何といってもクーポルのツリー。
お菓子がいっぱいで限りなく楽しい。
このデパートは中央のクーポルが見もの。
なので、急ぎ足で近づく。
と、まあ、天井までカラフルなスイーツがいっぱいのツリーが見えるではないですか。

そう、今年のテーマは「spectacular  spectacular」。
大人も子供も一緒になって、びっくりするような夢の世界を楽しみましょうという事らしい。

準備中のショーウインドウ。
早く見た〜い。
ショーウインドウは今準備中。
これが完成するころに、第二弾の報告をしますネ。

2017年11月7日

天皇陛下84歳のお誕生日祝賀会

11月6日、天皇陛下のお誕生日をお祝いする祝賀会が、在仏日本大使公邸で開催されました。陛下のお誕生日は12月23日ですが、このように毎年早めにお祝いします。

美しく、同時に力強い、メゾソプラノ歌手による日本とフランスの国家のアカペラで祝賀会が始まりました。


木寺大使を囲んで。日動画廊の長谷川さんと。
ユーモアがある大使は大変人気があります。
元フランス首相のエディット・クレソン、憲法評議会議長のロラン・ファビウス、元駐日フランス大使、企業家などフランス人招待客が多い中、木寺真人駐仏日本大使がフランス語でご挨拶。

フランス人と日本人の語り合いの輪があちらこちらに生まれ、
日仏交流の和やかが公邸いっぱいに広がります。
この祝賀会は、12月23日に天皇陛下が84歳のお誕生日をお迎えになることをお祝いするものであると、ご挨拶が始まりました。そのとたん、レセプション会場に感嘆のため息があがりました。

その後、来年パリで開催される「ジャポニズム 2018」への熱意、東京オリンピックの後はパリが開催地になるので、そのバトンタッチがあること、様々な方面に見られる日仏の絆の強さなど、木寺大使のご挨拶が続き、最後に天皇陛下のご健康と長寿を願って日本酒で乾杯。

赤、白のテーブルクロスの上にお寿司。
一番の人気者です。
お寿司のお隣に柔らかいお肉料理。

香川県ご自慢のさぬきうどん。
初めて味わうフランス人が、おいしいとおかわり。
種類豊富な日本酒。
やはり和食に欠かせない日本酒のおいしさを再確認。
初めていただいたカンテンのデザート。
プリンのように柔らかく、甘みをおさえているのが好評。
今年も種類豊富な和食のビュッフェを存分に楽しみ、久しぶりに会う友人や知人とおしゃべりにも、きれいな花が咲きました。
笹川日仏財団理事長の冨永さん夫妻と、旧知の本野さん。