2024年1月6日

マリー・アントワネット自叙伝 16

デュ・バリー夫人を無視することに


宮廷で強い権力を持っているデュ・バリー夫人に対抗する、もっとも簡単で、もっとも効果があるのは、彼女を無視すること。これは、叔母さまたちがくり返し私に教えたことです。

ヴェルサイユ宮殿3階のデュ・バリー夫人の居室は、
いくつもの部屋が連なっていて、
シンプルでありながら、優美な家具調度品が置かれていました。

デュ・バリー夫人が特に気に入っていた家具。
セーヴル焼きのコレクションも豊富でした。

宮廷には様々な決まりがあって、その重要なひとつは身分制度を重んじて守ること。ヴェルサイユ宮殿を建築させ、中央集権化に成功し、絶対王政を築いたルイ14世が厳しい制度をあれこれ決めたのです。国王の偉大さを示し、威厳を保つためのようですが、その数は信じられないくらい多く、慣れるのに何年もかかりそうだと思ったほどでした。


身分制度を重んじて守らなければならない中に、身分の低い人から身分の高い人に話しかけてはいけない、というのがあります。つまり、愛妾から皇太子妃に声をかけることはご法度なのです。これを生かせばいいというのが、叔母さまたちの意見。私がいつまでも話しかけないと、デュ・バリー夫人は悔しがるだけでなく、精神的な打撃を受けたり、苦しむかもしれない。これこそ最良の方法、と叔母さまたちは声高らかに言うのです。


うぶな私はすぐにそれに乗って、面白がって実行したのです。あちらがお連れつきで近寄ってくるたびに、こちらはそれ以上のお連れつきで素早く遠ざかる。重要なことは、周囲の人に、はっきりわかるように遠ざかること、とまたまた叔母またちが助言。多くの宮廷人が見ている前で、恥をかかせるためなのです。


何だかゲームをしているようで、結構楽しかったのです。心を浮かせながらそれを何度か繰り返していると、メルシー大使が私に内緒でお母さまに詳しく報告したのです。まあ、何てこと、と当然お母さまからお小言の手紙が届きます。それでも、叔母さまたちの満足げな笑顔がうれしかったので、デュ・バリー夫人いじめゲームを続けていました。

ルイ15世の愛を独り占めしていたデュ・バリー夫人。


けれどもある日、国王が私の女官長、マダム・エティケットを呼び出して、皇太子妃の態度に問題があるようなので、女官長としてちょっと注意を、とやんわりおっしゃったのです。「皇太子妃がこれ以上、デュ・バリー伯爵夫人いじめないように」

などとは大国の国王ですから言わずに、何となくほのめかせたのは、さすがです。


そうしたことがあっても、宮廷中がどうなるかと、興味津々で見ている女の戦いを止める気は毛頭ありませんでした。


当然、デュ・バリー夫人は国王に泣きついて、もうこれ以上我慢できませんと言ったのでしょう、今度はメルシー大使に出頭命令が出たのです。このように、事は私が思っていたより、はるかに複雑化していきました。