2024年4月1日

マリー・アントワネット自叙伝 24

 ローズ・ベルタンとレオナール

 シャルトル公爵夫人が紹介してくださったローズ・ベルタンは、飛びぬけたセンスを持っているデザイナーで、私がそれまで着ていたドレス全部が時代遅れに見えるほど、斬新な服作りに長けた女性でした。

フランスだけでなく、
ヨーロッパ全土に名を轟かせていた
ローズ・ベルタン。

パリの中心にあるベルタンのお洒落なブティック「オ・グラン・モゴル」は、1773年にオープンしたそうです。ということは、私がまだ皇太子妃だった時代です。「オ・グラン・モゴル」はイギリスやロシア、デンマーク、スペイン、ポルトガルの王侯貴族がオーダーしていたほどの大人気だったそうなのに、ヴェルサイユ宮殿の奥深くで暮らしていた私は、かわいそうに、そうしたことも知らないで、カビが生えた伝統をおしつけられていたのです。


ベルタンの才能を知った私は、もう夢中。宮殿の私室で、彼女が持参する新しい布地やデザイン画を前に、あれこれ語り合うのは最高の喜びになりました。金額は気になりませんでした。王妃の私はたくさんの予算があったし、万が一底をついたら、何でも許してくれる優しい夫が工面してくれるにちがいない。


すっかり大胆になった私は、フランス王妃にふさわしいたゴージャスなドレスに身を包みたくて、リボンやレースをたっぷりつけ、ボタンはダイヤモンド、時にはパールを施したドレスをベルタンにお願いしていました。彼女は「モード大臣」と呼ばれ、ブティックには「フランス王妃御用達」と華々しく書いて宣伝。以前にも増して世界の富豪から注文を受けるようになったのです。

リシュリュ―通りのベルタンのブティックは、大人気。
それ以前はパレ・ロワイヤル近くの
サントノレ通りにお店があったのです。

彼女のブティック「オ・グラン・モゴル」の外観。
当初はリシュリュー通り13番地にありましたが、その時は借家。
でも王妃のお抱えデザイナーとなって、利益が急上昇し、
同じ通りの26番地に引っ越します。1789年4月のことでした。

引っ越し先のリシュリュー通り26番地。
この建物の一部をベルタンが女が買い、持ち主とななったのです。
1階がブティックで2階が住まいでした。


フランスのエレガンスはこのようにして、外国に広まっていったのです。恐らくベルタンが、世界に最初に名を轟かせた最初のフランスデザイナーでしょう。


ベルタンはモードに長けていましたが、ヘアも結構お上手でした。でも、ヘアに関しては、それ以上に素晴らしい腕を持つのが、レオナール=アレクシ・オティエ。マジシャンのような手さばきと斬新なアイディアで、貴婦人たちの心を虜にしていたレオナールでした。


1751年に、フランス西南のガスコーニュで、三人兄弟の長男として生まれたレオナール=アレクシ・オティエは、最初ボルドーでヘアスタイリストとして働いていたそうです。でも、かなり高く評価されていたので、首都に出店することを思い立って、パリに本拠を移したのです。

ヘアデザイナー、
レオナール=アレクシ・オティエ。

レオナールが好んでいたのは、髪型を芸術作品のように、もっとわかりやすく言うと、彫刻のようにすることでした。それは今まで誰も思いつかなかったことで、アート性が高い独創的なレオナールのヘアスタイルは、またたく間にパリのお洒落な女性たちの心をつかんだのです。あまりにも人気があり自分ひとりでは手に負えないので、弟たちもパリに呼び寄せて手伝わせたそうです。


1769年にパリに来たレオナールは、当初、女優さんたちのヘアを引き受けていました。創造性豊かなヘアスタイルは直ぐに大評判になり、貴族夫人たちが騒ぎ始めたのです。ルイ15世の愛妾デュ・バリー夫人も同じでした。それだけでなく、私の侍女もレオナールに頼んでいました。そうなると当時皇太子妃だった私も、もはや無関心でいられない。宮廷に古くから仕えていたヘアスタイリストに義務で髪を結ってもらった後、秘かにレオナールをプライベートルームに呼んで、手を加えていただいたこともあります。


王妃になるのは何て素晴らしいこと。そうした気遣いはもはや必要ないのです。自分で選んだヘアスタイリストに、正々堂々と流行の髪型を頼めるのです。本当に素晴らしいこと。


レオナールは背の高いヘアスタイルが好きでしたが、それはボリュームあるドレスとのハーモニーを考えてのことだったのです。彼がクリエイトするヘアスタイルは、ヴェルサイユ宮殿にさらなる煌めきを与えていました。貴族夫人たちもこぞってゴージャスなヘアだったのですから、いかに華々しかったかおわかりいただけるでしょう。大変だったのは馬車に乗るとき。せっかくのヘアスタイルを壊さないように、体を折るようにしなければなりませんでした。場合によっては馬車の中の椅子に腰かけずに、床にひざまずかなければならなかった貴族夫人がいたほど。

レオナールはヴォリュームがあるヘアスタイルを好んでいました。


大正装のときは、ひときわ華やかでした。ドレスの華麗さと一致させるために、ダイヤモンドやフェザー、パール、リボンなどが必要でした。まるでドレスの続きのようなヘアスタイルだったのです。オリジナリティあふれる髪型がすっかり気に入り、ルイ14世時代以来、ヨーロッパ諸国から憧れの目で注目された大国フランスの王妃らしい、と私は自信にあふれていました。

レオナールによって
王妃にふさわしいヘアスタイルになり、大満足でした。
まるで彫刻のようなヘアスタイル。


夫はときにはびっくりしたように、目を大きく開いて私の髪型を見ていましたが、ただそれだけ。妻の好みに口を挟むような人ではないのです。

ベルタンとレオナールはこの「黄金の間」に来てもらっていました。
この部屋はプライベート・ルームのひとつで、
ごく限られた人だけ入れたのです。