2017年6月13日

マクロンの革命

エマニュエル・マクロンが起こした政治改革に大きく揺れ動いているフランス。

総選挙一回目の投票の結果、長年議員を務めていた経験豊富で著名な政治家が、どんどん落選している。 議員の仕事を失ったからには、他の職を見つけなければならないと必死。弁護士の資格があるからその仕事を始めるとか、ITの会社に勤めるとか、大手の企業に入るとか様々。テレビの解説者によると、約半年は月々5000ユーロくらい保障があるけれど、それも徐々に減るそう。

マクロンの著書「革命」
2016年上梓。
従来の政治家による政治から脱出し、幅広く市民社会からも議員を選び、新しい政治のもとに新しい国を築こうとのマクロンの呼びかけに、フランス国民がいかに大きな期待と希望を抱いているかが明確に現れたのが、今回の選挙。

マクロンが呼びかけ実行しているのは、本人が語っているように革命。
王政を倒し共和国にするために、世界にさきがけて革命を起こしたのはフランスだった。それはその後、他国に大きな影響を及ぼしました。

1968年の「5月革命」のポスターの一枚。
1968年に学生たちを中心に5月革命を起こし、保守的な教育制度の改革を叫び、労働者も参加してゼネストになり、ドイツや日本にも影響を与えたのもフランスだった。

この国会議事堂に
マクロンの「共和国前進」議員が何人入るか、
世界の注目を集めています。
そして今、マクロンにより新しい革命が進められている。
「世界の見本となるような団結した強いフランスにしたい」
大統領に選出された際の彼の言葉は、実現に向かっているようです。

こうしたいくつかの改革をみると、フランスが影響力が強い国のように思えます。

パリの犬たち 131

暑いし疲れたし・・・
「もう歩くのイヤッ、ぜったいにイヤッ」
そう言ってパパに抱っこをせがんだら、
「大きいのにみっともないよ。皆、笑っているよ」
だって。
大きくても疲れるときは疲れるし、
甘えたいときは甘えたいのだワン。

2017年6月12日

マクロン旋風 フランス総選挙

6月11日、577人の下院議員選出の一回目の投票が行われ、マクロン大統領の「共和国前進」が圧倒的多数の票を獲得。

予想をはるかに上回る400席を超える議席を獲得するようで、今、フランスにはマクロン旋風が巻き起こっています。

もっとも一週間後に二回目の投票があり、変化が起きる可能性はあるけれど、一党でこれほどの票を集めるのは画期的なこと。
いかにマクロンの人気が高いか分かります。きっと他国の首脳はうらやましがっていることでしょう。

また来週まで選挙活動が盛んだから、私も追っかけに忙しい。

2017年6月11日

メトロの駅名は語る 45

Alésia
アレジア(4号線)

激戦地アレジアで、
ローマのシーザーに降伏する
ガリアの長ウェルキンゲトクリス(左)
紀元前のローマ人と、フランス人先祖ガリア人(ゴール人)の激戦地が駅名になっています。
ブルゴーニュ地方にある古代都市アレジアで、ガリア征服を志すシーザー率いるローマ軍と、ガリア人の長ウェルキンゲトクリスの間で激しい戦いが繰り広げられ、ローマ軍が大勝利を得ます。

18世紀に発行した、シーザーが書いた「ガリア戦記」。
これによってフランスはローマの支配下に置かれます。紀元前52年のこと。現在この地域は、アリーズ・サント・レーヌと呼ばれています。
シーザーが「ガリア戦記」 を自ら書いたために、この戦いの様子が後世に伝わりました。

以前のアレジア、
現在のアリーズ・サント・レーヌにある
ウェルキンゲトクリス像。


ウェルキンゲトクリスはフランス最初の英雄と称えられています。
というのは、戦いの敗北が見えてきた際に、彼は部下たちの身の安全と引き換えに、自ら進んで捕虜になり救ったからです。ガリア統一を果たしたのもウェルキンゲトクリスです。

1908年に激戦地の発掘が行われました。
ローマに連行されたウェルキンゲトクリスは、6年間の投獄後に処刑されます。
美貌、勇気、優れた戦略を持つ彼が、シーザーの侵略から ガリアを救うために戦ったのは、若干20歳のとき。

ルーヴル美術館にあるシーザー像。
シーザーはこの若く有能なガリアの指導者に、異常なほどの恐れを抱いていたために、処刑させたという説があります。
他の罪人を許していたシーザーでしたが、ウェルキンゲトクリスは別。
それほど彼の威力はおおきかったのです。

独裁者になったシーザーは暗殺されます。
紀元前44年、反対派の手にかかるシーザー。
アレジアの勝利から8年後のことでした。
 ウェルキンゲトクリスが脱出したり、、あるいは彼を敬愛する人が結束して反乱を起こすかもしれなかったから、いたしかたないです。でもやはり残念。英雄には長生きして欲しい。
 

2017年6月8日

守りネコ

いつからか、アパルトマンの管理人室に姿を見せるようになったアーノルド君。

理知的な顔と気品ある姿のアーノルド君。
ある住民の愛猫だけど、建物の中のお散歩が大好きで、管理人室に着いたときに、
「ここはボクの理想の場所」
とすっかり気に入り、毎日のように飼い主におねだりして一緒に来るらしい。

管理人室の入り口で、
入ってくる人をチェック。
真面目にお仕事です。
アパルトマンに入ってくる人を一人ひとり厳しい表情でチェック。
慣れると自分からすりよってきて、とってもかわいい。
気品がある顔、ふさふさの毛並み。
最近ではアーノルド君に会うのが大きな楽しみ。

2017年6月6日

メトロの駅名は語る 44

Denfert-Rochereau
ダンフェール=ロシュロー(4,6号線)

この駅は19世紀の軍人で英雄のピエール・フィリップ・ダンフェール=ロシュローにちなんだもの。

偉大な軍人、ダンフェ-ル=ロシュロー
クリミア戦争で活躍し、アリジェリアに駐屯していた時代もありますが、彼の名を不朽のものとしたのは、1870から1871年にかけて103日アルザスのベルフォールでドイツ支配に勇敢抵抗を示したときでしたそのとき彼は大佐でした。

ベルフォールのライオン像。バルトルディ作。
この地域の多くの都市がドイツに合併されましたが、ベルフォールのみフランスに残り、それを称えるライオン像が造られます。城壁の足元にぴったりくっついたライオン像は長さ22メートル、高さ11メートルの巨大なもの。敵から街を守るような雄々しい姿です。

ヴォージュ地方特産の赤い砂岩でこのライオン像を創作したのは、オーギュスト・バルトルディー。フランスがアメリカに寄贈した自由の女神像の作者でもあります。

パリのダンフェール・ロシュロー広場。20世紀初期。
ベルフォールのライオン像のレプリカが中央で威厳を放っています。
パリのメトロ駅前のダンフェール=ロシュロー広場には、このライオン像のレプリカが置かれています。
オルリー空港へのバス発着場やRERの駅もあるので、旅行客にはお馴染み

18世紀末にカタコンブができたときには、
貴族たちが夫人を伴って見学したそう。
その後一般に公開。
カタコンブを興味深く見る人々。1860年。


カタコンブもあり、外国からのツーリストが列を作っているのを見かけますが、私はどうもこうした場は苦手。18世紀末にパリ市内から墓地をなくすために、いくつもあった墓地から遺骨をカタコンブに集め 、600万も納められていると知っただけで震え上がり、訪問したことはありません。   

2017年6月4日

おしゃれなジャルダン(庭)展

チュイルリー公園(本来は庭園という意味)で開催される、恒例のジャルダン展。
今年はいろいろあって最終日に行ってきました。

彫刻のような展示方法が独創的。
パリっ子は自然が好きで、こうした催しにまめに行きますが、案の定、いいお天気に恵まれたこともあり、それに荷物検査が厳しいこともあり、入り口に長い行列。

最近は壁を緑で飾るのが流行しています。
いろいろ趣向を凝らした展示が豊富で、見てまわるのが忙しい。

早速ブランコを試しました。すごく乗り心地がいい。
お昼寝に最適。
植物はもちろん、お庭に置く椅子、ベンチ、テーブル、テント、ブランコまであり、童心にかえって全部試してみるので時間があっという間に経ってしまう。

存在感を振りまく立派なニワトリがいてびっくり。
お住まいも立派です。
驚いたことには、ニワトリ小屋まである。小屋にはさっぱり興味がなかったけれど、そこで我がもの顔でいばっている、見たこともないほど立派なニワトリがすっかり気に入り、話しかけたり、写真を撮ったり。

街の真ん中で平和で幸せなときを過ごせる環境は、
人生に余裕を与えてくれます。
随所に可愛らしいカフェやレストランもあり、そこで緑に囲まれて、太陽を浴びながらゆったりと時を過ごしている人々の姿を見るのは心地よくて、私にも幸せが伝わってきます。

人の優れた才知の息吹が感じられる造園。
やはり自然はいい。
これを守るためにもトランプさん、ぜひ考えを変えてくださいね。