ベルナデット・スビルー |
けれども、風が吹いたような気配はまったくない。川のほとりに立っているポプラの葉もびくともしていない。
そこは、ベルナデットが行ったことがない場所でした。岩場が多く、そこまで薪を拾いに行く人もほとんどいない場所でした。
谷川の反対側には、ひときわ大きな岩があり、その一部は洞窟になっていて、川に向かったところには、楕円形のくぼみがありました。
その洞窟は自然に造られたもので、人々はそれをマサビエルの洞窟と呼んでいました。
風が吹いたみたいだけれど、きっと私の勘違いだったのだわ。そう思いながらベルナデットは、身をかがめて両手を靴に近づけ脱ごうとした瞬間に、彼女はまた風の気配を感じたのです。
驚いたベルナデットは、またあたりを見回しました。空は先ほどと同じように灰色だったし、ところどころに浮かんでいる雲も先ほどと同じ場所にいる。
でも何となく変だわ。ベルナデットは自分の近くで何かが起きているのを直感的に感じました。いったいなんだろう。
ベルナデットは靴に手をあてたまま、大きな瞳を不思議そうに動かしました。
瞳は空に向かい、雲に、ポプラに、谷川に、その反対側に向かいました。そしてそこにある岩の洞窟に届きました。
ベルナデットが家族と住んで いた家。以前は牢屋だった。 |
大きな瞳は、洞窟の一部にある楕円形のくぼみで釘付けになりました。なにかがある、なにかがある。なんだかモヤモヤしたようなものが。
ベルナデットは目をしっかりと開けて見つめました。
すると、くぼみの中のモヤモヤとしたものが、だんだんと明るさをおびてきたのです。そして見る見るうちに、まぶしいほどの輝きのある光りになったのです。
光りは、洞窟からはみ出るほど豊かでした。光りには、冬の寒さを忘れさせるようなやさしさがあるようでした。
その光りの美しさに打たれたベルナデットは、声を失い、だだ呆然と見入るばかり。
そのうち光りの中に「何か」が浮かんできたのです。驚いたベルナデットは目をこすり、再び洞窟に視線を移しました。光りは、先ほどと同じようにそこにありました。光りの中の「何か」も」同じようにそこにありました。
次の瞬間ベルナデットは、そこに、人の姿があるのをしっかりと捕らえたのでした。
つづく