2017年1月4日

メトロの駅名は語る 19

Saint Lazare
サン・ラザール (3,12,13,14号線)

メトロだけでなく郊外線の発着駅でもあるサン・ラザルは、いつも活気にあふれています。近年、駅前のホテルが高級なヒルトンになり注目の的。駅名は横手を通っている道路名に合わせています。

1837年に誕生した最初の駅。当時は木造でした。
サン・ラザの歴史は長く、メトロ開設の半世紀以上も前の1837年に、パリと西側郊外をつなぐ列車のために駅が建築されたのです。

1867年、最新技術を導入して建築した
パリが世界に誇るサン・ラザール駅。
利用者が多くなる一方で、木造の駅は数回造りかえられます。1867年にパリ万国博覧会が開催された際に、四つ目の駅がオープン。
そのセレモニーにはフランス皇帝ナポレオン三世だけでなく、万博を訪れていたロシア皇帝アレクサンドル二世、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ一世も出席。

この年の万国博覧会に日本が始めて参加し、羽織袴姿で代表が出席しパリの人々の興味を掻き立てたのです。
その後も拡大され、現在見られる駅になったのは19世紀末でした。

クロード・モネ、1877年作。
「サン・ラザール駅」はモネの最初の連作で、7枚手がけています。
蒸気機関車から放たれる煙があまりにも詩的で、
たくさんの物語が浮かんできそう。
サン・ラザ駅はクロード・モネが絵に描き、一躍名を広めました。
ガラスと鉄骨を使用したこの駅は、フランスの産業革命の象徴的な存在でした。
駅を描くためにモネはこの近くに住み、特別許可をとって線路内に入り、創作にはげんだそうです。

実用的な駅が、詩情あふれる芸術作品として多くの人に感動を与えるのは、セザンヌが表現したように、モネ独自の観察力のおかげでしょうか。
「モネは目に過ぎない。しかし何という目だろう!」 ・・・セザンヌ。

2017年1月2日

パリの犬たち 109

パパ、もしかして迷子に・・・
さっきからずっとママンと待っているのに
ちっともパパがもどってこない。
すごい方向オンチだからシンパイ。
こっちから来るのかな~


もしかしたら
こっちから来るのかも。
ほんとうにシンパイなんだよ、ボク。
今年はちょっと進歩してほしいワン。

2017年1月1日

新年おめでとうございます



新しい年が始まりました。
おめでとうございます。

皆様にとって、2017年が幸せに満ちたいい年でありますよう、心から願っております。

フランスのお正月は日本のような華やぎはありません。晴れ着で神社に行くこともないし、特別なお料理もありません。
ただ、年の始めにガレット・デ・ロワと呼ばれるお菓子をいただくのが、フランスの伝統です。

1月1日はさすがに会社やお店は休みですが、
2日からバッチリお仕事。フランス人は結構働き者なのです。

今年の冬はとても寒いです。
でも、この寒さが、昨年の様々な出来事を一掃して、新たな年にふさわしい、新鮮な空気を国全体に放っているようで、私は大歓迎。

今年も本、ブログ、雑誌などでいろいろな事をお伝えしたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

2016年12月28日

メトロの駅名は語る 18

Malesherbes
マルゼルブ (3号線)

マドレーヌ教会から北西に延びているマルゼルブ大通りにちなんで命名された駅。
マルゼルブはルイ16世の革命裁判の弁護士です。
高貴な精神の持ち主だった弁護士マルゼルブ。
革命で悲劇の最期をむかえます。
彼の名がついている大通りは、国王が処刑後葬られた、当時のマドレーヌ墓地、現在のルイ16世広場近くを通っています。まるで今でも国王を守っているかのように。

タンプル塔内のルイ16世とマルゼルブ。
祖父はルイ14世に、父はルイ15世につかえた名門貴族の家系に生まれたマルゼルブは、政治家であり、法の人であり、植物学者であり、文人でもありました。
スイスのローザンヌで暮らしていましたが、革命が起き、1792年、国王ルイ16世が裁判にかけられることを知ると、いてもたってもいられなくなり、自ら弁護したいと国民公会に手紙を書き、危険極まりないフランスに戻ります。

裁判を受けるルイ16世。
右側に立っているのが国王。
国王の裁判は1792年12月に始まります。裁判中、家族に会うことも拒否されたルイ16世を何とか救いたいと、 マルゼルブは最大の努力をします。けれども、過激な革命家の前では、なすすべはありませんでした。

翌1793年1月20日、ルイ16世は死刑の判決を受けます。この残酷な裁判の結果を、タンプル塔で待っていた国王に告げるつらい役目を、ガラ法務大臣、エベール代理官と共にマルゼルブは果たします。彼はどこまでも気高い精神の持ち主でした。

最後まで国王に忠実だったマルゼルブ。
自分の弁護をするのがいかに危険であるか知っていたルイ16世は、 マルゼルブに留まるよう忠告しますが、祖父や父が仕えてきた尊い国王の血をひく高潔な人を、見殺しに出来なかったのです。

王が懸念した通り、亡命貴族と通じていたという嫌疑がかけられ、1794年、マルゼルブは72歳で処刑されます。彼だけでなく、長女夫妻と孫まで犠牲になり、しかもその処刑を見ることをマルゼルブが強いられたのは、革命といえどもあまりにも残虐でした。
アンリ2世の娘
ディアンヌ・ド・フランスのために
パリのマレ地区に建築された館。
ルネッサンス様式のこの館を、
マルゼルブの父が購入し、
ルイ16世の弁護をしたマルゼルブが
そこで生まれました。

代々国王に仕えた名門貴族マルゼルブの生家は今でも健在です。
フランス国王アンリ2世の娘、ディアンヌ・ド・フランスのために建築されたルネッサンス様式の美しい建造物で、現在はパリ市歴史図書館となっています。
私も本を書くための資料を求めて、ときどき足を運びます。
ディアンヌが住み、マルゼルブが生まれ育ったと思うと感慨に打たれます。

2016年12月24日

いよいよクリスマス

メルヘンの世界に浸って、
楽しいクリスマスをお過ごしください!
幸せの花が地球の隅々まで届きますように。

2016年12月23日

パリの犬たち 108

キケンなことはしたくない
エッ、こんなにたくさん車が走っている道路をわたるの?
こわ~い

ボクはぜったいにイヤッ!!
ここで待っているから、どうぞひとりでわたって。

2016年12月21日

久しぶりにKEIでディナー

12月もクリスマスが近づくにしたがって忙しくなる。
何がそれほど忙しいかというと、友人たちとのお食事が続くから。クリスマスのヴァカンスでバラバラになって、しばらく会えないからということなのです。

「おいしいレストランでヴァカンス前の食事を楽しもうよ。チョイスはまかせる」
と長年の友人にいわれたので、彼らにとってはじめてのKEIに予約。
評判のKEIならではのアーティスティックなおつまみ。
このときから、もう、幸せいっぱい。
昼間はそれぞれ仕事があるから、お食事はじっくり時間がとれる夜に集中。
会話を交わしながらだから終わるのは真夜中近い。
だから、翌日がけっこう大変。

雪景色の中の庭園のような、
詩情あふれる一品。
日本人シェフ圭さんの感性がすばらしい。

ところがフランス人はどんなに遅く寝ても、翌朝キチンと仕事をする。
これは本当に立派。いつも関心します。
統計によるとフランス人ひとりあたりの生産性は非常に高いそう。つまり集中して効率よく働くのです。 一年に何度もヴァカンスをとり、レストランでおいしいお料理をいただき、会話の花を咲かせ、楽しむだけ楽しんで、それが終わったら仕事に励む。

残念ながら、ちょっとピンボケ。
鳩の味噌ラッカー仕上げ。
楽しい食事も、心身のリニューアルに必要なのです。
日常はたいした物を食べないフランス人だけと、時折、おしゃれなレストランで上等なお料理を楽しむ。それが明日への活力を与えてくれるのです。

友情が長続きしている仲良し。
ふたりとも世界中をかけているアーティスト。
私はどうもアーティストと波長が合っているようです。
KEIは私のお気に入りのレストランのひとつだけど、ここでのディナーは久しぶり。
お料理も食器も変わっていて新鮮で大感激。これほどのレストランだから、もちろん満席。

お味もサーヴィスも最高。友人ふたりはアーティストで、 かなりうるさ型。でもKEIがすっかり気に入って、今度外国から友人がパリに来たらぜひここに案内しよう、ですって。
そこまで気に入って、しかも挨拶にあらわれたシェフにも「すばらしい」を連発。紹介した甲斐があります。

それにしても圭さんはちっとも年をとらず、いつまでも青年といった感じ。次回はどんなアイディアのお料理か、今から楽しみ。 でも行くのは来年ね。