2017年6月3日

パリの犬たち 130

せっかくレストランに来たのに・・・・
「レストランに行くのよ」
ママンが嬉しそうに言うから大喜びでついていったのに・・・・

よく見てちょうだい。
ボクのお皿に入っているのは、ただのお水。
しかも、ミネラルでもなんでもなくって、水道水。
ボクの嘆きがどれほど大きいかわかる?

2017年6月1日

ヴェルサイユ宮殿 ピョートル大帝展

ロシアの偉大なピョートル大帝。
ロシアのピョートル大帝がヴェルサイユのグラン・トリアノンに滞在したのは1717年。ルイ15世の時代でした。

ピョートル大帝の胸像。
レース飾りなどの繊細な細工が見事。
今年はその300年記念にあたるので、グラン・トリアノンで大規模なピョートル大帝展を開催。この企画発表がオリエント急行内で行われ、びっくりしたことは3月29日のブログでお知らせした通り。

皇帝が旅行中愛用していた服と靴。
休館日の夜、展覧会のヴェルニサージュがあるとのことで興味津々で出席。
本来は午後の予定だったのが急に変更になりました。なぜなら、最初予定になかったのですが、マクロン大統領がロシアのプーチン大統領をヴェルサイユ宮殿にご招待したため。

旅行用必需品の数々。
ということで、我々一般人のヴェルニサージュは夜。たそがれ時でライトアップもあり、かえってよかったかも。


ロシア皇帝に寄贈した
フランスが誇る18世紀のゴブラン織り。
鮮明な色彩は3世紀経ってもあせることなく、
燦然とした輝きを放っています。
ピョートル大帝は1717年に二回もフランスを訪問し、グラン・トリアノンには5月24日~26日、6月3日~11日まで滞在。当時のフランス国王ルイ15世はわずか7歳。先代の国王ルイ14世の甥、オルレアン公が摂政を行っていました。

煌びやかなシャンデリアも、ロシア皇帝に捧げる展覧会にふさわしい。
今回の展覧会では、ロシアのエルミタージュ美術館とフランスのヴェルサイユ宮殿の協力のもとに、約150点の貴重な品が公開されています。
ピョートル大帝の旅行用衣類、靴、必需品、そのほか絵画、ゴブラン織り、彫刻、地図など多彩。

グラン・トリアノンでの展覧会を観賞した後、カクテル。
ロシアのウォッカとフランスのワインで
両国の末永い友情に乾杯。
ピョートル大帝が人口都市サンクトペテルブルクを築いたのは1703年で、31歳のとき。
ロシアの近代化を図ることに情熱を捧げ、そのためにヨーロッパ各地を訪問。建築、科学、軍事などの多くを学んだ皇帝。ピョートル一世が本来の名ですが、数々の偉業をなしたためにピョートル大帝と呼ばれています。それに皇帝は2メートルを超える大男だった意味もあるそう。

フランス人の知人のお嬢さまが
あまりにもチャーミングなので2ショット。
グラン・トリアノンの中も社交で大賑わい。
ピョートル大帝が滞在したヴェルサイユ宮殿にプーチン大統領を迎え、ランチも共にし、シリアやウクライナ問題に関する話し合いもし、記者会見も行ったマクロン大統領。
アメリカのトランプ大統領の高圧的な握手の先手を打ったり、プーチン大統領に勇気ある率直な発言をしたりしたマクロン大統領。二大国首脳を前に自信を持って落ちついた態度を見せる彼は、稀に見る政界の神童。フランスに明るい未来があるように思えます。

フランスとロシアの国旗がひるがえるグラン・トリアノン。
たそがれ時にはひときわの美しさがあります。
ヴェルサイユ宮殿を始めての出会いの場に選んだのは、マクロン大統領にしてみればフランスの歴史、栄華、威勢を改めてプーチン大統領に示すことであり、ロシア大統領にとってもヴェルサイユ宮殿に迎えられることは、それだけリスペクトされている証拠。
マクロン大統領の一挙一動が連日詳しく報道され、世界の注目を集めています。
 

ピョートル大帝展
ヴェルサイユ、グラン・トリアノン
2017年9月24日まで。

2017年5月30日

メトロの駅名は語る 43

Raspail
ラスパイユ(4,6号線)

フランソワ=ヴァンサン・ラスパイユ。
19世紀の化学者であり政治家で医師だったフランソワ=ヴァンサン・ラスパイユの名を冠したこの駅は、かの有名な「カルティエ現代美術財団」の近くなので、催し物があるたびに、特に若者たちで賑わいます。

ラスパイユの名はどちらかというと、ラスパイユ大通りとして親しまれています。
パリ在住の多くの日本人が愛用しているビオ(オーガニック)のマルシェが毎週日曜日に開かれ、一般の人だけでなく、レストラン経営者の顔もちらほら。
ビオの野菜、果物、肉、魚、パン、蜂蜜などの食料品の他、化粧品、シャンプー、石鹸もある。
パリジャンはビオに凝っている人が多く、ビオのレストランも急に増えています。私もビオばかり。

1900年代初期のリュテシア・ホテル
この大通りとセーヴル通りが交差するあたりには、今、リニューアル工事中のリュテシア・ホテルもあります。アール・ヌーヴォーのホテル内にアール・デコのバーを実現したこのホテルは、ボン・マルシェ・デパートの顧客のために、デパートオーナーが建築させたホテル。
第二次世界大戦の時にはドイツに没収され、終戦後には強制収容所に送られていた人々の宿泊所になったこともありました。

ホテル名「リュテシア」は、
パリがローマの支配下だった時代の町名ルテティア(ラテン語)が起源。
4世紀に主にシテ島に暮らすパリシイ族から町名を「パリ」と改名。
リュテシアは昔のパリの名なのです。
現在、日本でも活躍し名が知られているジャン=ミッシェル・ヴィルモットにより改築中。かつての良き部分をそのまま残し、そこに現代の息吹を吹き込むとのことで、完成が楽しみ。ここのアール・デコのバーは大好きだし、魚介類がご自慢のレストランも美味でお勧め。

完成は2017~2018年だそう。
いつも工事が長引くフランス。2年遅れなどということも多いパリ。
気長に待ちましょうね。    

2017年5月27日

パリの犬たち 129

眠い、ねむい、ネムイ
パパがいない間、ボクがあきないよう、
いろいろなものを置いてくれたけれど、
すごくねむくなってきた。

ああ、もうダメ。
睡魔におそわれた。
ダメだ、ダメ、ダ・・・・こっくり、こっく・・・り、

2017年5月24日

メトロの駅名は語る 42

Vavin 
ヴァヴァン(4号線)

ラスパイユ通りとモンパルナス大通りが交差する地にあるこの駅は、18世紀の政治家であり公証人のアレク・ヴァヴァンに由来しています。

大金持ちの政治家、アレクシ・ヴァヴァン。
フランスでもほとんど知られていない政治家ですが、セーヌ左岸のリュクサンブルク公園、ソルボンヌ界隈に広大な領地を持っていた人です。
1839年、47歳のときに議員になり、その後数回立候補を繰りかえし、そのたびに選出されています。ヴァヴァンの名はメトロだけでなく、彼の領地があったリュクサンブルク公園近くの道路にも残っています。
「ラ・ロトンド」での若き日のピカソ(右端)。1916年35歳のとき。
左はポーランド出身の画家キスリング、
中央はフランス女優パクレット。
駅前にはふたつのブラスリー、ラ・ロトンドとル・ドームがあり、著名人が足蹴しく通っています。

新しくフランス大統領に選ばれたエマニュエル・マクロンが、決勝戦に進むことが決定した夜、そこで友人や一部の支持者と集ってお祝いしたと話題になったのはラ・ロトンド。 
昼間も夜もにぎわっているラ・ロトンド。
お肉料理がおすすめです。
1903年に創業し、ピカソやモジリアニも愛用していたラ・ロトンドは文芸人好みで、マクロンとブリジットも常連でしたが、大統領任期中はここで自由を満喫するのは難しいでしょう。

ル・ドームは私も愛用しています。
魚介類が特においしい。
ル・ドームは1898年にオープンし、特にアメリカ人の文学者に愛され、
へミングウエイが作品の中に書いているし、サルトルやボーヴォワールも著書に登場させています。

どちらもお料理がおいしいし、サーヴィスも気持ちいい。 
近くのおなじみレストランTOYOに行く前に、ここでアペリティフをいただくこともあります。
よき時代のパリが今で残っている好きな地域です。 

2017年5月21日

ナポレオン史学会主催、おもしろく、ためになる講演

私が会員になっているフランス・ナポレオン史学会は、ナポレオンにちなむ地を訪問するツアーをオーガナイズするほか、専門家を招いて講演も主催していて、とても勉強になります。

今年から新しい試みとして、ティー タイムに講演を楽しみましうという企画が生まれ出席しました。
会員ばかりが集まるから親しみやすい雰囲気で居心地がいい。歴史が好きな人ばかり集まるから、話もあって楽しい。

講演会が行われた、
歴史あるブラスリー「ギャロパン」。
今回の開催場所はブラスリー「ギャロパン」。旧証券取引所の裏にあり、1876年創業の老舗。
キューバ産のマホガニーにおおわれた壁、1900年のステンドグラスがはめられた窓と天井。
シックなパリらしいブラスリーです。

歴史の大家、ゴンザッグ・サン・ブリ。
レオナルド・ダ・ヴィンチが暮らし生涯を閉じた
ロワール河畔のクロ・リュセ城のオーナー。
今回の講演者は,歴史の大家で50冊もの著書がある著名人ゴンザッグ・サン・ブリ。
外交官で伯爵の父の元で、ゴンザッグ・サン・ブリが英才教育を受けながら育ったのは、ロワール河のほとりの城下町アンボワーズのクロ・リュセ城。
彼の先祖が1855年から城主だったのです。

講演者所有のクロ・リュセ城。
ダ・ヴィンチが使用していた家具が残っていて、
ルネッサンスの偉大な人を身近に感じられる
貴重な城館です。
クロ・リュセ城は「ルネッサンスの父」と」呼ばれているフランソワ一世国王が、イタリアからレオナルド・ダ・ヴィンチを招き住まわせ、ダ・ヴィンチが生涯を閉じた歴史上大変重要なお城です。現在は一般に公開されていますが、城主はサン・ブリ伯爵家です。

素晴らしい内容と話し方。
講演はこうあるべきかとお勉強になりました。
こうした環境に育った人だけあって、著書も講演も歴史物がほとんど。
今回のテーマは新しい大統領が誕生したばかりなので、大統領官邸のエリゼ宮にまつわるお話。とくにそこに暮らした女性たちの逸話がほとんどで、一言も聞き逃さないように耳を傾けていました。
ルイ15世愛称ポンパドゥール夫人、ナポレオンの妹キャロリーヌ、ナポレオン3世の妃ウジェニーも登場。そのほか歴代の大統領夫人の裏話もたっぷり。

私が大好きなテーマであっという間に2時間経過。
次回はイギリス人の講演だそうで、今から楽しみ。

2017年5月19日

ブリジット・マクロン旋風

内閣発表も終え、 本格的に動き出したマクロン大統領。
選挙中の公約を実現し、男女同数で、しかも政治家と市民社会から同数の閣僚を選んで、今のところは評価されています。

今後は6月に控えた国民議会議員選挙で、マクロン派が過半数を超える議員を得られるかが注目の的。

おふたりへの興味は一向におさまることなく、 先週表紙になったばかりなのに、引き続き今週も「パリ・マッチ」誌の表紙を飾っているエマニュエル・マクロンとブリジット。

大統領就任式後、姿を見せていないブリジットが、どのようなファーストレディになるか、皆、胸をときめかして公式の場に出てくるのを待ち構えています。

彼女の両親が購入しマクロン一家の憩いの場になっている、ノルマンディー地方のトゥケの別荘まで観光スポットになっているそう。ブリジットにちなむ場所でさえこの騒ぎ。彼女の服装への関心はこの何倍も高い。

熟年のフランス女性の魅力、あり方を世界に轟かせる稀有なブリジット。私も魅了されています。公式行事に姿を現すのを、毎日待ち焦がれているほど。