王妃の牢屋の窓から見える、女囚たちが散歩する中庭。 王妃は一度もそこに行くことを許されませんでした |
狭い牢屋は二つに仕切られ、 片側に看守が24時間 控えていました。 |
その小柄な男性の顔を見た王妃は、思わず声をあげるところでした。それは一年前の6月20日、チュイルリー宮殿に暴徒たちが進入したときに、機敏に助けてくれたアレクサンドル・ゴンス・ド・ルージュヴィルだったのです。彼は忠実な王党派でした。
ハッとしているマリー・アントワネットに会釈したルージュヴィルは、ふたつのカーネーションを、秘かに王妃に目配せしながら落とします。
しばらくした後、彼がミショニと連れ立って牢屋から出て行くのを見届けると、王妃は急いでカーネーションを拾い上げます。ひとつのカーネーションの中には、小さくたたんだ紙が入っていて、「救出に必要な資金と人の用意があります」と書かれていました。もうひとつのカーネーションにはコンシエルジュリーの簡単な地図がありました。
王妃救出を試みた ルージュヴィル。 |
「私は見張られています。
誰にも話しません。
貴方にお任せします。参ります」
急いで紙切れに針で文字を綴った王妃は、それを看守のひとり、ジルベールに渡します。
ルージュヴィルは立ち去る前に「明日また来ます」と、マリー・アントワネットの耳元で秘かにささやいたのです。王妃は脱出に同意することを知らせようと、針で文字を刻み、それを翌日来るルージュヴィルに、ジルベールから渡してもらうと考えたのです。
当然そのとき彼女は、彼に報酬を約束したと思われます。
ミショニもすでにルージュヴィルに買収されていて、そのために彼を王妃の牢屋まで案内したのです。当時は買収が頻繫に行なわれていました。お金次第で味方にも敵にもなっていたのです。
王妃が最期の日まで使用していた水差し。 彼女が好きだった花々が描かれています。 |
その日、ルージュヴィルとミショニが予定通り迎えに来て、王妃は牢屋からこっそり出ます。薄暗い通路を通り、看守たちが控えている部屋の前を通り、後一歩で自由の世界に入れると思ったその瞬間、看守のひとりが裏切ったのです。
買収されていたにもかかわらず、恐怖を抱いたのか行く手をさえぎったのです。
ジルベールも恐れを抱いたのか、あるいは最初から裏切る積りでいたのか、王妃が針で綴った手紙を証拠として上司に提出します。
このようにして、最後のチャンスの脱出は失敗に終わってしまいます。
どこまでも王党派だったルージュヴィルは、ナポレオンの時代に敵の連合軍側につき、1814年にフランス軍に捕われ52歳で銃殺されます。