2024年6月17日

マリー・アントワネット自叙伝 31

ふたり目の王子誕生、そして信じがたいスキャンダル

 

国に世継ぎを授ける義務がある私に、2番目の王子が生まれて、心から安堵しました。1785年3月27日に私たち家族の仲間入りをした王子は、ルイ=シャルルと命名されノルマンディー公の称号を受けました。

生後まもないルイ=シャルル王子。

ルイ=シャルルは優しい性格の子で、兄の皇太子とも姉とも気が合い、仲良く、そうした姿を見るのは母としてとても嬉しいことでした。それに比べて大人たちは、何て醜い心を持っているのでしょう。実は、ルイ=シャルルを身ごもったのはあの方がフランスに戻り、頻繁にお会いしていた時期なので、王子の父親はルイ16世ではなく、フェルセンさまだと噂がたったのです。しかも夫の弟、プロヴァンス伯がそうした根も葉もない噂をまいた人物だったようで、それはそれはショックでした。ほんとうに心の底から意地悪な人。自分が王座に就く可能性がこれでますます遠ざかったので、とんでもない噂をばらまいたのに違いありません。

お花が好きで優しい5歳のルイ=シャルル。


幸いルイ=シャルルのあどけない顔を見るだけで、心が和みました。私に似てお花が好きな王子で、彼のためにプティ・トリアノン庭園の一角に、専用の小さな花壇を作ってあげると、そこに育つお花をつんで、私にプレゼントする愛らしい息子でした。ルイ=シャルルが生まれて喜びに浸っていたのに、突然、いまわしい事件が降りかかりました。

 

「王妃の劇場」と呼ばれていたプティ・トリアノンの庭園の一角にある劇場で、劇の練習をしている時でした。8月19日に上演する予定になっているその劇は『セビリアの理髪師』で、私はロジーナを、そして理髪師フィガロは、義理の弟アルトワ伯が演じることになっていました。アルトワ伯は年長の義理の弟プロヴァンス伯より性格がよく、人生を楽しむことが大好きなので気が合っていました。賭け事のお相手の一員にもなっていました。「王妃の劇場」には、私が大好きな淡いブルーと金箔が隅々までほどこされていて、優美そのものでした。演劇が大好きだった私は、その劇場で毎日のように練習に励んでいました。

プティ・トリアノンの庭園内にある劇場は、
いつからか「王妃の劇場」と呼ばれるようになりました。
奥に見えるのがその劇場で、子供たちとその界隈をよくお散歩しました。

そうしたある日、7月12日でしたが、思いがけない人が私に会いに来て、もう劇の練習どころではない出来事がその日から始まったのです。まるで自分は作り話の悲劇のヒロインになったように、現実からほど遠い出来事でした。

 

劇の練習に夢中になっていた私の元に来たのは、王家ご用達の宝石商べーマーで、ユダヤ系ドイツ人です。彼は私に大げさにうやうやしく挨拶した後、包みを渡しました。それは夫が私のために注文した宝飾品で、完成したので届けに来たのです。何もこの忙しい時に来なくてもいいのに、と一瞬うっとうしく思いましたが、礼儀上お礼の言葉をかけました。

ドイツ人宝石商のベーマー
       

べーマーはそのまま帰るのかと思ったら、今度は手紙を渡したのです。びっくりした私は、そこに書いてある文にさっと目を通しました。ちらっと見ただけですが、何やらわけがわからないことが書いてあったので、ベーマーに説明を求めようと手紙から目を上げると、すでに立ち去って姿が見えません。はっきりは覚えていませんが、手紙の内容は、


・・・・この度のご配慮に大変感謝しております。もっとも偉大で、もっとも素晴らしい王妃さまが身に付けてくださるダイヤモンドのジュエリーだと思うと、大変光栄に存じます・・・・


こういった内容だったように思います。意味がわからないお手紙なので薄気味悪く、すぐに暖炉の火の中に投げ込みました。8月3日に、ベーマーは女官カンパン夫人に会って、王妃にお手紙をお渡ししましたが、お返事がないのでと切り出たので、カンパン夫人は即座に王妃はお返事などお書きになりませんと言ったそうです。すると、それは困った、王妃がお買い上げになったジュエリーのお支払いがないと、経済的に窮地に追いやられてしまいます。何とかならないものでしょうかと繰り返したのです。

教養があり頭の回転が速いカンパン夫人

女官は私が宝飾品を最近頼んでいないことを知っていたので、王妃はジュエリーなど注文しておられないですよ、ときっぱり告げたのです。するとどうでしょう。でも、ロアン枢機卿が王妃にお会いになって、代理でお買い上げになる約束をし・・・とますますわけのわからないことを長々と話すので、陰謀ではないかと疑った女官が、私にベーマーが語ったことを告げたのです。


身に覚えのないことが起きているようなので、これはベーマー自身から真相を聞いた方がいいと思い、8月9日に彼を呼び出しました。そのとき私は知ったのです。奇想天外の話というか、とんでもない詐欺事件を。しかもその中心人物は私なのです。