2017年5月21日

ナポレオン史学会主催、おもしろく、ためになる講演

私が会員になっているフランス・ナポレオン史学会は、ナポレオンにちなむ地を訪問するツアーをオーガナイズするほか、専門家を招いて講演も主催していて、とても勉強になります。

今年から新しい試みとして、ティー タイムに講演を楽しみましうという企画が生まれ出席しました。
会員ばかりが集まるから親しみやすい雰囲気で居心地がいい。歴史が好きな人ばかり集まるから、話もあって楽しい。

講演会が行われた、
歴史あるブラスリー「ギャロパン」。
今回の開催場所はブラスリー「ギャロパン」。旧証券取引所の裏にあり、1876年創業の老舗。
キューバ産のマホガニーにおおわれた壁、1900年のステンドグラスがはめられた窓と天井。
シックなパリらしいブラスリーです。

歴史の大家、ゴンザッグ・サン・ブリ。
レオナルド・ダ・ヴィンチが暮らし生涯を閉じた
ロワール河畔のクロ・リュセ城のオーナー。
今回の講演者は,歴史の大家で50冊もの著書がある著名人ゴンザッグ・サン・ブリ。
外交官で伯爵の父の元で、ゴンザッグ・サン・ブリが英才教育を受けながら育ったのは、ロワール河のほとりの城下町アンボワーズのクロ・リュセ城。
彼の先祖が1855年から城主だったのです。

講演者所有のクロ・リュセ城。
ダ・ヴィンチが使用していた家具が残っていて、
ルネッサンスの偉大な人を身近に感じられる
貴重な城館です。
クロ・リュセ城は「ルネッサンスの父」と」呼ばれているフランソワ一世国王が、イタリアからレオナルド・ダ・ヴィンチを招き住まわせ、ダ・ヴィンチが生涯を閉じた歴史上大変重要なお城です。現在は一般に公開されていますが、城主はサン・ブリ伯爵家です。

素晴らしい内容と話し方。
講演はこうあるべきかとお勉強になりました。
こうした環境に育った人だけあって、著書も講演も歴史物がほとんど。
今回のテーマは新しい大統領が誕生したばかりなので、大統領官邸のエリゼ宮にまつわるお話。とくにそこに暮らした女性たちの逸話がほとんどで、一言も聞き逃さないように耳を傾けていました。
ルイ15世愛称ポンパドゥール夫人、ナポレオンの妹キャロリーヌ、ナポレオン3世の妃ウジェニーも登場。そのほか歴代の大統領夫人の裏話もたっぷり。

私が大好きなテーマであっという間に2時間経過。
次回はイギリス人の講演だそうで、今から楽しみ。

2017年5月19日

ブリジット・マクロン旋風

内閣発表も終え、 本格的に動き出したマクロン大統領。
選挙中の公約を実現し、男女同数で、しかも政治家と市民社会から同数の閣僚を選んで、今のところは評価されています。

今後は6月に控えた国民議会議員選挙で、マクロン派が過半数を超える議員を得られるかが注目の的。

おふたりへの興味は一向におさまることなく、 先週表紙になったばかりなのに、引き続き今週も「パリ・マッチ」誌の表紙を飾っているエマニュエル・マクロンとブリジット。

大統領就任式後、姿を見せていないブリジットが、どのようなファーストレディになるか、皆、胸をときめかして公式の場に出てくるのを待ち構えています。

彼女の両親が購入しマクロン一家の憩いの場になっている、ノルマンディー地方のトゥケの別荘まで観光スポットになっているそう。ブリジットにちなむ場所でさえこの騒ぎ。彼女の服装への関心はこの何倍も高い。

熟年のフランス女性の魅力、あり方を世界に轟かせる稀有なブリジット。私も魅了されています。公式行事に姿を現すのを、毎日待ち焦がれているほど。

2017年5月18日

メトロの駅名は語る 41

Saint Sulpice
サン・シュルピス

「ダ=ヴィンチ・コード」 で一躍有名になったサン・シュルピス教会。
その近くなので教会と同じ名を持つ駅。
この周囲には特有のアンビアンスがあります。

19世紀のサン・シュルピス教会。
現在と変らない光景です。

教会前広場の噴水には重厚な彫刻がほどこされ、そこに面した絶好の場所には、カフェやブランドブティックが並び、教会横手の細い道路にはハイセンスの小さいお店がいっぱい。気負いのないパリらしさがあります。

 サン・シュルピス教会はブルジュのシュルピス枢機卿に捧げる教会で、いつの時代に最初の建物が生まれたか記録は残っていません。

17世紀には親しみやすい小さな教会でした。

古くから祈りの場があったと思われる地に、ルイ13世の妃アンヌ・ドートリッシュが、サン・シュルピス教会建築のために石を置いたのは1646年。その後内戦で工事が中断されたり、土地の買収に時間がかかったり、建築家交代が数回あったり。一応1745年に完成しますが、それ以降も変更が続きます。

ドラクロワ作の天井画「悪魔を撃つ大天使ミカエル」

この教会のふたつの塔は建築された時期が異なるし、形も異なり、しかも南の塔は未完成という風変わりな教会です。

教会内で注目すべき作品はドラクロワによるフレスコ画と、19世紀の日時計のグノモン(指時計)、そしてフランスで3番目に大きい重厚なパイプオルガン。

歴史に名を残した人々の結婚式も行われました。
例えば、革命のときに民衆を扇動した弁護士カミーユ・デムーランとリュシル。
フランスが誇るロマン派の大作家であり詩人のヴィクトル・ユゴーとアデール。

左右対称でない二つの塔が結構個性的でいい。

2017年5月17日

イケメンとのディナー、楽しく、美味しく、幸せいっぱい。

大統領も決まってひと安心。
なので、TOYOでお祝い(何の?)

高田賢三さんと建築界の寵児、田根剛クン。
二人のイケメンとご一緒で幸福度満点。
とにかく、何だかんだと理由をつけてはシャンパンでカンパイしてお食事。
生きている喜びをしっかり実感できる貴重なひとときです。

色鮮やかでアーティスティック。
そら豆、かぶ、大根の葉、カラスミ。
珍しく茶巾。
今日は高田賢三さん、建築家の田根剛クンとご一緒。
田根剛クンはもうご存知のように、若手建築家のホープ中のホープ。
美術館、レストラン、住居・・・・多彩な活躍を世界中でしています。
気品と現代性が あって私は彼の建築が大好きです。
 実力があり、性格がよく、話もおもしろく会食にかかせない人。

ヘアスタイル変えて、ますます人気者になった
TOYOのシェフ中山クン。
お食事とおしゃべりが終わったころ、TOYOのシェフ中山クンも合流。
ますます事業に力を入れ、発展し続ける前途洋々の人。
3人の実力マンと一緒の最高の夜でした。
こういう日が毎月1回あるといい・・・・とお星さまにお願いしました。

2017年5月15日

エマニュエル・マクロン、大統領に就任

公私共に異彩を放つエマニュエル・マクロンが、5月14日、最年少のフランス大統領として正式に就任しました。第5共和政8代目の大統領で任期は5年間。テレビではこの重要で話題豊富な就任式の様子を、8時半から放送。いつもの通り見逃しませんでした。

9時55分、ブリジット夫人が7区の自宅をひとりで後にし、エリゼ宮に到着。スカイブルースーツにベージュのバッグとピンヒール。何となくドナルド・トランプ大統領就任式のときに着ていた、メラニア夫人の服に似ている。ただしブリジットのはフランスのメゾン、ルイ・ヴィトンのクリエーション。彼女のお気入りのメゾンだそうで、今後も様々な機会に斬新な装いを披露して楽しませてくれるでしょう。

エマニュエル・マクロンが10時を少し回ったころエリゼ宮に着き、ゆっくり歩を進め、フランソワ・オランドが入り口で迎える。握手を交わし、大統領執務室でふたりだけで国家機密などの重要な引継ぎを行い、11時7分、新旧の大統領が揃って姿を現す。その後、車でエリゼ宮を去るオランドをマクロンが見送り、その姿が見えなくなると入り口にブリジットが晴れやかな姿を見せ、手をつなぎながら中にはいる。

大統領就任の演説は「祭典の間」で行われました。ベルリオーズやバッハの演奏の後、分裂を解決し、一致団結し強いフランスを築き、世界の見本となる国にし、希望を国民にもたらせたい。そのために、最大の努力、最大の貢献をすることを宣言し、今夜から直ちに仕事に従事するという言葉で終えました。
冷静に、一言一言かみしめるように語るマクロンの決意が並々ならないものであることが伝わる演説でした。

2017年5月12日

エマニュエル・マクロン、政界の寵児

5月7日に、次期フランス大統領に選ばれた39歳のエマニュエル・マクロンに関する報道が連日続いていて、それを見逃がさないようにする私もチョー忙しい。

テレビでは彼を半年間追っていた特別番組を報道するし、夕方のメインニュースの大半も、彼のその日の行動に多くの時間を割いている。

新聞はもちろん、週刊誌も彼を表紙にしたのばかり。
ソフトで知性と気品を漂わせる彼は、いい印象を与えている。
服装もネクタイを含めて無地ばかりで、シック。
何よりも礼儀正しい正統なフランス語が心地よい。

ずっと気になっていた右手の薬指のリングは、彼が国立行政学院に通っていたときに、ブリジットがプレゼントした記念すべきものだと分かってひと安心。かの有名なカルティエの3連リングです。愛、忠誠、友情を表すこのリングを受け取った27歳のときから離さないでいたとは、ナンとロマンティックな人。これも特集で知ったこと。

でも多くの試練が 待っています。
14日、大統領職に正式に就き、首相を誰に決めたか発表したとき、マクロンへの評価がまた変るでしょう。

2017年5月11日

メトロの駅名は語る 40

Saint-Germain-des-Prés 
サン・ジェルマン・デ・プレ

初期のゴシック建築を取り入れたサン・ジェルマン・デ・プレ教会の界隈は、17世紀から知識人が好む場となり、後年にメトロ名になり、地域の名になり、文芸人のたまり場として栄えました。

1618年のサン・ジェルマン・デ・プレ大修道院。
サン・ジェルマン・デ・プレ教会の前身は大修道院で、その歴史は驚くほど古く558年に建築。当時の国王キルドベルト一世が聖人ヴァンサンの衣服を入手し、それに捧げるために王家の大修道院を建築させたのです。
パリ司教サン・ジェルマン。
パリ北郊外にある王家の墓サン・ドニ大教会が生まれる前は、この大修道院に王家の人々が埋葬され、キルドベルト一世もここに葬られました。
当時のパリ司教だったジェルマンが576年に世を去りそこに葬られ時に、修道院はサン・ジェルマン・デ・プレと命名されます。

革命で大修道院は破壊され付属教会のみ残り、それが現在見られるサン・ジェルマン・デ・プレ教会です。
1925年のサン・ジェルマン・デ・プレ界隈。
1880年になると、教会がすぐ近くに見える絶好の場所にブラスリー・リップが、1885年にはカフェ・ドゥ・マゴとカフェ・ドゥ・フロールが生まれ、時と共に著名な文学者や芸術家のたまり場となり、キラ星のような輝きを放つようになったのです。

バルザックのお墓の前に立つ、
サルトルとボーヴォワール。
哲学者のサルトルやボーヴォワールを中心として、実存主義について熱気に満ちた議論をたたかわせていたのもサン・ジェルマン・デ・プレ界隈でした。

サン・ジェルマン・デ・プレの女王だった
歌手で女優のジュリエット・グレコ。1972年。
黒髪のエキゾティックな容姿と独特の歌い方、知的会話で文芸人を魅了し、女王的存在だったジュリエット・グレコは今90才。 カフェ・ドゥ・マゴやカフェ・ドゥ・フロールの椅子に座って、サルトルやボーヴォワールを語り、グレコの歌を口ずさみながら当時を思い浮かべるのもパリらしくていいものです。