2015年11月11日

マリー・アントワネット 絵で辿る生涯 21

儀式だらけの苦手な公務から離れると、マリー・アントワネットは内殿にある私室で、好きなハープを奏でたり、細い声で優雅に歌をうたったりして時を過ごしていました。
真面目一方で、規則正しい生活を好む夫を置いて、夜、パリのオペラ座に出かけることもありました。当時のオペラ座は現在パリで見られるのではなく、別の場所の別のオペラ座で、今は存在していません。

スウェーデンの名門貴族
アクセル・フォン・フェルセン
1774年1月30日のこと。オペラ座の仮面舞踏会に、お気に入りの貴族夫人たちと出かけた王太子妃は、全身から気品を放っている貴公子を目に止め、声をかけます。
二人が周囲の人々の注目を引いたために、女官の機転でその場を急遽離れ、会話は中断されます。
それが、マリー・アントワネットと同年に生まれたスウェーデン伯爵、アクセル・フォン・フェルセンとの出会いでした。

その後、しばらく故郷に戻っていたフェルセンが、再びフランスに来たときには、マリー・アントワネットは王妃になっていました。彼女はヴェルサイユ宮殿での様々な催しに彼を招待し、二人の間は日を追うごとに親密になります。

マリー・アントワネットにとってフェルセンは、心から愛した唯一の男性だったし、フェルセンもまた、マリー・アントワネットを敬愛していました。
革命が起き、暴徒たちがヴェルサイユ宮殿に押し入ったとき、ファルセンはその場にいたし、国王一家がパリのチュイルリー宮殿に連行されるときにも、心配のあまり後に続いていたフェルセン。いつでも役立てるようにと、チュイルリー宮殿近くに住んでいたフェルセン。

彼のマリー・アントワネットへの思いは生涯消えることなく、独身を通し、王妃との思い出の中に暮らした騎士道精神の持ち主でした。
王妃亡き後故郷に暮していた彼は、暴徒の手にかかり54歳で世を去ります。

詳しい事は「マリー・アントワネットとフェルセン 真実の恋」に書きましたので、参考にしてください。