2022年8月28日

夏の終わりとツーリスト

 コロナで2年間、旅行制限があり、それから解放された今年の夏は、パリを訪れるツーリストが急激に増え、国際色豊かなこと。イギリス、ドイツ、イタリア、オーストリア、スペインなど、ヨーロッパの人が最も多く、それに続くのがアメリカ人。日本人と中国人は非常に少ない。

パリはモニュメント訪問とショッピングが目的のようで、美術館やブランドのブティックは長蛇の列。大きなショッピングバッグを抱えながら歩く人々の顔も輝いていて、見ているだけで、幸せが伝わってくる。公園も大人気で、リュックサックを背負いながらのファミリーも多く、ほほえましい。

ホテルもレストランも大繁盛。コロナ以前よりいい成果をあげているそう。よかったよかった。停滞気味のフランス経済が、すこしでも上向きになってほしい。

大繁盛のレストラン。このシーズンはテラスが最高。

ブランドのブティックはどこも長い行列。

ショッピングは旅に欠かせない。みな、じっと我慢しながら順番を待っている。

リュックサックを背負って、軽快にフランス式庭園を散策。
これもパリの思い出に欠かせない。


本格的な落ち葉の季節はもうそこに来ている。これから木々が日に日に葉を落とし、それも絵になるパリ。そのときには夏と異なる人々が訪れ、芸術を尊ぶパリにふさわしい光景が生まれるはず。パリは訪れる人々によって変化する街だと、いつも思う。街と人々が一体となって、他の大都市に見られない特有の雰囲気をかもし出しているのだと。この街では人々は動く彫刻に見える。パリにいるという意識が、歩き方にも服装にも気配りさせるからかもしれない。

秋の気配を感じさせる木々。

落ち葉さえもアートに見えるパリの公園。

2022年8月24日

アドリア海の小さな国、モンテネグロ

 アドリア海は本当に美しい。ここには、汚れなき純粋な青がある。飛行機で近づくに従って見えてくる、紺碧のブルー。すべてのわずらわしさを忘れさせるほど、清らか。心も体も一瞬のうちに洗われるよう。

汚れなき紺碧のアドリア海。
この海に面したクロアチアとモンテネグロは、隣り合わせの国。
青い海はどちらの国から見ても、息をのむほど美しい。
 
パリから飛行機でわずか2時間半ほどで見えてくるアドリア海の美しさは、感嘆の声をあげないではいられないほど。単にキレイなのではなく、白い帆のヨットが似合う、ちょっとお洒落なキレイさ。
クロアチアで飛行機をおり、お隣の国モンテネグロまでは車で移動。2006年に独立したばかりのモンテネグロだけれど、年々外国人お気に入りのヴァカンスの地となっているようで、場所によっては南仏のようなレストランやカフェもある。ただし、規模は小さい。だから親しみやすくていいのかも。
モンテネグロは「黒い山」という意味で、その名の通り、山が大部分。小高い山の中腹や頂上に、住まいや教会が点在している。海辺の周りを観光バスでくねくねと回り、その規模に驚いていたら、ここのフィヨルドは、ナンと北欧に続く大きさだそう。

小舟に乗って海に近づくと、その深いブルーに体ごと吸い込まれそう。

主要な町に城壁が必ずあり、山の中腹にはさまざまな建物があるのが特徴。

古い歴史が残っているのも大きな魅力。中世の街並みを残すコトルは、12世紀に建築されたロマネスク様式のカテドラルもあり、ユネスコ世界遺産に認定されているし、旧市街を保存しているブドヴァには、白い砂浜のビーチがある。ローリングストーンズもここでバカンスを楽しんだ、とガイドさん。
まるで、おとぎ話に出てくるような小さい島もある。スヴェティ・ステファンと呼ばれ、15世紀に漁師たちが暮らしていて、その後、この島が人気を呼ぶようになり、高級ホテルが建築され、エリザベス・テーラーやソフィア・ローレンなど、大スターたちが、気ままにヴァカンスを過ごすようになったのです。

スヴェティ・ステファン島。小さくチャーミングな島。
今回は遠くから見るだけ。いつかここで数日過ごしたい。

いろいろな顔を持つモンテネグロ。また行きたい国。

2022年8月11日

ラクダの思い出

 テレビのドキュメンタリーをみていたら、何と、フランスにラクダを飼っている女性がいて、時折ツーリストが乗るのだと語っていた。自分で絞ったミルクでチーズを作る様子も紹介していた。ミネラルが豊富で栄養たっぷりなのだそう。厳しい気候の中で暮らす遊牧民たちは、ラクダのミルクで健康を保っているとも言われている。

ふっさりしたまつ毛のラクダは、大きな瞳がとびきり愛らしい。それに、いつも微笑んでいるような口を、ひっきりなしにモグモグさせているのも、愛嬌があっていい。その女性はラクダを家族同様に可愛がっている。

その番組をみていて、「そうだ、私もラクダに乗ったことがあった」と、突然思い出し、アルバムをひっくり返したら、3ヵ所でラクダに乗ったことが判明。いずれもアラブの国での体験。

生まれて初めてラクダに乗ったのは、エジプトのサッカラ。
紀元前2600年代に建築された世界最古のピラミッドがあり、
大学で美術史を学んだときから夢見ていた、階段ピラミッドを目前にしたときには、
身震いしたほど大感激。

サッカラのピラミッドを考案したのはイムホテップ。
彼は第三王朝のファラオ、ジェセルに忠実に仕えた人物で、医者であり、神官。
主君ジェセルのために設計したのがこのピラミッド。
ギザの3大ピラミッドは後年に建築され、
サッカラの階段ピラミッドの影響を受けているとされている。

ラクダが手足を折っている状態で乗ったときには、嬉しくて仕方なかったけれど、立ち上がると想像していたより、はるかに背が高く、思わず悲鳴を上げてしまったほど怖かった。ラクダはまず後ろ脚で立ち上がるので、乗っている私の体は勢いよく前のめりになる。その後前脚をのばすと、急に地面から大きく離れる。その上、よく見るとラクダの脚はかなり細くて長い。これで万が一走ったら、すごいスピードにちがいない。ヘルメットを被っていないし、振り落とされたらどうなるかと、ますます怖い。幸いなことにラクダ使いが手綱をしっかり握りながら、澄んだ瞳で微笑んでくれたので、騒ぐ心が落ち着いたのを今でも覚えている。

その後ラクダに乗る機会に恵まれたのはモロッコのタンジェ。フランス人が大好きな街で、別荘を持っている人が多い。そこにはマラケッシュやフェズのように、訪問する名所もなく、ただひたすらヨーロッパを離れ、北アフリカ特有の文化に身を委ねたい人が毎年集まる。自分の別荘が自慢で、お互いに招待し合い、夜を徹して語ったり踊ったりするのがタンジェでのヴァカンスの過ごし方。

別荘を持っているフランス人の友人が複数いるので、そこで、気ままにヴァカンスを過ごすのは、実に快適。そんなときに、ラクダに乗って近辺を散策する。タンジェのラクダは、どちらかというと、ヨーロッパ人に慣れている感じ。砂漠の中の唯一の交通機関というより、遊び相手。

好天気の日には、はるか彼方にスペインがちらっと見えるタンジェ。
パリからわずか2時間半ほどの飛行距離に、
ヨーロッパと全く異なる文化が守られているのが、大きな魅力。
多分、ツーリストがほとんど行かないのが幸いしているのだと思う。


もっとも強く印象に残っているのは、シナイ半島。紅海に面したホテルに泊まっていたある日、モーゼが神から十戒を授かったと言われるシナイ山と、そのふもとにある聖カタリナ修道院を訪問すうツアーに参加。聖カタリナ修道院は、6世紀に建築されたキリスト教の世界最古の修道院。

シナイ山に向かう途中の岩の間に見えた唯一の木。
ほどんど枯れているこの木がある所を、
ベドウィンはオアシスと呼んでいる、とガイドさん。
そういえば、小さな水たまりがある。

見渡す限り、ゴツゴツした岩山が続く中、2時間ほどしたころに見えてきたシナイ山は、厳しい表情をしている。その界隈はどこを見ても岩ばかり。時は、モーゼの時代から止まっているように思える。時は、ここにはないのだ。この地が生まれたときから、その状態のまま何千年も、荒涼とした厳しい自然のままでいるにちがいない。昼間だったからいいものの、暗い中では恐怖で震え上がったはず。

ラクダは砂漠の中をゆったりと歩くと信じていたので、
岩山の急な斜面を、何事もないようにおりているのを見てびっくり。
しかも人を乗せている。文句も言わずに指示に従っているラクダに、
急に愛着がわいてきた。

バスを降りた私たちの周りに、ラクダとラクダ使いが集まってきたときには、生き物の息吹を感じてほっとした。ガイドさんが誰がどのラクダに乗るか、テキパキと決める。全員が乗ったのを確認したガイドさんが先頭に立って、いよいよ見渡す限り岩山が続く中をラクダで行進。緊張と感動の一瞬。

とにかく、落ちないようにしなくてはと、そればかり頭の中で繰り返す。何しろ以前、馬から落ちたこともあるので・・・・


誰がどのラクダに乗るか話し合い中。
その間、おとなしくしくしている、賢そうなラクダたち。

自分一人でラクダの手綱をひいているように見えるけれど、
実際には、頼りになるラクダ使いがいる。

まるで、映画の一場面。
ラクダと言えば名作中の名作、「アラビアのロレンス」を思い出す。


ハプニングに見舞われることもなく、無事にラクダに揺られる散歩を終え、ホテルに戻るバスの窓から、再び岩と砂の光景を見る。どこまでも続く岩山。人を突き放すような厳しさしかない。そうした岩山のふもとで、テントを張り、いつ来るかわからないツーリスト相手の、お土産を売っている光景が見えた。その近くでラクダが下を向いている。交通機関がない土地では、荷物を運んだり、人を乗せたりするラクダは貴重な存在なのだ。下を向いているのは、ご褒美においしい食べ物をもらっているのかな、と一瞬思った。そうであってほしいと、強く思った。

行けども行けども、赤い岩山が続いている荒涼とした風景。
そのふもとでテントを張って、何やら品を売っている。
右隣りでラクダが下を向いている姿に、なぜか、ほっとした。
食べ物かお水を飲んでいるように見えたからだ。

いろいろな国で、いろいろな体験をするにつけ、自分は何も知らないのだと、ひしひしと感じないではいられない。旅をすればするほど、ますます地球が広がるように思える。

2022年7月25日

「マチュ・ピチュとペルーの宝物」展

 3000年に渡る古代ペルーの歴史を辿る展覧会が、トロカデロのシャイヨー宮にある建築遺産博物館で開催中。約200点もの貴重な作品の中には、今までペルーを離れたことがない宝物もあり、連日、大変な人気を呼んでいます。

マチュ・ピチュは15世紀に最盛期を迎えたインカ帝国の遺跡で、アンデス山脈の標高2430mの高い位置にあります。1533年、スペイン人に征服され、インカ帝国は滅びますが、それ以前にアンデス文明が栄えていました。ところが、アンデス文明には文字がなかったために、文献が何も残っていない。そのために、残念ながら詳しいことはわからず、マチュ・ピチュの多くのことは深いミステリーに包まれています。

多くの謎を抱えるマチュ・ビチュの写真と説明。

現在分かっているのは、マチュ・ピチュの遺跡が高い位置にあることから、帝国の王侯貴族が夏の暑さから逃れるための避暑地で、そのための住まいがあったとか、太陽神にささげる神殿があった、など。

かつて栄えていたインカ帝国は、建築や金銀細工が優れていたようで、今回の展覧会でそれをじっくりと鑑賞できます。

インカ帝国の支配者は、
亡き後も豪華な金銀の装飾で身を飾っていたようです。

ターバンを飾る力強い装飾は、
南米に多く生息する動物の王者ジャガーと、
地上の権力を表していて、権力者の象徴とされている。


優美なシルバーの容器。
周囲にはミトロジーが彫り込まれている。
繊細な職人技は驚異的。

表現豊かなミトロジーのモチーフが魅力的な器。


「キープ」と呼ばれる、数を記録するオブジェ。
主に食料の貯蔵量を記録するために、紐に結び目をつけていたとされているが、
最近の研究では、情報伝達や記録も語っているのではないかと見られている。


発掘された神殿の小さい模型も展示されている。
太陽を崇めるインカ国王では、神殿はピラミッド型で、
階段の外側は誰でものぼれるが、中に入れるのは神官、政治家、高位の人のみ。

いろいろと学びが多い展覧会です。
2022年9月4日まで開催。

2022年7月17日

太陽が強すぎる だから軽装。でも、お洒落

南仏は山火事が相次ぎ、フランスのほぼ全土が異常に高い気温。

そうした中、7月14日の祭典が終り、本格的ヴァカンスシーズンに入り、 南へ向かう高速道路は800KMもの渋滞。多分そうだろうと思いながらも、車を走らせるフランス人。夏のヴァカンスに欠かせない風物詩なのです。

パリのツーリストも急に増え、気軽な服装で歩いているヤングジェネレーションが、目に眩しい。今年は背中に自由を与える服が大流行。街で見かけたステキな女性たちのご紹介です。

足元まで届くコットンの背中あきドレス。
フェミニンで涼しそう。

コケティッシュなパリジェンヌ。
お洒落な背中のラインと、ショートブーツのセンスが最高。


ウルトラミニでさっそうと歩く姿が、いかにも若々しい。


ツーリストの大胆な服装にパリにいるのを忘れます。

おへそを見せるのは、自由の象徴だとパリジェンヌは言います。
レザーパンツとの組み合わせが個性的。

2022年7月15日

7 月14日、久しぶりに華やかな軍事行進

 快晴に恵まれた7月14日のパリ祭。コロナのために規模が縮小され、寂しかった過去2回の軍事行進を忘れさせるほど煌びやか。

三色のスモークを散りばめながらパリ上空を飛ぶアクロバット飛行で開幕した今年の軍事行進は、華麗そのもの。シャンゼリゼを行進する兵士たちの顔も輝いていて、悦びがはち切れそう。今年はウクライナに隣接する国々の兵士も参加し、フランスとの連帯感を示していました。

歓声にこたえるように、華麗な姿を見せるアクロバット飛行。

フランスの3色旗がひときわ美しく思えます。


今年の花形は、何と言っても初登場のドローン。アメリカが設計したMQ-9-リーパードローンは、2014年から活躍しているそう。通常、都会で見れないだけに大人気。65機の戦闘機やヘリコプターの飛行の最後を飾ったのが、このドローン。

フランスが世界に誇る有能な戦闘機。


軍事行進に初めて参加した高性能のドローン。


フランスの軍事力の強さを再確認した大々的な行進。夜はエッフェル塔の下でクラシックコンサート、そして花火。

世界中に届ける愛の印、ハートが夜空を飾ります。

花火でパリの美しさを倍増。


7月14日。
その日はフランス人の愛国心が高まる日。

2022年7月12日

ルーヴル美術館 見逃したくない「アポロンのギャラリー」

 ルーヴルは、優れた絵画や彫刻を多数展示している美術館。それは、誰でも知っていることで、その鑑賞のために、連日、長い行列が出来ている。

でも、いつも、残念に思っていることがあるのです。それは「サモトラケのニケ」の左後にある「アポロンの間」あるいは、「アポロンのギャラリー」の存在を知らない人が多いこと。この部屋の歴史も装飾も重要だし、何よりも、歴代の王侯貴族が実際に身に付けていたフランスの宝飾品を展示しているのに・・・・と私は大不満。

フランスの君主たちのコレクションや、
国王、王妃などが着用した稀有なジュエリーを鑑賞できる「アポロンのギャラリー」


まず、「アポロンのギャラリー」の建築を命じたのは、かのルイ14世。

「偉大な国王は、立派な建造物を後世に残すべきです」
などと、全面的な信頼を寄せていた宰相マザランが語ったようで、ルイ14世は壮麗なヴェルサイユ宮殿建築だけでなく、自分の騎馬像を中央に置いた広場をパリ市内に建築させたりして、幾世紀にも渡って「歴史上最大の国王」と崇められたかったのです。
そうしたル14世が、当時、居城としていたルーヴル宮殿内に、レセプションを開く大広間を設けることを思いつき、建築家ルイ・ル・ヴォーと画家シャルル・ル・ブランに約60mの長いギャラリー建築を依頼します。
天井には神話が描かれ、壁は肖像画や彫刻で飾られ、金箔が至る所で華麗な輝きを放つこの回廊は、太陽王ルイ14世にちなんで「アポロンのギャラリー」と呼ばれ、後年、ヴェルサイユ宮殿の「鏡の回廊」のモデルとなります。
ここに国王のコレクションや、外国君主からの贈答品が展示されるようになったのは、1861年。ナポレオン3世による第二帝政が最盛期を迎えていたころ。

17世紀以降の代々のフランス国王が、
外国の君主たちから受け取った贈答品が、ガラスケースの中に展示されています。

16世紀末にイタリアで製作された、色とりどりの大理石のモザイクテーブル。
金箔を施した重厚な脚は、1850年作。


この部屋の圧巻は、何と言っても宝飾品。
ルーヴル美術館の様々な部屋に展示、あるいは保管されていた、王家の人々が実際に着用していた数点のジュエリーは、2020年にリノベーションされた「アポロンのギャラリー」に集められ、それぞれが競うように華麗な輝きを散りばめているのです。

ルイ15世が戴冠式で使用した冠。
貴石はその後取り外され、レプリカがはめられていますが、
それ以外は、すべて当時のまま。国王が使用した、現存する唯一の冠。





フランス革命を生き延びたルイ16世とマリー・アントワネットの間に生まれた王女は
後に結婚しアングレーム公爵夫人となり、再び宮廷生活を味わいます。
彼女のブレスレットとベルト飾り。
ルビーとダイヤモンドのゴージャスなジュエリー。
  

ナポレオンの2番目のお妃、マリー・ルイーズのパリュール。

展示されている数々の宝飾品には、それぞれ貴重な物語が潜んでいる。その中でもっとも興味深いのは、ルイ15世が戴冠式で被った王冠を飾っていた「ル・レジャン」と呼ばれる140、64カラットのダイヤモンド。
これは後に王冠から外して保管し、ルイ16世が王冠や帽子飾りにしたり、マリー・アントワネットがブローチにしたり愛用していました。

140,64カラットのダイヤモンド「ル・レジャン」

このダイヤモンドが発見されたのは1698年、インドの南でした。「ル・レジャン」と名付けられたのは、ルイ14世の甥、オルレアン公フィリップ2 世が購入したため。彼はルイ14世が逝去した時から、5歳の年齢で国王になったルイ15世の摂政を務めていたのです。「摂政」はフランス語で「レジャン」。それがこのダイヤモンドの名の由来。
革命の際に他の宝石共々盗まれましたが、幸いなことに翌年に無事に発見。時が流れ、革命の混乱の中から彗星のごとくに出現したナポレオンが、第一統領になったときに「ル・レジャン」を買ったのです。何かとブルボン朝と張り合っていたナポレオンは、皇帝になる戴冠式で、剣の先にこのダイヤモンドをつけます。
王政復古で王座に就いたシャルル10世も、ナポレオン3世のお妃ウジェニーも使用したダイヤモンド。こうした比類なき歴史を刻む「ル・レジャン」を「アポロンのギャラリー」で、間近に見れるのはほんとうに素晴らしいこと。

これほどの宝物を展示している「アポロンのギャラリー」は
閉館の時間に合わせて重厚な扉がビシッと閉まります。


幻想的なライティングの中で国の宝物を鑑賞していると、
王朝時代にタイムスリップしたような錯覚を起こす。

かつてのフランスの豊かさ、優れた美的感性、緻密な職人技に感嘆しないではいられないこの宝物庫を見逃すのは、あまりにももったいない。