2020年3月3日

パリの犬たち 223

小さい、小さい。でも他のワンちゃんと同じよ。

どうもワタシは特別サイズらしい。
つまり・・・特別に小さいみたい。
ホ~ラ、よく見て。靴とほとんど同じ大きさ。
オモチャかと思っている人もいて、
「あら、ちゃんと動いている」だって。
小さくても犬の機能は全部持っているのだワン、ワン。

2020年3月2日

イヴ・サンローランのミューズ、ベティ・カトル-展

イヴ・サンローランには二人のミューズがいました。ルル・ド・ラ・ファレーズとベティ・カトルーです。ルルはアトリエでサンローランのアシスタントも務め、ベティはマヌカンになったり仕事を終えたサンローランを、気晴らしのために夜の街に連れ出したりしていました。

サンローランの二人の女友だちの共通点は、裕福な良家に生まれたこと。教養があり卓越したセンスの持ち主だったのも、いい環境に育ったからだと見られています。もうひとつの大きな共通点は、既成観念にとらわれることなく、自分に忠実に自由に生きていたこと。サンローラン、ルル、ベティは時代をつくるトリオだったのです。

時が経ちサンローランが去り、ルルが去り、ベティだけが当時の面影を保ちながらサンローランの偉大さを今でも世に示しています。彼女は持っていたサンローランの作品約300点を、2019年にイヴ・サンローラン美術館に寄贈。それによって美術館の秘蔵作品が一挙に増えました。今回の展覧会では天才デザイナーの代表作のサファリルック、パンツルック、スモーキング、そしてベティが最も好きなレザー作品など45点をまじかで鑑賞できるし、トリオ時代の写真も豊富で、良き時代とサンローランのエスプリにたっぷり浸れます。

サファリ・ルック。
ベティがそこに立っているような印象を受けます。
昼間の街着。
パンツ・ルックが圧倒的に多い。

夜のお出かけ用のシックな装い。
若き日のサンローラン、ルル、ベティの写真も豊富。
シャネルのマヌカンをしていたこともあったベティは抜群のプロポーション。
今でもそれを守っているのは尊敬に値します。
多くのモノクロの写真が、かつての良き時代へと導きます。
イヴ・サンローラン美術館のエントランスは、
彼が存命中と変わっていません。
この階段を彼は毎日上り、クリエーションに励んでいたのです。

エントランスのシャンデリアは特にサンローランのお気に入りで、それを付けた時には興奮しながら、刺繍の巨匠フランソワ・ルサージュに電話し、すぐに来てほしいと言ったのです。なぜなら、シャンデリアの類まれな輝きを刺繍で表現してほしかったのです。ルサージュはサンローランの依頼を受けジャケットに精密でゴージャスな刺繍を施し、シャンデリアの輝きを布地に実現しました。それが「私のメゾン」と名付けられた華麗極まりないジャケットです。この貴重な逸話は生前にルサージュが私にしてくださいました。シャンデリアを見るたびに思い出し懐かしさがこみ上げます。

Musée Yves Saint Laurent
5 avenue Marceau
75116 Paris
3月3日~10月11日まで

2020年3月1日

コロナウイルス パリの現状


世界的にコロナウイルス感染者が増えていますが、現在フランス全土での感染者は100人。ここ数日で急激に増えているのが気がかりです。隣国イタリアの北部のロンバルディア州で多くの人が感染しているので、南仏はかなり神経質になっているようです。国境を閉鎖すべきという意見も出ていますが、空からだけでなく、列車や自転車、徒歩でも国境を越えられるのですから、大きな課題に直面しているのです。


そうした中でパリは今のところコロナウイルス感染の深刻な問題は起きていませんが、用心のために、3月1日に予定していたパリ・ハーフマラソンを中止し、国を挙げての大イヴェントの国際農業見本市も一日早く終了。ファッションウイークに合わせて開催される予定だったハイジュエリーのニューコレクション発表を中止したメゾンもあります。

また南仏ニースのカーニヴァルも中止され、刻一刻とコロナウイルスの危険さが伝わってきて、日常生活から活気が奪われたように印象を受けるこのごろです。特に集中的に感染者が多いのはパリの北のオワーズ県。集団感染が起きているので外出を控えるだけでなく、握手もしないようにと忠告。マルシェも教会のミサも中止。学校閉鎖は日本と同じですが、このように習慣が異なるフランスでは他の問題もあるのです。


一日も早く確実な治療方法が見つかることを祈るばかりです。

2020年2月24日

メトロの駅名は語る 146

Assemblé Nationale
アサンブレ・ナショナル(12号線)

アサンブレ・ナショナルは下院にあたる国民議会のことで、上院にあたるのは元老院。このようにフランスの国会は国民議会と元老院で形成されていますが、優先権があるのは国民議会で元老院は諮問機関。

国民議会(アサンブレ・ナショナル)は1789年6月17日、フランス革命の時代に生まれました。第三身分と屈辱的に呼ばれていた議員たちが結束して作った議会です。

国民議会が置かれるようになったブルボン宮殿。

フランス的だと思うのは「アサンブレ・ナショナル」という代わりに、ブルボン宮殿という意味の「パレ・ブルボン」と呼ぶこと。これはアサンブレ・ナショナルがブルボン家の公爵夫人が住んでいた館だったため。フランス人は「肥満王」とか「禿頭王」「端麗王」などと国王にあだ名をつけるのが好きだし、外務省を「ケードルセイ」と住所で呼んだり、大統領を「エリゼ宮の借家人」などと呼んだりする機知に富んだ国民です。

ブルボン宮殿(パレ・ブルボン)を建築させた
ブルボン公爵夫人(1673-1743)
ブルボン公爵夫人が暮らしていた時代の館。

パレ・ブルボンはルイーズ=フランソワーズ・ド・ブルボン公爵夫人が暮らしていた館だったので、このように呼ばれているのです。ブルボン公爵夫人は国王ルイ14世と愛妾モンテスパン夫人との間に庶子として生まれました。1720年、公爵夫人はセーヌ川に面した左岸に土地を購入。1722年から1794年にかけて館を建築させ、そこに現在国民議会が置かれています。

左上がブルボン宮殿で、
その右隣りが公爵夫人の愛人ラッセイ侯爵の館。

公爵夫人はブルボン家に継いで高位の貴族コンデ公と結婚し9人の子供に恵まれますが、ラッセイ侯爵を長年にわたって愛人としていて、セーヌ河畔のパレ・ブルボンのすぐ隣の土地を愛人ラッセイ侯爵に贈与。そこにラッセイ侯爵が館を建築させ、今は国民議会議長の官邸です。

大規模な工事が行われ議員席が生まれました。

公爵夫人亡き後館をルイ15世が購入し、その後コンデ公が所有者となり、革命までその子孫が持ち主になっていました。けれども1791年、革命で没収され国が所有者となり監獄になっていた時代もありました。1795年、総裁政府時代に五百人会と呼ばれていた下院がパレ・ブルボンに置かれることになり、それ以後ずっと下院にあたる国民議会の議事堂になっています。

国民議会が置かれているとはいえ、
旧貴族館の面影も所々に残っています。
1892年に開催されたグラン・サロンでの華やかなソワレ。

この建物はセーヌ川側から見ると、ギリシャ神殿のようなコリント様式の列柱が並び、整然とした美しさと威厳がありますが、もともとはヴェルサイユ宮殿庭園内にあるグラン・トリアノンにインスパイアされた瀟洒な建造物でした。グラン・トリアノンはルイ14世が建築させた離宮で、庶子として生まれたブルボン公爵夫人も度々訪れ、気に入っていたようでパリの自分の館に外観の一部を取り入れさせたのでした。

2020年2月20日

ぬいぐるみのクマさんの役割

ヴァレンタインデーの「ル・フィガロ」紙がピンク色で驚いたばかりなのに、今日またびっくり。ルーヴル美術館近くのレストランの窓際のテーブルに、大きなクマさんのぬいぐるみたちが集まって楽しそうにしているのです。テーブル上には食器やグラスがきれいに並べられ、お料理が運ばれてくるのを待ちながら談笑しているみたい。

楽したげなクマさんたち。仲間入りしたい。

これは、不機嫌な顔で歩くパリの人に微笑みを浮かばせたい、とゴブラン通りの書店主が考えたこと。彼は自費でいくつものクマのぬいぐるみを買い、それを近くの商店に配ったのです。大きなクマさんたちはまたたく間に評判を呼び、住民たちに笑顔が生まれ、ゴブラン通りがある5区から13区のカフェやレストラン、薬局などの人気者になり、寒い日にはセーターやコートを着ることさえあるそう。

それが今では他の区にも影響を与え、ルーヴル美術館がある1区にも登場するようになったのです。クマさんぬいぐるみは人間の大きさほどあるので、思わず話しかけたいほどの親しみを感じます。街に和やかさが広がって素晴らしい。

2020年2月18日

パリの犬たち 222

ドッグシッターとの楽しいお出かけ。

仲良しのお友達と今日も楽しいお散歩。
ドッグシッターさんは礼儀も教えるから、
ケンカもしないお利口さんばかりのボクたち。
「さ、準備ができたから出発だよ」
シッターさんの言葉に「ウン」とうなずくボクたち。

チビちゃんたちはビニール張りの車の中。
大きいボクたちは後ろに整列して進むんだ。
寒い冬が終わったみたいで快適な気候だワン💖

2020年2月15日

ヴァレンタインデーのサプライズ

思いもよらないことにびっくりしました。
「ル・フィガロ」のページがピンクだったのです。しかも政治の紙面も、経済、社会、アートもすべてのページがピンク。

最初、ピンクのページは何かのパブリシティーで、その後ろは通常の白い紙だと思ったら、とんでもない。めくってもめくってもピンク。それでやっと気がついたのです。2月14日、愛の日だからピンクなのだ、と。

それにしても何というアイディア。さすがアムールの国。いろいろな問題、不安、不満を抱えている今、ピンクの「ル・フィガロ」はそうしたことを一瞬忘れさせるのに十分。このようにちょっとしたことにも、人生を飾ろうというフランス人特有のセンシビリティーが感じられて、日常が豊かになります。