2021年3月4日

メトロの駅名は語る 165

Pernety
ペルネティ(13号線)

フランス革命から第二帝政までの長い間活躍した軍人、ジョゼフ・マリー・ド・ペルネティを称える駅名。

ジョゼフ・マリー・ド・ペルネティ(1766-1856)

軍事学校で学び砲兵連隊でキャリアを始めたペルネティが、目立った活躍を示したのはナポレオンの軍人として戦った、1805年のロシア・オーストリア連合軍を相手とするアウステルリッツの戦いでした。ナポレオン戦史に輝かしい形跡を残したこの戦いに満足したナポレオンは、ペルネティを将軍にしたほど。その後もペルネティ将軍は皇帝に忠実で、1812年のロシア遠征にも参加。1813年8月26ー27日のナポレオンが最後の勝利をおさめたドレスデンでの戦いでも鋭敏な指揮をとっていたのです。

1805年のアウステルリッツの戦い。
ナポレオン率いるフランス軍が大勝利を得ました。

ドレスデンの戦い。これがナポレオンの最後の勝利でした。

ナポレオン失脚で王政復古が起きルイ18世の時代になっても、ペルネティの評価は変わらず、国王は子爵の称号を授けたほどでした。さらに時が経ち、ナポレオン3世の第二帝政時代では上院議員になり、多くの栄光に包まれた89歳の生涯をパリで閉じました。

弟子丸泰仙の師だった沢木興道(1880-1965)

ペルネティが土地を所有していた14区には彼の名を冠した道路があり、そこに曹洞宗の僧、弟子丸泰仙(1914-1982)が1970年に禅の道場を開き、教えを説いていました。現在、その禅道場は13区に移動しています。1979年には弟子丸泰仙によってロワール河畔のブロワ近郊に、大規模な国際禅協会、禅道尼苑が創設され、ヨーロッパに広く禅が伝わっていったのでした。