コンシエルジュリーを出る王妃が乗る荷車。 |
王妃がのった荷車の隣りに座ったジラール神父は、国民公会から送られてきた神父だったので、告解さえ拒否したマリー・アントワネットでした。彼女は義理の妹にあてた遺書の中でも、神父を無視する積りだと綴っています。
その言葉通りに、まるで神父が隣りにいないかのように、無言のまま凍ったような表情を崩すことなく、荷車の揺れに身をゆだねていました。
左岸にあるコンシエルジュリーを後にし、セーヌ川を横切り、右岸のサノトノレ通りへと荷車は向かいます。
その通りに差し掛かかったとき、そこに押しかけていた群集は、王妃の姿が見えると一斉に叫び声をあげました。
「オーストリア女!」
「革命バンザイ!」
「裏切り者に死を!」
そうした群集の中に画家ダヴィッドがいました。彼がそのとき素早く描いたデッサンは、歴史の貴重な証人となります。
3万人の兵が沿道に立つ長い行程をじっと耐えながら、王妃が処刑場の革命広場に着いたのは12時を数分過ぎたころでした。
沿道を埋める群集の姿も 罵倒の声も聞こえないかのように、 凜とした態度を保っていました。 |
目の前に設置された処刑台を目にすると、再びマリー・アントワネットは、しっかりした足取りでひとりで木の階段をのぼります。
階段をのぼりながら、ひとりの役人の足を踏んだマリー・アントワネットは、「ごめんあそばせ。わざとしたのではないのです」と、丁寧にあやまる余裕さえ持っていた王妃でした。
これが、彼女の最後の言葉だったのです。
12時15分、重いギロチンの刃が王妃の白い首に落ちます。
それと同時に共和国バンザイの声が四方から舞い上がり、秋の空高くのぼっていきました。
ダヴィッドのデッサン。 |