2015年12月23日

マリー・アントワネット 絵で辿る生涯 40


7月14日に革命が起きると、国王一家の居城、ヴェルサイユ宮殿の護衛に力を入れるようになります。

フランス衛兵隊だけでは不十分と見られ、現在のベルギー北部のフランドル地方から、優秀な兵士たちが多数送られてきます。

フランドルの兵士たちを迎える祝賀が
華々しく行なわれました。
彼らを迎えるために、宮殿で贅沢きわまりない祝宴が行なわれ、マリー・アントワネットは愛想よく挨拶をします。国民がろくな食べ物もなく、飢えに苦しんでいたのに、ヴェルサイユ宮殿の華麗な生活が変わることはなかったのです。

10月5日、もうこれ以上耐えられないと、パリの女性たちを中心として、約7000人がヴェルサイユ宮殿へと行進を始めます。国王に自分たちの惨めな生活を直接話そう、と結束したのです。
それが歴史上最大の悲劇を引き起こすことになるとは、そのとき、誰も思ってもいませんでした。女性たちは自分たちの生活の苦しさを、国王に知ってもらおうと思っていただけだったのです。
ヴェルサイユ宮殿へと向う、女性たちを中心とした行進