2011年3月8日

イヴ・サンローラン展

サンローラン展のポスター
サンローランとミューズの
ベティとルル
昨年プティ・パレで、イヴ・サンローランのオートクチュールが約300点展示され、世界中から訪問者が訪れ、連日長い列ができたほどでした。
それは、いかにサンローランが格別のデザイナーであったかの証拠。
今回は旧イヴ・サンローラン本社、現財団でプレタポルテ展を開催。
その前夜祭が3月4日に行なわれました。

意外と知られていないのですが、サンローランはオートクチュールのデザイナーで、最初にプレタポルテを手がけた人。そのブティックオープンは1966年。

60年代は世界的に大きな動きがあった時代。
アメリカは若いケネディが大統領になり、ファッショナブルなジャクリーヌが世界中を魅了し、ソ連ではガガーリンが人類で最初に宇宙に行き、ベルリンは突然壁で二つに分けられました。フランス女優BB、オペラ歌手カラス、ロックのキング、エルビス・プレスリーが大活躍したのもこの年代。

飛びぬけた繊細な精神の持ち主のサンローランは、誰よりも早く世の変化の到来を感じていました。それまで手がけていたオートクチュールは、ひとりひとりの寸法を測り、2~3回の仮縫いを必要とし、注文から数ヶ月後にやっと完成。
けれども時代は大きく動いていました。
スピーディになっていたのです。

その時サンローランはリーヴ・ゴッシュ(セーヌ川の左岸)に目を向けました。
若さで活気にあふれているその地域。そこに、今の時代にふさわしく、その場で試着し、その場で購入できるプレタポルテのブティックをオープンしよう。ブティック名はリーヴ・ゴッシュ。

このようにして、サンローランというオートクチュールのデザイナーが、プレタポルテも創作するようになり、リーゾナブルな価格でスタイリッシュな服を着る喜びが浸透したのです。これによって、プレタポルテへの価値も関心も急上昇。

サンローランによって
プレタポルテの価値観が一変
70年代には日本のケンゾー、イッセイも参加し、プレタポルテは爆発的な大発展をとげたのです。

サンローランの才知が、いかにファッション界に重要だったか、それを再認識できる今回の展覧会前夜祭には、サンローランのミューズであり親しい友人だったルルもベティも出席。
もちろんサンローランを全面的に支えていたベルジェの元気な姿もありました。
サンローランの時代に働いていた人々も多数出席。皆、なつかしそうに作品に見入っているのが印象的でした。

サンローランはすでに亡き人となりましたが、彼の業績はこのように、語り続けられていくのです。
それは、半世紀の間サンローランにすべてを捧げていたパートナー、ピエール・ベルジェのお蔭。
彼がいる限り、サンローランは私たちと共にいるのです。

サンローラン、リーヴ・ゴッシュ展
モードの革命
5 avenue Marceau
75016 Paris
3月5日ー 7 月17日