2021年11月25日

フランス銀行「黄金の間」でコンサート

パリの官庁関係の建物のほとんどは旧貴族館、と以前ブログに書きましたが、フランス銀行も同じ。ナポレオン・ボナパルトが第一執政だった時代に設立したフランス銀行が置かれている建物も、他の旧貴族館同様に歴史は長く、ルイ13世に時世の17世紀にさかのぼります。

貴族の館だった時代の「黄金の間」の豪華さは、
目を見張るばかり。


国王ルイ13世の国務卿を務めていたラ・ヴリリエール侯爵は、1653年にフランソワ・マンサールに広大な豪奢な館の建築を依頼します。ルイ13世、ルイ14世の時代に活躍したマンサールは、バロック建築のもっとっも優れた建築家。

マンサールがラ・ヴリリエール侯爵の依頼で建築した館。
侯爵の名前はフランス銀行前の道路名になっています。

ルイ13世の国務卿だった
ルイ・フェリポー・ド・ラ・ヴリリエール(1599-1681)


彼が依頼主ラ・ヴリリエール侯爵のために実現した館は、豪勢極まりないもので、中でも40mもの長いギャラリーは賞賛の的でした。イタリアとフランスの絵画を多数コレクションしていたラ・ヴリリエール侯爵は、ギャラリーの両サイドに名画を飾り、8mの高い天井には壁画を描かせ、まるで美術館の一室のよう。記録によると、侯爵が所有していた絵画は250点もあったというから、破格のコレクター。その数点は現在、ルーヴル美術館所蔵になっています。

トゥールーズ伯爵(1678-1737)

その館をトゥールーズ伯爵が購入したのは1713年で、ルイ14世の時代。彼はルイ14世と愛妾モンテスパンの間に生まれた認知された息子で、5歳の時にすでにフランス提督の称号を持ちます。ラ・ヴリリエール侯爵の館を買ったトゥールーズ伯爵は、当時の最高の建築家ロベール・ド・コットに改築を命じロココ風にします。その時ギャラリーの羽目板に金箔が施され、金色に輝くようになり、「黄金のギャラリー」あるいは「黄金の間」と呼ばれます。

けれども革命の際に荒らされ、絵画も家具もすべて没収され、何と国立印刷局になった時期もあった。ところがナポレオン・ボナパルトが1800年にフランス銀行を創設し、1811年から旧トゥールーズ伯爵邸にフランス銀行本部を置くことになったのです。

1852年1月29日、「黄金の間」で開催されたフランス銀行の総会。


「黄金の間」はその後数回修復されましたが、貴族館だった面影は一部残っています。このギャラリーでは時々コンサートやソワレが開催され、11月末のコンサートでは、ピアノ、オペラ、お琴、尺八の演奏と狂言がありました。フランスのロココ様式の中での日本の伝統芸術の雅なパフォーマンス。忘れがたいひとときでした。

「黄金の間」にふさわしい煌めき。
コンサートが終り拍手と花束を受ける出演者たち。


2021年11月21日

ウィークエンド、パリの4景

 コロナ感染者が増える一方のヨーロッパ。ドイツ、オランダ、イギリスに比べて、まだそれほど深刻でないパリでは、日常生活は以前と同じで、皆、日々の生活を楽しんでいます。そうしたパリのウィークエンドの4つの光景をお届けします。

今は紅葉が一番キレイな季節。

濃い霧ですっかり背丈が変わったエッフェル塔。
工事中ではありません。念のため・・・

サントノレ通りのほぼ中央に置かれた熱気球。
飛ばないけれど雰囲気満点。すごい人気で並んで記念撮影。

すっかりお馴染みのサンタンヌ通りのアジア街。
ラーメンやうどんの専門店、和食、中華料理、韓国料理、ベトナム料理、
それに、お好み焼き、たこ焼き・たい焼き、おにぎりのお店もある。
パリにいるのを忘れるほど、両サイドにびっちり並んでいて、どこも長い行列。

2021年11月20日

輝くパリ

 ずいぶん寒くなってきたパリだけれど、街を歩くとキラキラ輝く飾りで、心が浮き立つばかり。寒さなんかちっとも気にならない。今日もダウンコートにすっぽり身を包みながら、ちょっと暗めの冬空の下をお散歩。やっぱりクリスマス・シーズンはキレイだし楽しい。

ルイ・ヴィトンの大きな太陽の飾りは、毎年同じだけれど、
シャンゼリゼ大通りの街路樹のイルミネーションのように、
これを見ると、「ああクリスマスだ」と思わせる意図があるのかも。
それにしても目立つ。

レペットの装飾はポエティックで、いつも、うっとりしてしまう。

「シャネル№5」100年記念だから、
大きな香水ボトルがシャネルの外壁を飾ります。

メンズシューズのお洒落なウインドー。
まるでチョコレートケーキみたいで、多くの人の視線を集めます。

クリスマスならではのエレガントなドレス。
今年は細かいプリーツが大流行。

高級宝飾店で、一番多くのショーウインドーを誇るブルガリ―。
このシーズンには、ジュエリーのお店は外に行列が出来る。
世の中にはリッチな人が多いのかしら。

2021年11月18日

クリスマスのムードいっぱい

 パリの老舗のデパート、ギャラリーラファイエットは、全館がすでにクリスマス。このデパートのクリスマス装飾で欠かせないのは、クーポールの下の巨大なツリー。今年もそれが見たくて、いそいそと出かけました。

ギャラリーラファイエットのクリスマスツリー。
毎年これを見るのが楽しみ。


サンタさんがたくさんのプレゼントを運んでくれます。
我が家も忘れないでネ。

華やかなツリーを目の前に見ながらドリンクを楽しめる。
パリらしいおもてなしのひとつ。


今年は大きなサンタクロースが、たくさんのプレゼントを配ってくれるようで、我が家にも来てくれるかと期待に胸がはずみます。コロナやその他の心配事が、一瞬の内に遠くに行ってしまいそうなほど、楽しさが漲っています。

見慣れたとはいえ、見るたびに感激するイルミネーション。

この後もデパートをいくつか回るつもりだし、クリスマスマーケットにも行かなくては。それともちろんブランド製品のブティックのショーウインドー鑑賞もある。ということで、忙しくなりそう。

2021年11月14日

若き大統領の涙

 11月11日は、第一次世界大戦におけるドイツと連合国の休戦協定が締結された日で、フランスでは重要な祝日。例年、シャンゼリゼ大通りと無名戦士の墓の凱旋門でセレモニーが行われますが、今年は特別な式典が繰り広げられました。101歳で世を去った第二次世界大戦の英雄、ユベール・ジェルマンの追悼式典だったのです。

ユベール・ジェルマン(1920-2021)

ユベール・ジェルマンは当時の将軍、シャルル・ド・ゴールの呼びかけに応じ、レジスタンス運動に加わり、勇敢な目覚ましい活躍をし、戦後フランス大統領になったド・ゴールから、リベラシオン勲章を受けたレジスタンス英雄の最後の生存者。

10月12日にユベール・ジェルマンが101歳の生涯を閉じた時、マクロン大統領は「自由フランスの英雄」とたたえ、アンヴァリッドで感動的なオマージュを捧げ、その時点ですでに休戦記念日に特別なセレモニーを捧げると語っていました。

11月11日、フランスの三色旗に包まれたユベール・ジェルマンの棺は、彼が活躍した地のひとつ、リビアの「ビルアケム」と書かれた装甲車に乗り、シャンゼリゼ大通りをゆっくり進み、凱旋門の下に安置され、厳粛な式典が繰り広げられました。

その後、棺はパリ西郊外の小高い場所にあるモン・ヴァレリアンに向かいます。そこで多くのレジスタンスの人々がナチス・ドイツによって処刑され、後年、ド・ゴールがフランスの英雄たちに捧げる記念碑と墓を建築させ、ユベール・ジェルマンもそこに葬られるのです。

モン・ヴェレリアンで三色旗に包まれたユベール・ジェルマンを迎える
若き大統領エマニュエル・マクロン。Le Huffpost

感動で涙を流すマクロン大統領。Le Huffpost

記念碑に向かう彼の棺が進むにつれ、それを迎えるマクロン大統領の顔が固まったようになりました。微動もしない大統領の口元がみるみるうちに歪み、ブルーの瞳に涙が浮かび、あふれて頬を伝わっていました。感極まった若きマクロン大統領は、涙が流れるままにした数分後、涙を拭き取り、しっかりと姿勢を正し、記念碑内のクリプトに向かう英雄につづいて行きました。

戦勝国フランスでは戦争記念日にセレモニーがあり、その度にテレビの実況中継をみていますが、今回ほど心を動かされたことはない。43歳の若き大統領の涙が、いまでも忘れられない。

2021年11月10日

マリー・アントワネットとダイヤモンド

 9月13日のブログでお知らせしたように、マリー・アントワネットのブレスレットが予定通り11月9日に、ジュネーヴのクリスティーズでオークションにかけられました。落札予想価格は4億円を超えるだろうと、世界の注目を集めていた貴重なジュエリー。

11月9日に競売にかけられたマリー・アントワネットのブレスレット。
112個のダイヤモンドが輝く3連のブレスレット2つが
ブルーのビロードのケースに入っていて、
「王妃マリー・アントワネットのブレスレット」と書かれています。
Christie's/photo presse

実際には予想をはるかに超える9億円の高値。フランス王妃マリー・アントワネットが所有していただけでなく、革命で「亡命」し、無事に娘の手に渡った劇的なヒストリーを込めているだけある。詳しいことは9月13日のブログを参照してください。

マリー・アントワネットのダイヤモンドといえば、忘れられない思い出がある。モロッコのタンジェでヴァカンスを過ごしていたときに知り合ったフランス人が、かなり変わっていて、服装も、言葉使いも、生活も何もかも世間からかけ離れていて、私たちと同じ時代に生きているように思えない。まるで数世紀前の世の中に生きている感じ。
「パトリック、あなたって18世紀の人みたいね」
 知り合って数日後に思っていたことを言うと、それが気に入ったのか、微笑みを浮かべながら、
「パリに戻ったら僕の別荘にいらっしゃい、いいものを見せてあげる」
 それが何かは教えてくれなかったけれど、彼のタンジェの別荘も信じられないほど豪華で、門から館まで車で行かないとくたびれてしまうほど広い。プールも2つあり、500人も招待して朝方まで招待客を楽しませるような人。

パリではモンマルトルの一戸建てに暮らしていて、そこでのディナーにも招待されたが、エレベーターまでありびっくり。そういう人であるから、別荘でウィークエンドをと誘われて興味を抱かないではいられない。

思った通りブルターニュ―地方の別荘は3階建ての瀟洒なシャトー。鉄の重厚な門から城館まで、左右対称に花々が植えられ、広大な裏庭にはコレクションのクラシックカーが数台並んでいる。ブルターニュ―地方の由緒ある伯爵の子孫であるパトリックは、両親がどちらも一人っ子で、莫大な遺産の受取人は彼ひとり。現実からかけ離れた生活も、彼の言動に一種独特な雰囲気があるのも、何となくわかった感じ。シャトーに泊まっている間に連れて行ってくださったどのレストランでも、ていねいに迎えられて緊張したほど。パトリックはこの地域の名士に違いない、とふと思った。

パトリックの別荘近くのレストランで。左がパトリック。

肝心の「見せたいもの」は、マリー・アントワネットが彼の先祖にプレゼントしたダイヤモンドでした。パトリックの先祖の伯爵はベルサイユ宮殿で王妃に仕えていて、ある日、乗馬をしていたマリー・アントワネットが馬から落ちそうになったとき、素早く駆け寄り助け、その感謝のしるしに、乗馬服のダイヤモンドのボタンをひきちぎって、プレゼントしたのだそう。それをパトリックは18世紀の服のポケットに入れて保管していたのです。

乗馬が好きだったマリー・アントワネット。

マリー・アントワネットがダイヤモンドに目がないのを知っていたけれど、王妃が実際に服につけていたダイヤモンドに触れられるなどとは、思ってもみなかった。このように王妃にまつわる宝石は、まだいくつもどこかに眠っていそうな気がする。

2021年11月5日

メルケル首相にフランスらしいお礼

ドイツとフランスは親密な関係にあり、フランスでは「カップル」と呼んでいるほど。

16年という長い間ドイツ首相を務めてきたアンゲラ・メルケルは、フランス大統領がシラク、サルコジ、オランド、マクロンと4回変わっても、格別な友好関係を保っていました。そうした女史が引退するとあって、マクロン大統領はフランスならではのお礼をしたいと、11月3日、メルケル首相をブルゴーニュ地方のシャトー・デュ・クロ・ド・ヴージュに招待。

アンゲラ・メルケル独首相

ワインで世界に名を轟かせているブルゴーニュのシンボルともいえる、シャトー・デュ・クロ・ド・ヴージュは、ユネスコの世界遺産になっている貴重な建造物。12世紀にシトー派の修道院が建てられ、その修道士たちがワイン作りをし、16世紀にルネサンス様式の瀟洒なシャトーになります。そして1934年には、ブルゴーニュ地方のワイン普及とクオリティを高めることを目的とする「ブルゴーニュ利き酒騎士団」の本部になる栄誉を獲得。

ブルゴーニュ地方の宝、シャトー・デュ・クロ・ド・ヴージュ。
12世紀の部分がわずかに残っていて、
後の大部分は16世紀のルネサンス様式。

この重要な歴史を伝えるシャトーで、マクロン大統領は若々しい張りのある声で「たくさんの事を教えてくれてありがとう、メルシー・アンゲラ」とメルケル首相にお礼を述べ、フランス最高のレジオンドヌール勲章グランクロワを授与。ピアノコンサート、ディナ―、ワインのプレゼント。シンプルで心がこもったおもてなしはフランス国民に好評でした。

「ヨーロッパの母」と呼ばれ頼りにされていたアンゲラ・メルケルが、一線から身を引いた後、ヨーロッパの勢力が衰えないか、ちょっと不安。マクロン大統領は自分でイニシアティブをとりたいようだけれど、フランス大統領選も控えているし、どうなることか。

2021年11月4日

パリの犬たち 252

寒くなったネ 

「寒いネ」
「11月だモン、あたりまえだワン」
「ワタシたち兄と妹なの、どこに行くのも一緒の仲良しさん、ネ」
「ウン。オレンジのお散歩バッグは妹ので、ボクのは茶色。いい趣味でしょ?」
 
「それにしても、どうしてさっきからここで止まっているの?」
「信号が赤だからだよ」
「アッ、緑に変わった。さあ、いよいよ走るのネ。ワタシ準備OKよ」
「 よ~し、競争しよう。だけど、なんでこんなに人の足が多いんだろう」

2021年11月1日

久しぶりのマルメゾン城

ナポレオン皇帝の最初のお妃ジョゼフィーヌがこよなく愛し、生涯を閉じたマルメゾン城を久々に訪問。多分12年ぶりだと思う。

深い緑の中のマルメゾン城。


人生を美しく飾ることに情熱を捧げていたジョゼフィーヌは、革命後、大帝国を築こうと野望に燃え、戦いに戦いを続けていた粗野なナポレオンの傍らで、優美に装い洗練された宮廷文化を生み出した、稀有な感性の持ち主。ところがナポレオンに子孫を授けられないために離婚され、パリ近郊のマルメゾン城に暮らし、そこで最期を迎えます。

マルメゾン城のサロンでくつろぐジョゼフィーヌ。

ナポレオンがエジプト遠征中に、ジョゼフィーヌが夫に内緒で購入したこの城館には、彼女の高尚な趣味が隅々まで息づいていて、「ナポレオンが選んだ3人の女」を書いていたときには、ジョゼフィーヌの生活や好みなどを把握するために、足を運んだし、その後もいくつかの展覧会が開催され訪問した懐かしいマルメゾン城。
このところずっとご無沙汰していたけれど、友人のアーティスト、節子さんの陶器作品が数点展示されているとのことで、久々の訪問となったのです。パリから貸し切りのミニバスで出発し、到着したらシャトー内で朝食。その後展覧会のプライベート訪問と至れり尽くせり。休館日なので他に誰もいないし、招待客は15人ほど。ゆったりと鑑賞できました。
画家バルテュス未亡人の節子・クロソフスカ・ド・ローラさんは、数年前から透き通るような白い陶器で名を成している、アスティエ・ド・ヴィラットとコラボレーションをし、パリにあるアスティエ・ド・ヴィラットのアトリエで、手づくりでクリエイトしています。

ダイニングルームは節子さんの作品一色。

ジョゼフィーヌが特に気を配っていたのはテーブルアート。食文化を大切にしていた皇妃が重きを置いていたダイニングルームを、節子さんの視点で飾るために、数点の作品をクリエイトしたのです。ジョゼフィーヌと節子さんには、自然と動物を愛する共通点があります。緑豊かな中に佇む城館に展示されている節子さんの作品を見ると、魂が浄化されたような爽やかさが残ります。

ダイニングルームのテーブルが、節子さんの作品で飾られています。
白一色でとてもさわやか。


両手で容器を支えている作品がとくに視線をとらえます。



両手で器を支える作品は。テーブル上に置いてフルーツを入れてもいいし、
この写真のようにドライフラワーを飾ってもいい。

かわいい鹿の小物入れ。
背中のフタをあけてシュガーなどを入れることも出来る。

コロナ禍で3年ほどお会いしていなかった節子さんですが、とってもお元気そうで、それが一番うれしかった。
「今後もずっと陶器を続けていくし、いろいろなことに挑戦したいわ」
 目を輝かせながら語る節子さん。
 常にポジティフな彼女からオーラが放たれていて、お会いするたびにたくさんの元気をいただきます。

作家の解説つきの充実した特別訪問でした。

常に前向きな節子さんに創作意欲を掻き立てられ、私も今書いている原稿を、来年の出版を目指して早く仕上げなくてはと真剣に思った日でした。だけど、数年前から出版業界が不振を続けている日本。希望がかなうかしら、などと時々消極的になりがち。でも目標を持って、それに向かって積極的に生きなければ。特に今の時世には、自分で自分を鼓舞しなくてはダメ、とつくづく思う。
マルメゾンの節子さんの展覧会は11月15日まで。