2017年6月29日

OECD大使公邸のガーデン・パーティー

今年は、突然、猛暑になったかと思うと、翌日にはセーターが必要な気温と変化が激し日々が多いパリです。

雨模様だったので、テントの下でのガーデン・パーティー。
情緒があって深く印象に残ります。
そうした天候の中で開催されたOECD日本大使公邸でのガーデン・パ-ティーも一時期雨。でも、お庭に張ったテントの何と優美なこと。

大江博大使とチャーミングな夫人。
おしゃれ上手な夫人で再会が楽しみ。
大使はピアノの名手だそうです。
満開の花々を生かしたテントの下で、通常と異なるガーデン・パ-ティーは情緒があっていいもの。大江博大使のご挨拶によると、20年ぶりの雨の中のイヴェントだそうです。
白いテントの下を歩いていると、清められるような印象を受けるのが不思議。
 
お寿司、天ぷら、肉団子、フランス風味の種類豊富なおつまみなどが並ぶビュッフェをはさんで、再会を喜ぶ言葉が行き交います。
そうしている間に雨があがり、青空が広がり、そのあまりにもきれいな澄み切った空に歓声があがったほど。

紫陽花キントンを目の前で手早く作ります。
6月のお菓子だそうで、
季節を大切にする日本人ならではのクリエーション。
今年は和菓子の実演があり、多くのフランス人が興味深く見つめていました。
甘みをおさえた数種類の和菓子は、どれも一口でいただける大きさ。
あまりの美味に2度もおかわり。

和服姿の女性の行き届いたおもてなしに、皆、感激です。
冷たい緑茶もいただきました。
OECD日本大使公邸でのガーデン・パ-ティーは、毎年、とてもとても楽しみ。
日仏交流に欠かせないイヴェントです。

2017年6月25日

快晴の日曜日、幸せいっぱい

見事なシンクロナイズドスイミングを見せるカモたち。
何度もリハーサルをしたのでしょうね。
このところ猛暑が続いて外出を控えていましたが、日曜日はひさしぶりに爽やかな気候。さっそくたくさんの緑を求めて公園に。

ナンと、お目にかかったことのない、
黄色いヒナが2羽いるではないですか。
すると、どうでしょう。池で大異変が・・・
今まで見たことのない黄色い鳥がスイスイ泳いでいるのです。
黄色い鳥といえば、小さいころに飼っていたヒヨコしか知らない私。
でも、ヒヨコは泳ぐのかしらと半信半疑。

小さいのにスイスイとお上手に泳いでいる。
君たちはヒヨコではないわよね。
カモのヒナ?
生物学の知識がとぼしいので、まったく自信がない。
家に帰っていろいろ調べたら、カモのヒナらしい。
とにかく小さい体でお上手に泳いでいるのが、たまらなくかわいい。

カモの母親と子供たちが、気持ちよさそうに眠っている。
起こさないように足音を忍ばせて近寄ってパチリ。
その、カモのヒナと思われる鳥に心を奪われていたけれど、ふと、足元を見ると、ナンとそこではカモらしいカモの母親が、子供たちとお昼寝、というか朝寝。

私の携帯の音が起こしたのではなく、
たっぷり熟睡したので子供たちが次々に起き上がり、
水の中に飛び込む。オドオドしたその光景もかわいい。
でも、こっちのヒナは黄色ではなく、茶色みたい。
黄色いヒナがいたり、茶系統のヒナがいたり・・・・あれこれいて頭の中が大混乱するばかり。
 
カモが晴れの舞台に立って、
歌か踊りを披露するのかと期待して待っていたけれど、
結局、何の芸も見せてくれなかった。
ちょっとがっかり。
頭に新鮮な空気を入れようと右手を見ると、一段高いところで一羽のカモが何やら準備を整えている。美声を聞かせてくれるのか、バレーを見せてくれるのか、まるで古代ギリシャ時代の屋外劇場の舞台のよう。観客席はもちろん池の水の上。

と、まあ、いろいろな発見があって心機一転。
やはり公園にはまめに足を運ばなければ。驚きや楽しみに出会うために。

2017年6月24日

オリンピック開催を目指すパリ

2024年のパリオリンピックのロゴ。
2020年の東京オリンピック後、2024年の夏季オリンピック開催を目指して本格的アーピルを始めたパリ。最終に残った2都市はパリとロスアンジェルス。

2024年は絶対にパリでと意気込んでいるのは、1924年の最後のパリオリンピックからちょうど100年。この記念すべき年こそパリにふさわしいと、街中に熱気が漂っています。

カラフルなボートがセーヌ川をうずめて、
お祭り気分満点。
パリの象徴のセーヌ川に浮かぶ陸上競技場を作ったり、カラフルなボートを浮かべたり、アレキサンダー橋からセーヌ川へのダイビングの妙技を見せたり、マクロン大統領は車椅子テニスに参加して大喝采を受けたり・・・

開催都市の決定は9月。それまでいろいろなアピールをするそう。
アイディア豊富なパリジャンのこと、何が出てくるか楽しみ。

近代オリンピックの父、
フランス人のクーベルタン男爵。
ギリシャに発祥した古代オリンピックに感銘を受け、現在も続く近代オリンピック開催を提唱したのは、フランス人貴族クーベルタン男爵。それによって1896年、アテネで第一回オリンピックが実現されたのだから、やはりパリに花を持たせたい。

パリの犬たち 133

あっちに行きたい・・・
あッ、あそこに見えるのは新しいペットショップ。
きっとワタシに似合うドレスやアクセサリーがあると思う。
ネ、あそこに行きた~い。

そっちじゃないの、あっちなのよパパ。
ちっとも言うことを聞いてくれない。
もう、お散歩に連れて行ってあげないからネ、プンプン。
ママンはショッピング大好きだからいっしょだったらよかったのに・・・・・

2017年6月21日

メトロの駅名は語る 46

Hoche
オッシュ(5号線)

メトロが延長された1942年に生まれた駅に、将軍ルイ=ラザール・オッシュの名がついていますが、彼の名前はパリに住む日本人にお馴染みです。凱旋門から延びるオッシュ大通りに日本大使館があるから。

革命の時代の英雄ラザール・オッシュ。
16歳で早くも軍に入り、革命のときには革命に同調し民衆側にいたにもかかわらず、反革命派とみなされ逮捕され監獄に入れられます。

オッシュと同じ監獄に捕らわれている間に、
彼の愛人だったジョゼフィーヌ。
後にナポレオンと結婚し皇后になります。
同じように投獄されていれたジョゼフィーヌ・ド・ボーアルネと知り合い愛人になります。ジョゼフィーヌは夫が貴族だったために逮捕され、オッシュは裏切りものと告発され、ふたり揃って死刑の判決を下されます。

ジョゼフィーヌ最後の肖像画。
彼女が健康を害したため未完成。
けれども運の強いことに、処刑寸前に革命家たちが仲間割れし次々に失脚。危ういところで釈放され、 ジョゼフィーヌはその後出会ったナポレオンと結婚し、皇后になり歴史の華となります。

ヴェルサイユにあるオッシュの凛々しい銅像。
彼はヴェルサイユ近郊生まれです。
一方オッシュは王政復活を強く望む王党派を見事に鎮圧し、英雄と称えられ、戦争大臣の地位を約束されますが、健康を害し29歳の若い生涯を閉じます。
彼の名はメトロや通り、広場になっているだけでなく、銅像も随所にあります。それほど偉大な軍人だったのです。

2017年6月20日

パリの犬たち 132

パリの男たちはおしゃべり好き
ホントにうんざり。
もう、一時間以上もここから動いていないんだよ。
たいしたことを話していないのにね。
ボク、すご~く退屈だワン。

女性が3人よるとナンダカンダと日本では言うようだけど、
パリは殿方もチョーおしゃべり。
あ~あ、つまらない、つまらないよ~~~
足しか見えないのが気に入らない。


2017年6月19日

フランス総選挙 最終結果

第一回目の投票で、大多数の議席獲得がほぼ確実になった新党「共和国前進」は、
6月18日の第二回投票で議席数300以上で歴史的勝利に輝きました。

エマニュエル・マクロンが設立した「前進」のロゴ。
エマニュエル・マクロンが政治運動「前進」を設立したのは、わずか一年前の2016年4月6日。彼が歴史上最年少で大統領に選ばれた翌日の2017年5月8日、政党「共和国前進」になりロゴも変更されました。


マクロンが大統領に選出された翌日、
党の名が変更され「共和国前進」になりまた。
それ以後のオフィシャルロゴです。
これまで二大政党と呼ばれていた共和党と社会党が、多くの議席を失い政界は大混乱。このふたつの政党がいかにして生き延びるかなどと、終焉のような報道もあるほど。

テレビで報道された投票前の街の声では、立候補者本人に魅力を感じたからというより、マクロンの党だから投票したという人が意外に多かった。
それほどマクロンは信頼されているのです。

若く無名だったマクロンが驚異的速さで国の最高峰にのぼったのは、以前ブログに書いたようにナポレオンに匹敵します。
革命の混乱の中から突如出現したナポレオンと同じように、停滞したフランスを改革するために立ち上がったマクロンは稀に見る風雲児。39歳の年齢も、政治運動設立1年後に大統領に選出されたのも、初の選挙で大多数の下院議員を得たのも記録破り。

国会議事堂のロゴ。
大統領に選出されたあの日、「世界の見本になるような国にしたい」と張りのある声で抱負を述べたマクロン。彼は世界を驚嘆させ、今後5年間フランスは世界の熱い視線を浴び続けるのです。

2017年6月15日

童話の世界に入ったみたい

童話作家ペローの名作の世界に浸れるシャトーがあります。ブルトゥイユ城です。
ルイ14世の時代に活躍したペローと親しかった貴族の住まいで、現在もその子孫が一角に暮らしています。

ペローの童話の世界を味わえるシャトー。
ペローの代表作は「長靴をはいた猫」「眠れる森の美女」「シンデレラ」「青ひげ」「赤ずきん」など、子供時代に夢中になって読んだ作品ばかり。

猫たちの演奏会も堪能。
皆、演奏がお上手。いつか習いたい。
そうした名作の主人公の蝋人形が飾られ、時には自動仕掛けで動き、童話の世界に招いてくれるのです。

ペロー作の「眠れる森の美女」が、
蝋人形でリアリティに再現されています。
広々した庭園も手入れが行き届いていて、舞い上がる緑の香りがとてもさわやか。
パリでは味わえない済んだ空気に感激しながら、庭園をお散歩していたら、ヤギさんたちがムシャムシャ草を食べながら移動しているのが見えました。

幸せそうなヤギさんたち。
気品があるのは育つ環境のお陰かな。
童話の世界をさまよった後、突然、ヤギさんたちに出会い、現実なのか物語の中なのか区別がつかなかった不思議な日でした。

2017年6月13日

マクロンの革命

エマニュエル・マクロンが起こした政治改革に大きく揺れ動いているフランス。

総選挙一回目の投票の結果、長年議員を務めていた経験豊富で著名な政治家が、どんどん落選している。 議員の仕事を失ったからには、他の職を見つけなければならないと必死。弁護士の資格があるからその仕事を始めるとか、ITの会社に勤めるとか、大手の企業に入るとか様々。テレビの解説者によると、約半年は月々5000ユーロくらい保障があるけれど、それも徐々に減るそう。

マクロンの著書「革命」
2016年上梓。
従来の政治家による政治から脱出し、幅広く市民社会からも議員を選び、新しい政治のもとに新しい国を築こうとのマクロンの呼びかけに、フランス国民がいかに大きな期待と希望を抱いているかが明確に現れたのが、今回の選挙。

マクロンが呼びかけ実行しているのは、本人が語っているように革命。
王政を倒し共和国にするために、世界にさきがけて革命を起こしたのはフランスだった。それはその後、他国に大きな影響を及ぼしました。

1968年の「5月革命」のポスターの一枚。
1968年に学生たちを中心に5月革命を起こし、保守的な教育制度の改革を叫び、労働者も参加してゼネストになり、ドイツや日本にも影響を与えたのもフランスだった。

この国会議事堂に
マクロンの「共和国前進」議員が何人入るか、
世界の注目を集めています。
そして今、マクロンにより新しい革命が進められている。
「世界の見本となるような団結した強いフランスにしたい」
大統領に選出された際の彼の言葉は、実現に向かっているようです。

こうしたいくつかの改革をみると、フランスが影響力が強い国のように思えます。

パリの犬たち 131

暑いし疲れたし・・・
「もう歩くのイヤッ、ぜったいにイヤッ」
そう言ってパパに抱っこをせがんだら、
「大きいのにみっともないよ。皆、笑っているよ」
だって。
大きくても疲れるときは疲れるし、
甘えたいときは甘えたいのだワン。

2017年6月12日

マクロン旋風 フランス総選挙

6月11日、577人の下院議員選出の一回目の投票が行われ、マクロン大統領の「共和国前進」が圧倒的多数の票を獲得。

予想をはるかに上回る400席を超える議席を獲得するようで、今、フランスにはマクロン旋風が巻き起こっています。

もっとも一週間後に二回目の投票があり、変化が起きる可能性はあるけれど、一党でこれほどの票を集めるのは画期的なこと。
いかにマクロンの人気が高いか分かります。きっと他国の首脳はうらやましがっていることでしょう。

また来週まで選挙活動が盛んだから、私も追っかけに忙しい。

2017年6月11日

メトロの駅名は語る 45

Alésia
アレジア(4号線)

激戦地アレジアで、
ローマのシーザーに降伏する
ガリアの長ウェルキンゲトクリス(左)
紀元前のローマ人と、フランス人先祖ガリア人(ゴール人)の激戦地が駅名になっています。
ブルゴーニュ地方にある古代都市アレジアで、ガリア征服を志すシーザー率いるローマ軍と、ガリア人の長ウェルキンゲトクリスの間で激しい戦いが繰り広げられ、ローマ軍が大勝利を得ます。

18世紀に発行した、シーザーが書いた「ガリア戦記」。
これによってフランスはローマの支配下に置かれます。紀元前52年のこと。現在この地域は、アリーズ・サント・レーヌと呼ばれています。
シーザーが「ガリア戦記」 を自ら書いたために、この戦いの様子が後世に伝わりました。

以前のアレジア、
現在のアリーズ・サント・レーヌにある
ウェルキンゲトクリス像。


ウェルキンゲトクリスはフランス最初の英雄と称えられています。
というのは、戦いの敗北が見えてきた際に、彼は部下たちの身の安全と引き換えに、自ら進んで捕虜になり救ったからです。ガリア統一を果たしたのもウェルキンゲトクリスです。

1908年に激戦地の発掘が行われました。
ローマに連行されたウェルキンゲトクリスは、6年間の投獄後に処刑されます。
美貌、勇気、優れた戦略を持つ彼が、シーザーの侵略から ガリアを救うために戦ったのは、若干20歳のとき。

ルーヴル美術館にあるシーザー像。
シーザーはこの若く有能なガリアの指導者に、異常なほどの恐れを抱いていたために、処刑させたという説があります。
他の罪人を許していたシーザーでしたが、ウェルキンゲトクリスは別。
それほど彼の威力はおおきかったのです。

独裁者になったシーザーは暗殺されます。
紀元前44年、反対派の手にかかるシーザー。
アレジアの勝利から8年後のことでした。
 ウェルキンゲトクリスが脱出したり、、あるいは彼を敬愛する人が結束して反乱を起こすかもしれなかったから、いたしかたないです。でもやはり残念。英雄には長生きして欲しい。
 

2017年6月8日

守りネコ

いつからか、アパルトマンの管理人室に姿を見せるようになったアーノルド君。

理知的な顔と気品ある姿のアーノルド君。
ある住民の愛猫だけど、建物の中のお散歩が大好きで、管理人室に着いたときに、
「ここはボクの理想の場所」
とすっかり気に入り、毎日のように飼い主におねだりして一緒に来るらしい。

管理人室の入り口で、
入ってくる人をチェック。
真面目にお仕事です。
アパルトマンに入ってくる人を一人ひとり厳しい表情でチェック。
慣れると自分からすりよってきて、とってもかわいい。
気品がある顔、ふさふさの毛並み。
最近ではアーノルド君に会うのが大きな楽しみ。

2017年6月6日

メトロの駅名は語る 44

Denfert-Rochereau
ダンフェール=ロシュロー(4,6号線)

この駅は19世紀の軍人で英雄のピエール・フィリップ・ダンフェール=ロシュローにちなんだもの。

偉大な軍人、ダンフェ-ル=ロシュロー
クリミア戦争で活躍し、アリジェリアに駐屯していた時代もありますが、彼の名を不朽のものとしたのは、1870から1871年にかけて103日アルザスのベルフォールでドイツ支配に勇敢抵抗を示したときでしたそのとき彼は大佐でした。

ベルフォールのライオン像。バルトルディ作。
この地域の多くの都市がドイツに合併されましたが、ベルフォールのみフランスに残り、それを称えるライオン像が造られます。城壁の足元にぴったりくっついたライオン像は長さ22メートル、高さ11メートルの巨大なもの。敵から街を守るような雄々しい姿です。

ヴォージュ地方特産の赤い砂岩でこのライオン像を創作したのは、オーギュスト・バルトルディー。フランスがアメリカに寄贈した自由の女神像の作者でもあります。

パリのダンフェール・ロシュロー広場。20世紀初期。
ベルフォールのライオン像のレプリカが中央で威厳を放っています。
パリのメトロ駅前のダンフェール=ロシュロー広場には、このライオン像のレプリカが置かれています。
オルリー空港へのバス発着場やRERの駅もあるので、旅行客にはお馴染み

18世紀末にカタコンブができたときには、
貴族たちが夫人を伴って見学したそう。
その後一般に公開。
カタコンブを興味深く見る人々。1860年。


カタコンブもあり、外国からのツーリストが列を作っているのを見かけますが、私はどうもこうした場は苦手。18世紀末にパリ市内から墓地をなくすために、いくつもあった墓地から遺骨をカタコンブに集め 、600万も納められていると知っただけで震え上がり、訪問したことはありません。   

2017年6月4日

おしゃれなジャルダン(庭)展

チュイルリー公園(本来は庭園という意味)で開催される、恒例のジャルダン展。
今年はいろいろあって最終日に行ってきました。

彫刻のような展示方法が独創的。
パリっ子は自然が好きで、こうした催しにまめに行きますが、案の定、いいお天気に恵まれたこともあり、それに荷物検査が厳しいこともあり、入り口に長い行列。

最近は壁を緑で飾るのが流行しています。
いろいろ趣向を凝らした展示が豊富で、見てまわるのが忙しい。

早速ブランコを試しました。すごく乗り心地がいい。
お昼寝に最適。
植物はもちろん、お庭に置く椅子、ベンチ、テーブル、テント、ブランコまであり、童心にかえって全部試してみるので時間があっという間に経ってしまう。

存在感を振りまく立派なニワトリがいてびっくり。
お住まいも立派です。
驚いたことには、ニワトリ小屋まである。小屋にはさっぱり興味がなかったけれど、そこで我がもの顔でいばっている、見たこともないほど立派なニワトリがすっかり気に入り、話しかけたり、写真を撮ったり。

街の真ん中で平和で幸せなときを過ごせる環境は、
人生に余裕を与えてくれます。
随所に可愛らしいカフェやレストランもあり、そこで緑に囲まれて、太陽を浴びながらゆったりと時を過ごしている人々の姿を見るのは心地よくて、私にも幸せが伝わってきます。

人の優れた才知の息吹が感じられる造園。
やはり自然はいい。
これを守るためにもトランプさん、ぜひ考えを変えてくださいね。