2013年8月16日

ヨルダンの旅

ペトラの宝物殿
エル・ハズネ。
映画インディアナ・ジョーンズにも
登場。

パリに長く住んでいると、時々ヨーロッパにない文化に触れ、リセットしたくなるものです。モロッコのタンジェにまめに行くのはそのため。第一、そこに別荘を持っているフランス人の友人が数人いるので、とても便利。そう、いつもそこに泊まるのです。しかもパリから直行便があるのだから、ますます便利。

そのタンジェで、モロッコ南部に広がる雄大な自然と砂漠の素晴らしさをワイワイ語り合っていたときのこと。
「それじゃ、ヨルダンに行くべきだ」
と友人たちが大合唱。
「モロッコ南部と同じように、アラビアのロレンスの撮影もした国なのだから、それはそれはすごい」
その名作に魅了され、テレビで少なくとも5回は見た私は、そういわれてヨルダンへ行かないではいられない。ということで、暑さにもかかわらず心弾ませながら一路憧れの国へ。

バラ色の岩を刻んで造った建造物が
見渡す限り続きます。
到着したのは夕刻。その瞬間から、もう、感激どころではない。透き通った青い空が、まるで手に届くかのように近くに見える。星がこんなにきれいに見えたのは初めて。「これがほんとうの空だ」と、思わず高村智恵子のようにつぶやく。その空の向こうには、何か素晴らしいものが確約されているように無条件に美しい。

ペトラの石を売り歩く
人懐っこい笑顔の少年。
翌日、近代的なホテルが並ぶ首都アンマンの遺跡を見学し、スークも訪問。
またその翌日、今度は車で南へと向う。行けども行けども続く砂漠の中に造られたハイウェイ。機関銃を手にした兵士が時々見える。いくら眺めても飽きない砂漠の高原が続いていたかと思うと、突然、巨大な岩が見えてくる。しかも単なる岩ではなく耀くばかりのバラ色。それがずっと遠くまで延びている。ペトラだ! ああ、これがペトラなのか!

紀元前1世紀ころから栄えたペトラ。そこには、50~100メートルのも高さのバラ色の岩を掘り込んで造った神殿や、住まい、劇場、墓なとが見渡す限り続いている。

洗礼者ヨハネが
キリストに洗礼を授けたヨルダン川。
その間をロバやラクダがのんびりと行き交っている。砂漠を数時間走って、突如、目の前に開けるその光景が、あまりにも現実から遠く、夢の中を彷徨しているよう。一時期ローマ人に支配され、その後放置され廃墟となった町のこれほどの大遺跡が、19世紀世まで世に知られていなかったというのだから、ほんとうに驚きです。

ペトラでの大感激の翌日は、洗礼者ヨハネがキリストに洗礼を授けたといわれているヨルダン川と、モーセが生涯を閉じたといわれているネボ山を訪問。

モーセ終焉の地ネボ山からの
体が震えるほどの荒涼とした感動的光景。
左に死海が、そしてかなたにイスラエルが見える。
どちらも旧約聖書の世界で、自分がいる今の時代との差があまるにも大きく、頭がくらくらしめまいを起しそう。

ネボ山の眼下には荒涼とした地がかなたまで広がっている。岩と砂だけの突き放すような厳しさを感じる世界。左手にはヨルダンとイスラエルの間に横たわる死海がゆったりとした姿を見せている。そして前方にはイスラエルも見える。

エジプトからイスラエルの民を連れて脱出し、様々な試練、苦難の末にモーセがたどり着いたネボ山。そこから遠くを眺めながら、彼はイスラエルの民に語ったのです。彼らの国となるカナンがかなたにある、と。そこは彼らの「約束の地」だと。その国、現在のイスラエルを見ることもなくモーセはネボ山で終焉を迎る。こうした劇的な歴史を刻む光景は、今でも思い出すたびに感動が生々しくよみがえるほど、強烈な印象を残します。

地球の不思議、奥深さ、神秘などあまりにもいろいろあって、自分がいかに限られたことしか知らなかったかと痛感。

ローマ帝国の偉大さが
ひしひしと迫るジェラシュ。

アンマンの北には巨大なローマ遺跡が残るジェラシュがある。かつてはアレキサンダー大王も滞在していたことがあるそう。その後ローマの支配に陥り、ローマ人が様々な巨大建造物を残したジェラシュには、権力者の偉大さが今でも残っているのがすごい。そういえばパリにもローマ時代の遺跡があるのだから、消滅したとはいえローマ帝国は偉大でした。

いろいろな魅力満載のヨルダンには、またぜひ行ってみたい。
そのときには、アラビアのロレンスに登場した紅海のアカバ湾まで足を延ばしたいと、今から興奮状態。

紺碧の空高くそびえるジェラシュの神殿
旅はいい。旅ほどときめきを与えてくれるものはない。
それがいくつもある私の生き甲斐の中で一番重要なのです。