2017年10月22日

メトロの駅名は語る 58

Dupleix
デュプレクス(6号線)

17、18世紀に活躍したジョゼフ=フランソワ・デュプレクスの名が冠されています。
ジュゼフ=フランソワ・デュプレクス(1697-1763)
彼は有能な軍人でしたが、その名はむしろフランス東インド会社で活躍した人物として形跡を残しています。とはいえ、デュプレクスの名を知っているフランス人は少ないのが事実。

インド東部ポンディシェリにあったフランス東インド会社の建造物。
フランス東インド会社はアンリ4世によって1604年に創立されましたが、大きな活躍はなく、いつの間に忘れられます。
それを復活させたのがルイ14世で、1664年のことでした。

それ以来、インドから胡椒や布地、コーヒー、ティーなどを輸入し、フランスはインドで幅をきかせるようになります。

デカン高原に至るまで勢力をのばしたデュプレクスと
デカンの代表との会談。

ポンディシェリにあったフランス総督の屋敷の庭園。
インド東部の一部はフランスの植民地となり、その首都がポンディシェリに置かれ繁栄し、デュプレクスはフランス領インド総督に任命されます。

けれども西洋にとって魅惑的なインドを巡って、ヨーロッパ諸国の競争は年々厳しさが増し、ついにオランダとイギリスに首位を奪われます。
その結果フランス東インド会社は徐々に衰弱し、革命後の1795年に消滅。

デュプレクスはそれ以前の1754年、フランス本国との意見の相違で解任され、1763年にパリで66歳の生涯をひっそりと閉じました。