2019年3月7日

カルティエ、ニューコレクション・プレゼンテーション

カルティエの新作発表には飛び切りの興味を抱いています、なぜなら、毎回プレゼンテーションの場所が異なるため。しかも、歴史的に意味があるところばかり。今回は7区の19世紀に建築されたとある邸宅。

ジュエリーとウオッチ、そしてレザーアイテムが二つの階に分けて展示してあり、ガラスケースに入っていないので、文字通り手に取るように見れます。そのためにセキュリティの人も多い。当然です。

カルティエのアイコン、パンテール。
しなやかで気品ある姿をモチーフとしたアイテムは、
1914年からあるそうで、1世紀以上もの長い間人気を保っているのは驚きです。

パンテールのブレスレット・ウオッチ。
寝そべっているようなパンテールの姿が愛らしい。


見つめ合うパンテールたち。
最高に贅沢なブレスレット・ウオッチ。
様々なカラーの宝石をセッティングしてあり、ため息が出るばかり。

スクリーンの女王たちが愛用していたベニョワールと呼ばれるウオッチ。
四角でもなく円形でもなく、何とエレガントなバスタブのフォルム。
カトリーヌ・ドヌーヴ、ロミ―・シュナイダー、ジャンヌ・モローのお気に入りだったそうで、
3女優の艶やかな写真が飾ってあり憧れを掻き立てます。


眩いばかりのダイヤモンドとゴールドのブレスレット・ウオッチ。
ソワレにぴったり。
この時計に合うドレスのことも考えなくては・・・
と夢は広がります。バッグもシュ―ズもね。



レザーアイテムは、今回はカルティエ・レッド一色。
その中でもっとも高価なバッグ。


ガーランドのモチーフのアイテムもあります。
最近赤いバッグやお財布に憧れているので、私にぴったり。
でも、やはりプライスが気になります。
長期作戦を練らなくては。

2019年3月5日

ディオール ウオッチ&ジュエリーのニューコレクション発表

ロダン美術館でのプレタポルテ発表の翌日、プレタポルテ、ウオッチ&ジュエリー、テーブルウエア発表が3ヵ所でありました。その内のウオッチ&ジュエリーの写真をご紹介します。

発表会場はモンテーニュ大通りの本店階上。
ウオッチは深い森の中に招かれたような演出で,パリにいることを忘れる装飾。部屋の照明を落としているので、濃い緑に包まれたウオッチが際立って見えます。どのクリエーションも息を呑むほど精巧緻密。人が成しえる究極の技の作品ばかり。

すべて本物の植物です、もちろん。
その中にディスプレイされた幸せなウオッチたち。

実用とアートの理想的実現の逸品。

ジュエリーはそれぞれテーマに合ったミニチュアの部屋の中に展示してあり、それ自体がかなりハイレベルなアート。ミニチュアの部屋は壁の目線の高さにはめ込まれているので、見やすい。精妙で夢があり、離れがたいほど魅了されました。


ノルマンディ―地方にある、
クリスチャン・ディオールの実家のテラス。
鮮やかな色合いのジュエリーが華やぎを散りばめます。
ミニチュアの細部に及ぶ精密さに感嘆しないではいられない。

星座に大きな関心を抱いていたクリスチャン・ディオール。
彼へのオマージュともいえる星座のモチーフはラッキーアイテム。
このジュエリーを身に付けたら幸運に恵まれそう。

ムッシュ・ディオールが好きだったトワル・ド・ジュイに囲まれたサロン。
18世紀を彷彿さるルイ16世様式の家具も気品を放ちます。

上のミニチュアの部屋の家具に、
このようにジュエリーが展示されているのです。

本店のサロンへ導くノーブルな階段。
ドレスにいたるまで信じられないほど精巧。
このすべてがミニチュアであることに格別の価値があります。

夢のよう、などという表現ではものたりないほど素晴らしいアイディア。
こうしたディスプレイはこの後どうなるのか、とってもとっても気になるのですが・・・

2019年3月4日

高田賢三さん、80歳バ―スデーパーティ-


レストラン・ルドワイヤンで賢三さんのバースデーパーティー。
色彩豊かなアーティフィシャルの桜があちらこちらに。
まるで花園にいるような装飾が賢三さんらしい。

ファッションウイークの最中に、賢三さんが80歳の記念すべきバースデーを迎えました。世界に名を成す賢三さんらしく、パーティーにも特有のアイディアを発揮し、ここ数年見られないような華やかさ。ゲストはもちろんファッション関係の人が多く、それだけに雰囲気が盛り上がります。

主役の賢三さん。最初は紋付袴。
後半は眩しいほどのゴールドのスリーピース。
華やか極まりない。

青年の清々しさをいつまでも持っている賢三さん。
心身共に若い!!!

会場のレストラン・ルドワイヤンのエントランスの両サイドで、若い日本男児が和太鼓を打ち鳴らし歓迎。もうそこから心が浮き立ちます。中に入るとヴァイオリンの美しい音色が響き、広い会場のあちらこちらに桜の花が満開の木が置かれていて、頻繁に変わるイルミネーションのカラーを受けて幻想的。ちらし寿司、握り寿司、おにぎりなど日本的なお料理もあって、和食大好きの賢三さんらしい。

木寺昌人大使、画家黒田アキさんと話が弾みます。


二人の美女(?!)に挟まれてご機嫌のヘアスタイリストのマサトさん。

数人のヴァイオリン奏者がいつの間にか姿を消し、その後は快適なミュージックが鳴り響きます。最初は紋付袴姿だった賢三さんは、後半は眩しいほどのゴールドカラーに全身を包み、まるで光の国から舞い降りてきたみたいで、会場に歓声があがり祭典たけなわ。

無数のシャンデリアとキャンドルが
パリならではのアンビアンスをかもし出します。

個性的な服装がぴったり。

巨大なバースデーケーキが運ばれ、ブーケやプレゼントを受け取り、最高に幸せそうな賢三さん。その後はもちろんダンス、ダンス、ダンス。

この日のドレスコードはカジュアルシック。
ゴールドをどこかに付けてきてと事前に連絡があったので、
ブレスレットとリングを。
これで正装の高田賢三さんと合います。

80歳は傘寿でそのカラーはゴールド。
招待客全員にサインとバースデーの日付入りの扇のプレゼント。

インヴィテーションカードもゴールド。
賢三さんの笑顔の特製切手も素晴らしい。

80歳の年齢をどこにも感じさせない賢三さん。秘訣は、多分、寛大で親切なお人柄と、常に何かに挑戦する精神があるからだと思っています。

賢三さん、末長くお元気でいてくださいね。そして私たちにいつまでも夢と希望を分けてください。

80歳おめでとうございます。
心からお祝いします。

2019年3月2日

カール・ラガフェルドへのフェンディのオマージュ

カール・ラガフェルドが亡くなって初めてのパリコレ。
話題はもっぱらカール。

そうしたある日モンテーニュ大通りを歩いていたとき、そこに面したフェンディのブティックのショーウインドウが変わっていることに気が付きました。

モンテーニュ大通りに面したフェンディのブティック。
心がこもったオマージュに感動します。

そこには何と、フェンディのためにデザインしたカールのデッサンが数枚飾ってあり、「もっとも美しい旅をありがとうカール。愛をこめて。フェンディ ファミリー」と書いてあるのです。

気負いのないシンプルなオマージュだけに、心の奥まで届く温かみと愛が感じられました。

2019年2月26日

ファッション界、女性活躍の時代

カール・ラガフェルドが亡くなった当日に、シャネルのアーティスティック・ディレクターをヴィルジニー・ヴィラールが引き継ぐと正式発表があり、ますます興味を呼んでいるパリモード。

なぜなら、常に比較される二大メゾンのディオールもシャネルも、女性デザイナーがトップに立ったからです。プレタポルテを手がける女性デザイナーは世界中に多いけれど、ここ数十年間、オートクチュールは男性に限っていたので、モード界が新時代を迎えた印象を受けます。

シャネル本店の並びに、
ココ・シャネルとカール・ラガフェルドが語り合っている大きなデッサンがあります。
多分、この裏側で工事が行われていて、それを隠すために掛けられているんでしょうが、
その完成を見ずに世を去ったカール。
深く印象に残ります。

2月25日からプレタポルテのパリコレが始まり、最終日の3月5日、カール・ラガフェルド最後のクリエーションが発表されます。いつもの通りグランパレに非現実的世界を造り、カールの途方もない夢を具現化した中に導いてくれるでしょう。

不思議なことにそのグランパレも予定では来年から修復を行うために閉鎖するそう。となるとコレクション発表の会場そのものも新たになるシャネルです。

2019年2月24日

メトロの駅名は語る 116

Charonne
シャロンヌ(9号線)

かつてのシャロンヌ村が駅名の起源です。パリから村に通じる道路はシャロンヌ通りと名付けられ、今でも残っています。

のどかだったシャロンヌ村。
修道院がいくつもありました。

シャロンヌでもっとも重要な建造物はバニョレ城でした。1600年代に領主の館として建築され、その後数人の貴族の手に渡り敷地もそれに伴って拡大されました。

広大な領地の中に建築されたたエレガントなバニョレ城。

オルレアン公爵夫人。

1719年にオルレアン公の妻、オルレアン公爵夫人がシャトーを購入したときから、華やかな存在になります。オルレアン公はルイ15世が幼少のころ摂政を務めていた有力な人物。公爵夫人は敷地をさらに拡大し、オルレアン公はシャトーの中に劇場を造らせ、自ら劇を演じていました。

その後バニョレ城は子孫が引き継ぎますが、1769年から土地が分割して売られるようになり、シャトーも1771年から取り壊されました。幸いなことにその一部が難を逃れ現在も残っています。

2019年2月21日

カール・ラガフェルド亡き後

2月19日に世を去ったカール・ラガフェルドは、数社のデザイナーを同時につとめていましたが、シャネルとの関係がもっとも強く、カール・ラガフェルド=シャネル、シャネル=カール・ラガフェルドでした。

カール・ラガフェルドが亡くなった翌日、
カンボン通りのシャネル本店前で。

そのためにシャネル本店前で、リポーターがドイツ語や英語でカメラに向かって話しているのが目立ちました。道行く人も反対側の歩道から遠慮がちに視線を送ったり、スマホで撮影したり。

カールへ捧げるお花が道路に置いてあるかと思ったのですが、そうしたことはまったくなく、店内もいつもと変わらないで販売員が笑顔でクライアントに接していました。


報道に関してはル・フィガロ新聞が翌日に、7ページもの大特集を組み、カールの生い立ちからデザイナーとしての歩み、私生活にいたるまで貴重な写真と共に振り返っています。こうした動きをみると、フランスにとってモードがいかに重要な地位を保っているのか分かります。

今、人々の関心はカールの莫大な遺産が誰の手に渡るかに集中。一説では愛猫シュペットも相続者のひとり?だそうです。フランスではペットが遺産相続するのは禁止されていますが、それに対して自分がドイツ人だからそれは適用されないとさえ語っていたカール。

生前に親しい人に打ち明けていたのは、自分が世を去ってもセレモニーをしないこと、火葬して母の遺灰と混ぜて撒いてほしいこと、遺灰の一部はすでに亡くなっている恋人と一緒にしてほしいということだったと、フランスのメデイアは伝えています。それだけでなく、もし愛猫シュペットが自分の前に死んだら、彼女も一緒に、と。

どこまでもミステリアスで、実態がつかめないカール・ラガフェルドらしい。猫大好きな私は、主人亡き後シュペットの面倒を誰がみるのかも知りたい。