2012年8月17日

リッツ・ホテル工事のため閉鎖

パリでもっとも優美なホテル
として名高いリッツ・ホテル
パリの名所にさえなっているリッツ・ホテルが7月31日に閉鎖されました。
リニューアルのために2年半閉めることは、以前のブログでお知らせした通り。

工事のためにホテル前に不細工な柵が張り巡らされているのを見ると、やはりさみしいし心が痛む。でも、それにかわるアート的な囲いがもうじき必ずできるはず。
何しろ美的感覚が優れているパリ。工事中もそれを損なわないような配慮をすることを
義務付けているかも知れない。第一パリ市民が許すわけがない。
そうなると、どのような素晴らしい工事現場装飾が生まれるか、これもまた楽しみ。


リッツ・ホテル創立者
セザール・リッツ
リッツがあるヴァンドーム広場は、国王アンリ4世と愛妾ガブリエル・デストレの間に生まれた庶子、セザール・ド・ヴァンード公の敷地と豪勢な館があった地。その後代々彼の子孫が持ち主となり、1685年にルイ14が購入。王の騎馬像を中心とした広場を作る計画をたてたのです。

ところが度重なる外国との戦いで財政困難におちいり、広場を取り囲む建物の正面がほぼ出来上がったころに断念。1699年に敷地はパリ市所有となり、分譲して売ることになりました。
パリ市に譲るときに国王は条件をつけました。建物の正面はそのまま保存する。その後ろ側はそれぞれの好みにしてよい。
そのために、広場を囲む調和ある建造物が数世紀を経ても保たれているのです。

当然のことながら大金持たちが競って購入。次々と瀟洒な館が生まれ、広場ではルイ14世の騎馬像を囲んで夜毎舞踏会や祭典。このときからヴァンドーム広場は格別な場として注目を浴びていたのです。王の騎馬像は革命のときに破壊され、台座の一部はルーヴルに保管されています。

フランスの文豪 
マルセル・プルースト
リッツがある15番地の所有者になったのはグラモン公爵で1705年に購入。その子孫が長年にわたって住んでいましたが、時の流れと共に所有者は次々とかわります。ロートレック伯爵、ヴィエット侯爵、ブルスロン男爵と。

1850年に生まれたセザール・リッツは、当初はレストランのサーヴィス係り。ところが仕事熱心で社交性にたけ、顧客へのサーヴィス向上に昼夜費やしていた功績が認められ、日の出の勢いで出世し、スイスや南仏、ロンドンのホテルで重要なポストにつくようになりました。
多くの著名人と親しくなったリッツの名声はロンドンで確実なものとなり、彼を支援する人々と共同でリッツ・ホテル・シンジケートを設立し、本格的にホテル経営をはじめたのが1896年。
その年にリッツはヴァンードム広場15番地を購入。


パリをこよなく愛した
アメリカの作家
アーネスト・ヘミングウェイ
リッツ・ホテルのオープニングは1898年6月。新聞が大々的に報道したほどの大ニュースでした。それ以来リッツはパリのエレガントなエスプリが宿るホテルとして、無数の顧客を迎えるようになったのです。プルーストが定宿とし、ウィンザー公爵夫妻が愛用し、シャネルが長年住み生涯を閉じたホテル。

とくにリッツと文豪ヘミングウェイは切っても切れないなか。彼はリッツに足をいれた瞬間から魅了され、通いつめ、バーでドライ・マルティニーを何倍も味わっていたのです。後に収入が上がるとリッツに宿泊し、あいかわらす連日バー通い。

第二次世界大戦でコレスポンダントとして活躍した作家ヘミングウェイは、パリがドイツ支配から開放された1944年8月25日に、いち早くリッツに駆け込み、バーで自由のために乾杯。
ヘミングウェイ・バーの
個性的なメニュー。
表は1944年8月25日にヘミングウェイが
リッツに戻ったとか、
リッツを開放したとの報道。
その裏にバーで味わえる飲み物が書いてあります。
数年前にいったときに記念にいただいておいて
よかった。
そのバーは「ヘミングウェイ・バー」と呼ばれるようになり、工事で閉鎖されるまで健在でした。

現在のオーナーはエジプト人のモハメッド・アルファイド。
今回大々的にリニューアルを行い、パラスホテルにふさわしい豪華なホテルにするのでしょうが、
私の唯一のお願いはバーを以前のままの状態で残して欲しいこと。
何しろそこはヘミングウェイの時代そのものを味わえる、貴重な場なのだから。
ヘミングウェイが好んで通っていたキューバのバーと同じように、天井には古めかしいプロペラ式扇風機が付けられ、タイプライターも当時のもの。
壁にはヘミングウェイのたくさんの写真が飾られ、落ち着いた色合いのイスもテーブルもヘミングウェイに思いをはせさせないではいない。

二年半後にいかなる姿を見せるか、今から多くの人が待ち焦がれています。
もうすでに予約を入れている人も多いのに違いない。
どのようなオープニングパーティになるか、それも今からわくわく。
いずれにしても、大イヴェントになることは確か。
そのときにはまたブログでお知らせします。