2016年2月23日

マリー・アントワネット 絵で辿る生涯 60

喪服を着るタンプル塔のマリー・アントワネット。
ルイ16世が1793年1月21日に処刑されると、それ以降、マリー・アントワネットは生涯、喪服に身を包みます。喪服は彼女が国民公会に頼んで手にしたものでした。

14歳で嫁ぎ、心の底から愛したことはなかったとはいえ、4人の子供の父親であり、真面目で善良な夫をだった人を失った悲しみは大きかった。
お聞き入りの女流画家が
亡命した後、王家のお抱え画家になった
クシャルスキーによる、
タンプル塔の王妃。

慰みは、夫の妹とふたりの子供だけになりました。幸いなことに、4人揃って暮すことが許されていました。

国王が処刑されたことを王妃が知ったのは、塔の外で騒ぐ人々の声を耳にしたからでした。
彼らは「共和国バンザイ!」「共和国バンザイ!」と高らかに叫んでいたのです。
それを耳にしたマリー・アントワネットは、息子の前にひざまずき、心の中で言ったことでしょう。
「新国王バンザイ」

国王である夫が亡くなり、その跡継ぎである息子ルイ・シャルルは、このようにして捕われていたタンプル塔で、非公式に、フランス国王ルイ17世になったのです。マリー・アントワネットはいつの日にか、彼が正式に戴冠式を行なうことを夢見ていたかも知れません。
王子はこれ以降、亡命貴族の間でルイ17世と呼ばれるようになります。

王政が廃止され、国王が処刑され、共和国になり、これで国民の希望が叶ったかのように思えたのですが、革命は坂を転がるように悪化します。

王亡き後、暗い塔の中での日々はますます暗くなりました。