2016年10月2日

メトロの駅名は語る 1

1900年代初期のバスティーユのメトロ駅。
このような服装の時代にメトロが開通したのは驚きです。
1900年のパリ万博の際に開通したメトロ。現在14号線まであるメトロは、パリ市民にとってもツーリストにとっても重要な足です。

駅の構内は趣向を凝らした装飾がなされ、さすが、芸術の都だと関心します。駅名にもそれぞれいわれがあって、それを辿りながらフランスの歴史を学べるのも楽しいことです。

今日から主だった駅名の裏話をご紹介します。
何気なくメトロに乗っているけれど、この駅にはこういう意味があるのかと思っていただければ嬉しいです。

Montparnasse Bienvenüe
一回目はモンパルナス=ビアンヴニュ (4,6,12,13号線)

 モンパルナスは20世紀初頭に世界中から芸術家が集まり、その界隈にあったカフェ「ル・ドーム」「ラ・クーポール」「ラ・ロトンド」などをたまり場としていました。

モンパルナスという名はギリシャ神話に書かれている、文芸のミューズが暮らしていたパリナッソス山が起源。17世紀にこの地に瓦礫が積まれていて、小高い丘のようになっていました。それを学生たちがふざけてモンパルナス(パルナス山)と呼ぶようになったのです。

「メトロの父」ビアンヴニュ
 ビアンヴニュは「メトロの父」と呼ばれる技術者の名で、パリのメトロを手がける前に鉄道開発に従事し、パリ=ストラスブール線を実現。そのほか水道橋も手がけています。

パリの万博開催が近づいた1898年、メトロの企画が正式に決まり、1900年7月19日ポルト・マイヨとポルト・ドゥ・ヴァンセンヌをつなぐ東西にのびる一号線が開通。引き続き2,3,4号線も開通。

1933年、パリ市は ビアンヴニュの名をメトロにつけることにします、栄光に包まれた彼は、それから3年後84歳の生涯をパリで閉じ、パリ市内のペール・ラシェーズ墓地に埋葬されました。