2017年4月1日

メトロの駅名は語る 34

Strasbourg=St・Denis
ストラスブール=サン・ドニ(4,8,9号線)
  
ストラスブール大通りとサン・ドニ大通りが交差する地にあるこの駅は、多国籍の人々が住み国際色です。

ルイ14世の戦勝記念に、
1672年に建築されたサン・ドニ門。
駅前にはサン・ドニ門とサン・マルタン門が、いかにも古い時代に建築されたのが分かる重厚な姿を見せています。

サン・ドニ門は偉大な国王ルイ14世が、ハプスブルクの支配下にあった現在のオランダ、ドイツをめぐる戦いで勝利を得た記念に1672年に建築させたもの。

サン・マルタン門。
 もうひとつのサン・マルタン門は、同じ戦勝記念のために二年後の1674年にパリ市が建築させました。

革命時の1791年6月20日、チュイルリー宮殿から抜け出たルイ16世一家が、フェルセンが操る辻馬車でサン・マルタンに向かい、その外側で大型馬車に乗り換えました。それがこのサン・マルタン門だと思っている人が多いようですが、残念ながら事実は異なります。

サン・マルタン入市税取り立て所。
ここで国王一家が辻馬車から大型馬車に乗り換えました。
マリー・アントワネットたちが辻馬車で向かったのは、パリの周囲を囲む城壁の一箇所にあったサン・マルタン入市税取り立て所です、パリの北東にありそれを過ぎると郊外でした。
一方、サン・マルタン門はパリの中心にあります。
今回のブログを書くために、3冊のフランス語の本で 再確認しました。


これに関しては
「マリー・アントワネットとフェルセン、真実の恋」
に書きましたので、読んでいただけたら嬉しいです。


「偉大な国王は後世に偉大な建造物を残すものです」
と、枢機卿であり実質上宰相マザランに言われ、凱旋門、広場、壮麗なヴェルサイユ宮殿など多くの遺産を残したルイ14世でした。

ストラスブール大通りは、ナポレオン三世の第二帝政時代にパリ大改造が行われ、その際に誕生。1853年に開通したときには、華やかなセレモニーが行われ話題を呼んだものです。

ストラスブール大通り開通のセレモニー。
1853年12月10日。